第三十七話 聖なる雪の舞い
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ベルゼブブが指を鳴らすと、歪んだ空間から、牧場に巨大な鳥かごのようなものが四つ浮遊して現れた。よく見ると、村の子供と女性たちがぎゅうぎゅう詰めにされている。ざっと60人ぐらいいるだろうか。
見る限り、泣きもせずに、ぽーっとして大人しくしているように見えた。この牧場はゴルフ場のように、縦に長い。四つの巨大な鳥かごは牧場の中央に置かれた。
「なんてことを!!」
自警団長のハドソンが叫び、頭を抱えた。そのほかの隊員も同様だ。光の聖域の枠内にいる村人も騒いでいる。
(……まさか、いないよね!?)
ベルゼブブは空中でぴたりと静止すると、自警団に向けて語り始めた。
「あらかじめ、男共がここへ集まると見込んで、村の子供たちと女どもを手下に集めさせた。もちろん、ネイコス様も、ひと暴れしただろうな」
(ここに集まった者の大半が、酪農家の関係や予備隊などの男達。それ以外の村の人たちは……)
「――お前に餞別だ。受け取れ」
夜空に黒い帽子に黒いロングコートを羽織った長身の男が静止している。その男が指を鳴らした。
すると、空間の歪みから次々と人間の頭部が飛び出してきた!!
その頭部はベルゼブブの周りを囲むように浮遊していた。ざっと数えて25人は亡くなってる。
「ははははははっ、………ネイコス様は、よっぽど冗談がお好きらしい。こんな、ジジィやババァの老化した脳みそなんて、全然不味いに決まっているのに、それを餞別ですか……。ほとんどゴミと一緒じゃないですかぁ~」
「はっ、そのがっかりした顔が見たかったんだ。好き嫌い言わずに残さず食べろや。罰があたるぞ」
ネイコスと呼ばれた男は、ちらりと辺りを見渡した。
「それにしてもだ……。なんだこれは? あの光球や、無数のカメラ、それに変な女と天界の奴ら。一体何なんだ?」
ヘルメスが冷たい笑顔でネイコスの前に現れた。
「気にしないでください。え~~と、確か、争いの神ネイコス様」
「あ~っ、お前、確か、拝金主義のヘルメスだな。お前の仕業か?」
「ええ、そうですよ。こんなところにいないで、家に帰ってネットでこの戦いをご覧になってはどうですか? 受信料金は後日請求させていただきますが」
「お前、人間に加担するつもりだろう?」
「まさか!! これは、悪魔と人間の戦いですよ。手は出しませんよ」
ネイコスとヘルメス。二人の男神がじっと睨み合っている。
「OK、分かった。ただし、お前が約束を破って、人間に加担したときは、俺も参戦する」
「あなたも、うずうずして、参戦しないでくださいよ。その時は我々も黙ってはいませんから」
二人の話がつくと、ネイコスは指を鳴らした。すると、空中に革張りのビンテージソファーが現れた。
「受信料を払いたくないから、ここで見学させてもらうよ」
ネイコスは帽子を外し、一つに結んだ黒い髪をなびかせた。長い足を組んでにやりと笑った。余裕の態度だ。
「では、撮影がありますので、失礼しますよ」
ヘルメスは真顔で持ち場に戻った。
ベルゼブブは、ネイコスに話しかけた。
「これ、別に食べなくてもいいですよね?」
「はっ、好きにしな」
ベルゼブブは、右足を後方へ振りかぶると、家畜小屋へ向けて頭部を蹴り出した!!
「何をするの!!!」
思わず私は叫んだ。
シルフリードは【風操作】を巧みに操って、連続で蹴ってくる頭部を受け止める。
あざ笑うかのように、ベルゼブブは老人の頭部を足で蹴り飛ばし、光の聖域前には、複数の老人の頭部が転がっている。しかも、ベルゼブブに顔を蹴られ、半分潰れかけていた。
「あぁ、なんていうことを!!!」
そう叫んだのは、先程の治癒師だ。
「あぁ? そんなに嬉しいのか? 厄介な年寄りの処分をしたんだから、感謝してほしいものだ。そうだろ? 人間どもよ」
「「うわぁぁ〜〜〜!!!」」
「このやろぉぉーーー、よくも俺のお袋を!!」
「あああぁぁ~~、靴屋の爺さんが!!」
「おっ、おやじ~~~!! くそがぁぁぁーー!!」
次々と、聖域の中から村人たちの怒りと憎しみの声が飛び交った。何人かは光の聖域から飛び出し、ベルゼブブに罵声を浴びせる者たちもいた。
負の感情に耐え切れず、光の聖域の壁が薄くなりはじめた。
「落ち着いて、みんな!! きっ……きっ危険だから、聖域から出ないで!!」
――この騒動を抑えなければ、光の聖域が壊れてしまう。
地球にいた頃には、なかった脅威。
私の体の震えが止まらない。生々しい血の匂いで吐きそうだ。うずくまりたい気持ちを抑えて、私は手の甲を強く歯で噛んだ。今潰れたらだめだと、折れそうな気持ちを切り替えて、深呼吸をした。
「怒りを鎮め、悲しみを包み込み、愛の力で恨みと憎しみの感情を浄化せよ!! 精神浄化」
私は心から叫んだ。両手を組んだ隙間から、慈愛の光が漏れだした。
その光が強くなると、私は手のひらをゆっくり広げ、天に掲げた。すると、夕焼け色をした大きな蝶が一匹現れた。
そこにいる者は、この夕焼け色に輝く大きな蝶に釘付けだ。この世のものとも思えぬ美しい蝶を見ると、心が震えて、泣きたくなる感覚になるのは何故だろうか。
光の蝶は優雅に私の頭上を旋回すると、ふんわりと細かく分裂し、小さな蝶の集まりと化した。
小さな光の蝶たちはバラバラに飛び回り、聖域の壁をすり抜けて、光の蝶は一人の男の肩にふと止まった。
すると、その男の目から涙が一筋流れ出し、祈るように両手を固く結んだ。
聖域から出て怒号を浴びせていた人たちもその蝶に触れると、次々と男泣きをはじめた。涙に暮れた村人を自警団たちが光の聖域へと戻す。
こうして小さな蝶たちは村人全員の肩に優しく触れた。
「……ジルおじいさんよ、至らない俺らをいつも見守ってくれてありがとう」
そう言ったのは、いつも靴屋のお爺さんと喧嘩をしている若者だった。
それをきっかけに感染するかのように、次々と手を組んで、亡くなった老人たちへ今までの感謝の想いを口にしはじめた。それを聞くたびに私は胸がギュッと苦しくなった。
この村の老人たちは、明るくて、陽気でおしゃべり好きな人たちが多かった。互いに協力しあい、励まし合ってきた、ある種の共同体だから。他人だけど、自分の家族のように互いに想い合っていたに違いない。
(誰もこんな風な別れ方をしたくはなかったはずなのに……)
すると、薄くなりかけていた光の聖域が、ブーンという音を立てて、再び強化したようだ。
治癒師は立ち上がり、酷く蹴られた老人の顔を一人一人、治癒し始めた。
聖域の外にいた自警団は、治癒された老人の頭部を丁重に麻袋へ収納した。
――あんまりだ。人の命をなんだと思っているんだ。
「なんだ、つまらぬ。もっと恨んだり、憎しみがあってもいいだろ? 増悪な感情をもっと見たかったのに。まぁ、いいや、俺には人質がいる」
――これ以上、勝手な真似はさせない!!――
(フルーラン。奴の全方位に、水弾丸をお願い。私が襲撃してから、少し間を開けて攻撃してみて)
私は、フルーランに思念を飛ばした。
《了解!!》
「氷の銃撃」
狙いを定めて、氷の杖をベルゼブブに向けて撃つ。
ベルゼブブは片手で【空虚の孔】で氷の弾丸を呑み込もうとした。確かに奴の意識はそこに向いていた。
絶妙なタイミングで、フルーランの水弾丸が全方位で攻撃した。
しかし、ベルゼブブの意思と関係なく、黒いオーラが体中から噴き出した。それはまるで、意志があるように動いて見えた。
その黒いオーラは一気に大きく広がり、ベルゼブブを守った。そして、全方位に放った水弾丸は、黒いオーラに丸ごと呑みこまれた。
――悪意が来る!!
「氷の盾三枚!!」
唱えたと同時に、漆黒の孔に飲み込まれた杉の木が豪速で襲いかかってきた。
《ドゴォォォォンーーー!!!》
瞬時に発動した氷の層が三枚重ねで現れると、木が氷に激突し、氷の破片が大きく飛び散った。勢いよく杉の木が跳ね返って、ゴロゴロと牧草地に転がった。
氷の盾は、ひびが入っただけで大丈夫。あの手は吸うことも吐き出すこともできるようになってるのが分かった。
(あの黒いオーラが邪魔してる。シルフリード、あいつ隙が無いよ。次は、私が大技を決めるから、その間、あいつ相手に戦ってもらえるかな? あと、フルーランはシルフリードの援護をお願い)
《本当にぶっつけ本番で大丈夫なのかよ!? ……分かった。任せておけ。俺にも、お前の光魔法と氷魔法が使えてよかった》
《動きは速そうだけど、私、頑張るね!》
シルフリードは、爆発的な推進力でベルゼブブに向かって飛び去った。フルーランも負けずに追いかける。
高い上空で、もはや肉眼でも確認できないぐらいの、超高速の空中戦が、始まった。空中戦は風の精霊の得意分野でもある。白い光の残像が群青色の空に幾重にも絡み合い、複雑な軌跡を描いていく。
何度も激しい衝突が起き、その度に衝撃波が空気を揺るがした。その振動が体の芯まで響いてくる。まるで目に見えない巨人同士が殴り合いでもしているような威力だ。
ネイコスは、動じることなくこちらを見ている。気味が悪い。しかし、手出しをしないとヘルメスが言っていたから大丈夫か。
もう一度空を見上げると、シルフリードの光属性を纏った「真空斬り」が夜空を切り裂いた。息つく間もなく、流星群のような光がベルゼブブを追跡ような攻撃している。
しかし、ベルゼブブの旋風がシルフリードの攻撃を蹴散らしている。遠目で見ても、相手は余裕で攻防をしているように見えた。
(シルフリードが頑張っているこの隙に……)
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私は両手に息を吹きかけると、大きく深呼吸をした。私のお腹に渦巻く銀河へ意識する。左手に光の魔力を。右手に氷の魔力を。二つの重さを意識する。
「慈愛の光よ……高潔の氷よ……」
《ドッドッドッドッドッ……》
心臓のリズムに合わせて回転数を上げていく。
「互いが求め、一つとなり、――」
ゆっくりと光の魔力玉と氷の魔力玉を融合させる。
「変化を成して、雪雲となり――」
両手に一つの白銀の魔力玉が出来上がると、モーターが回転するように、どんどんスピードを上げていく。魔力玉を両手で空に掲げた。
(もっと、もっと、魔力を注げ!!)
「この大地に神秘の雪を舞い散らせぇぇーーー!!!」
耳が痛くなるような金属音が辺りに響く。
両手を天に向けて、手の平の上で高速回転する魔力の塊は眩いほどに強烈な光を放ち、幼児の体よりも倍の大きさに魔力玉が膨れ上がっていった。
「何をしかけるんだ、あのチビめ!! 吹き飛べ!! 瘴気旋風!!」
ベルゼブブは隙を見て、私に向けてそれを勢いよく放った。が、家を出る前に仕掛けておいた、閃光の盾が発動し、放たれた瘴気旋風は一気に消滅した。
夜だというのに、目を開けてられないほどの強烈な青白い光の盾に包まれ、私は天に向かって叫んだ!!
「聖なる雪の舞い」
私は花火をイメージして、夜空に全力で魔力の塊を打ち上げた。
――魔法はイメージ力がものを言う――
「いけぇぇぇぇぇーーーーー!!!!」
強力な爆風と共に打ち上がると、甲高い音を走らせ、一筋の光柱を立てた。群青色の空を切り裂くように真っすぐ勢いよく上がると、白銀の魔力玉は遥か高い上空でドォンという爆発音とともに、大気が波打つ音を響かせた。
――強烈な白銀の閃光が四方に走る。
「ぐわぁ!!!」
ベルゼブブは動きが止まり、頭を両腕で隠した。
遥か高い上空で、白銀の六花が花開いた。それを始点に六つの方向へ輝く白銀の光線が地上へ伸びて、やがて巨大なドームを作り出した。
空にはどこからともなく、明るい白銀の雲がうっすらと現れ、幾重にも重なって渦巻はじめた。その白銀色の雲には、螺鈿色も混ぜ合わさっていて、言葉で表現しきれないぐらい美しく、摩訶不思議な雲を作り出した。
摩訶不思議な雪雲は満月を隠したが、ヘルメス達の光球のおかげで暗くはならなかった。強烈な竜巻にも耐えたヘルメス達の光球は、かなり役に立っている。
私は本番でなんとか雪雲のドームを作ることに成功させた。
ドーム内は寒気が流れこみ、芽吹月だというのに、気温は急激に低下していく。吐く息もどんどん白くなり、お父さんやそのほかの自警団は身震いをした。
「おい、そこのちび。ここらあたりを冬にするつもりなのか?」
ベルゼブブが私に話しかけてきた。少し身震いをしているが、きっと寒いのが得意ではない?
「だが、雪を降らせたところで、我々の活動が鈍くなるとは限らないぞ。残念だったな」
ベルゼブブは子供と女性が入った巨大な鳥かごまで高速で飛んで行ってしまった。
シルフリードもフルーランも迂闊にはベルゼブブに手が出せない。人質を取られている状態で緊迫した空気が流れていた。
ベルゼブブは鉄の扉を開けると、一人の少年の腕を乱暴に引っ張り出した。
見覚えのあるあの髪の色、姿。……やばい、あれは、レオだ!!
「俺の息子に手を出すなぁぁーーー!!!」
お父さんは必死の形相で叫んだ!!
明日夜にまた投稿します。




