第145話:午前中は
【人公アルシ視点】
「呆れ果てたよ」
申し訳なく課題の説明を求めたのだが、付箋を付けた箇所の多さに、カホルがジト目になる。文系はまだ何となくわかるのだが、理系に関してはほぼお手上げもいいところ。そもそもベクトルって何?
「なわけで。わからんから教えてくれ……ください」
夏休みも中間地点を超えて後半。模試が終わったタイミングでカホルを誘って勉強会を開いてもらっていた。場所は学校の図書室。家に招くことを考えていたが、相手から指定があったので図書室になった。今日は午前中だけなら付き合ってくれるらしい。
「午後は?」
「用事」
それ以外黙秘で、彼女は教科書を噛み砕いていた。基礎の基礎から説明されないとボクがわからないという事実を認識して、講義の順番を設定しているらしい。図書室のテーブルの上に重そうにHカップの爆乳を乗せており、ボクに唾を呑みこませる。
「カホルがいて助かったよ」
「まぁ貸しにしておくよ」
ペラペラとページをめくってカホルは教科書を噛み砕く。それから四月からの授業をコンパクトにまとめてボクに説明してくれる。
「なぁ。二條の家については事情知ってるか?」
「何のこと?」
「借金があるらしいんだ」
「へー」
参考書を眺めながら気のない返事。事態を理解しているのか疑わしいが、ボクの口はあまり止まらず。図書室で私語は厳禁だが、今は他に誰もいない。というか、いたらこういう話も出来ない。
「カホルの親御さんの会社で何とかできないか?」
「何とかって……借金を肩代わりしろとか?」
「あ、ああ、流石にこのままだとコヲリとホムラが心配だろ?」
「…………うーん」
ダメか?
「放っておいていいと思うけどね」
「そんな冷たいこと言わないでさ。ウチの親にも相談してみるし」
「アルシの親御さんサラリーマンでしょ? 肩代わりできるの?」
「難しいからカホルに頼んでんの」
たしかカホルの親御さんは独立して会社を持っているから金の都合はうちの親の比じゃないはずなんだが。
「無理だとは思うけど。勝手に動かせる金はそんなに無いだろうし」
「会社はヤバい感じで?」
「ううん。営業そのものは絶好調らしいよ。純利益だけでも……は言わない方がいいのか。とりあえず会社の運営は問題なし」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「親会社に説明も無しに勝手に会社の金を右から左はないでしょ」
「まぁそうだけど……親会社?」
「そ。親会社。ペンが止まってるよ」
あれ? カホルの会社って株式は一族で握ってんだよな?
「いや? ちゃんと親会社がいるよ?」
そうだったっけ? たしかにそれなら勝手に使うわけには。
「でもさぁ。二條家のためを思ってさ」
「アルシが肝臓でも売ればいいんじゃない?」
「無茶苦茶言うな」
「二個あるから丈夫だって」
ねーよ。
「だからペン止まってるって。午前しか付き合わないんだからさっさと課題終わらせて」
「マジでこのままだとコヲリとホムラが地獄を見るんだぞ?」
「あんまり実感わかないけどね。コヲリとホムラが、ね」
「今アイツら借金苦で九王に媚び売ってるんだよ。見苦しいと思わねえ?」
「九王グループなら借金も返してくれるんじゃない? 条件次第だけど」
「それだともしかしたらさぁ。条件次第でさぁ」
「コヲリとホムラが売られるかも?」
「それ」
一応話を理解していないわけじゃないらしい。
「計算間違ってるよ」
お前は空気の読み方を間違ってる。
「だからボクらで助けようぜ。そんでまたみんなでさ」
最近はもうずいぶんと離れているように感じる。一人暮らしの練習とか言って三人とも距離が出来たので、当たり前ではあるんだが。ボクはまたいつもの四人に戻りたい。カホルはそのための一助になるはずだ。
「ちなみに借金の額って?」
「えーと」
コヲリから聞いた内容を打ち明ける。本来は部外秘なのだが、カホルは部外じゃないだろうし。というかマジでカホルの親の会社が順調なら、純利益だけでも回してもらってさ。
「じゃあ聞いておくよ。二條家の借金ね」
「頼むよ。こっちも親に頼み込んでみるからさ」
「…………ボソボソ(家売ってない時点で状況証拠は揃ってるんだけどさ)」
「何か言ったか?」
「だから計算間違ってるって」
「難しいんだよ。物理とかマジで死ねよ」
「じゃあ次は異世界に転生してね」
「勇者役か?」
「魔王を倒せるならどうぞよしなに」
今のままじゃ無理だけど、転生したら特典も付くだろうし。
「それより物理を進めなさい」
「なんか世界が滅びないかなーとか思わねえ?」
「その手の予言はネット探せばいくらでもあるよ?」
滅びるかは別だけど、とスマホを弄りながらカホルが言う。
「模試はどうだった?」
「手応えはあったね。成績もそこそこ取れるんじゃない?」
ボクがチラチラカホルの爆乳を見ていることはバレていないらしい。二條の借金もそうだけど、目の前のカホルのおっぱいもボクには大事で。
「大学……だけどさ。ちょっと妥協しねぇ? せっかく高校まで一緒だったんだし」
「正月にはまた会えるからいいんじゃない?」
「そんなこと言わずにさぁ」
カホルと別の大学に行くのも不安だ。可愛い上におっぱい大きいから悪い虫が寄ってきそう。合コンとか行かれても困るし。ボクがしっかり管理しないと。
「だから話すのはいいけどペンは止めないで」
「二條家も借金肩代わりするだけで、最終的に支払ってもらえば帳尻は合うだろ?」
「私のお小遣いじゃ無理だよ」
「だからボクらで親に頼み込もうって言ってるの」
「じゃあ二割くらいお願いしてみるから。八割はアルシの親にお願いね」
それが出来れば苦労してねーんだからさぁ。ウチはジャパニーズビジネスマンだから給料以上の金は出ねーのよぉ。その点、カホルの親は会社経営しているからさ、って話であって。投資だと思ってそこはさぁ。何とかしてもらわないと困るんだけど。
「横領したら社会的に終わるし」
それはそうだ。とすると後は。資産運用か? 株式とかFX。元手が必要だがうまく行けばワンチャン。賭けにはなるが、うまく行けば大金は手に入るんだよな。
「じゃあ。あと十分ね」
気付けば時間は十二時直前。もうちょっと講義してほしいが。午後の予定かぁ。




