第三十五話 魔物の大群を殲滅せよ
辺りはすっかり群青色に染まった世界。東の空には白銀の満月が浮かんでいる。
私とシルフリードはカエデの木の枝に隠れていた。
ここからは、第二共同牧場の一角にある仮設の家畜小屋が良く見えるのだ。小屋の周りには、かがり火を焚いている。
私は、フルーランを呼んで、幽体の姿で家畜小屋まで様子を見に行ってもらった。フルーランと私は視野を共有できる技をすでに習得していた。なので、フルーランの目を借りて様子を見てみる。
――小屋の中はたくさんの子ヤギや子牛、子馬などであふれかえっていた。そして、自分たちの大事な動物を守るために、ピッチフォークを片手に他の酪農家同士で話し合っていた。本当にあれでやっつけるつもりなのか。
フルーランは、次に家畜小屋の周りを見てみる。何人かの自警団が、松明を持って話をしていた。その中にお父さんもいた。
「おいおい、緊張しているのか?柄にもない!」
自警団リーダーのハドソンさんが、お父さんの背中を軽く叩く。
「相手は未知の魔物だ。欠点を探りながら戦うのは少々しんどいかもな」
お父さんが自分の武器を手入れしている。今まで見たことがない武器だ。そこら辺のアーミングソードよりも格が違う感じがする。
「業火の不死鳥と呼ばれた男が何を弱気なことを言ってるんだ!! お前の豪快な剣術が見られるなんてみんな楽しみにしているんだぜ」
「それよりも、村長は、なんで俺の話を無視したんだ……」
「そりゃあ、悪魔ベルゼブブだっけ? そんな眉唾もんの申告ができるわけないさ。それよりその話はどこ情報だ?」
お父さんは言葉に詰まったように見えた。
「まあ、冒険者ギルドから、頼もしい助っ人がわざわざ遠くの街から来てくれたんだ!!」
ハドソンさんは、視線で教えてくれた。
「あぁ、その4人に感謝しなきゃな」
お父さんは、元気がなさそうだ。
すると、依頼で来たパーティーのリーダーらしき男が声をかけてきた。
「俺たち、子やぎを守りに来たんじゃねえよ。見たことのない魔物が出るって聞いたから来たんだ。俺がその未知なる魔物を一番乗りで倒してやる!!」
この強気な大男は、背中にロングソードを背負っている。
「ちゃんとそれなりの報酬がもらえるだろうな」
細身の男はチラリとお父さんを一瞥すると、矢尻の手入れをしている。
「何で田舎の依頼を受けるのよ! こんな臭い場所、二度とごめんだわ!!」
高飛車な女性は、いかにも怪しいローブを纏っているし、杖を持っているところからして、魔法使いか?
「……」
あの隅っこで小さく座っているのは、治癒師?
「まぁまぁ、皆さんよろしく頼むよ!!」
さすがリーダーのハドソンさん。明るい人垂らしだ。
フルーランは一通り辺りを見回してから、シルフリードと私の所に戻ってきた。
「お疲れ様、フルーラン」すぐに視野を元に戻す。
「自警団と予備隊18人と村の男たちが60人程、合わせて約78人。60人はほとんど酪農家やその関係者、あとは村の商業ギルド支店の人達。ついでに冒険者ギルドの人たち4人」
「敵が現れてから、光魔法で家畜小屋を結界で張るから、フルーランは――」
言いかけたとき、家畜小屋の子ヤギや子牛、子馬たちが一斉に泣き出した。
「セレーナ、東の方角から異臭がする」
シルフリードは風の精霊なだけに匂いに敏感だ。
自警団の一人が声を上げた。
「魔物が数匹こちらに向かって飛んできている!!」
私は素早く詠唱をし、ペンダントを杖に変形させ、身構えた。
「――ちゃん! ――ちゃんってば!!」
遠くから、誰かを呼ぶ声が聞こえる。
「セレーナちゃん、セレーナちゃん!!」
このイラッとするような不快な高い声はどこかで聞いたことがある。
「こっち、こっちよ!!」
よく見ると、その団体は空中にいた。
ヘルメスと、リューク、それにクロートー様まで。それに、知らない神様数人が何やら機材を持って、空中でがやがやしている。まるで、中継でもするかのように。
「なっ、こんな時になんで来たんですか⁈」
「セレーナちゃんの初の戦いをライブ中継しようと思って」
「「「はぁ?」」」
私もシルフリードもヘルメスと初対面のフルーランも呆れている。
「実は牧場のあちらこちらに、カメラを設置したんだよね。だけど、ライブ中継だから月明かりだけじゃ、見えないじゃん。だから、ライトも設置させてもらった」
ヘルメスが指を鳴らすと、第二共同牧場の周りを光球が数十個浮かび上がった。夜の牧草地を明るく照らす。まるでナイトゴルフ場のような雰囲気だ。
(そこまでやるなら、参戦してよ!!)
自警団や、村人が突然の明かりに騒ぎ出している。どうやら村人たちにはヘルメス達が見えていないようだ。
「ごめんね、僕たちは直接戦いに参加できないんだ。これは、君たちの戦いでもあるからね」
ヘルメスは、ウィンクをしながら、テヘペロと舌を出した。
「今度、その舌を出したら、ちょん切ってやるからね!!」
フルーランはマジ切れしている。もはや格上の神とか関係ないらしい。
「匂いがどんどん近づいてきている。おしゃべりしている場合じゃないぞ」
私は杖を握りしめて、木の上から飼育小屋の様子を見ていた。
すると、自警団の動きがあわただしい。どうしたんだろう?
「い、異常な数の魔物がこちらに接近中!! これっぽっちの人数だと、俺たちは一気に全滅させられる!!」
「シルフリード、家畜小屋の上に移動して」
私はシルフリードに抱きつくと、静かに移動した。家畜小屋の上に到着すると、何万もの蠅の魔獣がうるさい羽音を立てて遠くの方からどんどん近づいてきているのが分かった。
その光景は、まるで黒い津波のようだ。本能が今すぐ逃げろと警鐘を鳴らしている。きっと同じく自警団のほとんどが絶望的な顔をしているだろう。
怖い、怖い、怖い、怖い―――今すぐ、逃げ出したい。
一気に冷や汗が出て、心臓がバクバク激しく打ち鳴らす。体の震えが止まらない。
「こんな大群、相手にできるわけないでしょ!!!」
声をする方へ目をやると、冒険者たち3人と、その他数十名が足早に逃げていくのが分かった。自分に正直。本能にしたがって逃げているのだろう。
ある意味正解。だけど、逃げられない。やらなければいけない。守らなきゃいけない。この体で、お父さんを、ここにいるみんなを――。
私は、しゃがんで屋根に両手を充てた。
「聖なる光よ、害なす者を通さず、邪悪な攻撃にも耐え、鉄壁なる光の砦を構築せよ。光の聖域」
すると、足元が黄金色に光り出した。それが家畜小屋を包み込むようにすーっと風船のように膨れ上がると、家畜小屋より三倍ほど大きな半円状のドームが出来上がった。
自警団と村人たちが異変に気付き、上を見上げた。家畜小屋を大きく包み込む光の聖域に戸惑っているみたいだ。
「あっ、なんだ、このシールドみたいなやつは。おいおい! あぁーーー!! なんでセレーナとシルフリードがそこにいるんだ?」
見下ろすとお父さんを含め、村人がこちらを見て口を半開きにしている。
さっきの冒険者メンバーの治癒師も唖然とした顔でこちらを見ていた。
「この馬鹿野郎、今すぐ帰れ!! ここは危険だ。これからみんなで退避する!!」
切羽詰まったハドソンさんとお父さんが呼びかけている。
「お父さん、どういうわけか悪魔と戦うのが私の天命みたいです。本当は、今すぐ逃げたいです。怖い! だけど、今奴を倒さないと、この村だけじゃなくて世界が悪魔に支配されます。だから――」
「セ、セレーナ!! お前、まさか、あんなのを相手にできるわけ――」
「これが私の使命みたいなんです!!!」
シルフリードが叫んだ。
「来るぞ!!戦えない奴は小屋に入ってろ!!」
光の聖域の外にいた見回り役の数人が、必死の形相でこちらに向かって走ってきた。
「シルフリード、広範囲の攻撃をお願い。フルーラン、最初から大技飛ばすよ!!」
フルーランは張り切って返事をした。
「フルーラン、水龍召喚お願い」
セレーナの背中にある水の紋章が熱くなった。
フルーランは両手を天に掲げて叫ぶ。
「水は永遠に流転する、我が力は水龍に姿を変えて、すべての悪を濁流に飲み込み、浄化し給え!! 召喚水龍」
フルーランの声が響くと、縦方向に約10メートルの二重魔法円陣が現れた。古代文字が光ると、外円が時計回りに動きはじめた。それが止まると、今度は内円が反時計に回り出した。二つの針がぐるりと回って十二時の方向にぴたりと重なると、荘厳な鐘の音が鳴り響いた。
《ガラーーン……ガラーーン……ガラーーン……》
「くっ……マナが……持っていかれる……」
全身から力が抜けそうになる。
すると今度は地を這うような地響きが起きた。何も知らない人は地震だと勘違いするだろう。
《ボコボコボコボコ……》
魔法円陣の中から、水泡の音が聞こえた。水龍が顔を覗かせると、まず一発目から咆哮を浴びせた。それは神の怒りに似た全身から震えあがるような咆哮だった。
400メートル先の黒い波のような魔物たちの動きが一斉にぴたりと止まった。村人たちも聖域の中で驚愕の目で水龍を見ている。
水龍の双眸がセレーナを捉える。
《まったく、小さい体で難儀なことだ。仕方がないからサービスしてやる》
すると、召喚であんなに持っていかれてたマナが戻ってきて、急に体が軽くなった。水龍がマナを半分サービスしてくれたのだ。
水龍からの思念を受け取ると、私は水龍の方を見て頷いた。
魔法円陣から長い胴体が流れるように、この世界に飛び出した。50メートル以上ありそうな水の胴体をくねらせて、満月の空を高く舞った。水龍は大きく口を開けて、魔物の群れに向けて、最大の咆哮を上げた。
大気は爆発したかのように揺れ、音の衝撃波が素早く広がった。水龍の咆哮から突風が吹き荒れ、森の木はバネのように揺れだした。鳥たちが一斉に逃げ出し、群れをなした蝿の魔物たちは身を固くして、動けずにいた。
私が屋根からちらりと見下ろすと、お父さんが驚きすぎて、呆気に取られた顔をしている。
「水龍、お願い!! あの大勢の魔物を全部やっつけて!!」
フルーランが命令をすると、水龍は、勢いよくそのまま魔物の群れの中へと飛び込んだ。
《バシャャャーーーン!!!》
水龍は一気に蠅の魔物に襲いかかり、蝿の魔物はけたたましい悲鳴を上げた。
魔物の多くは水龍に飲み込まれたり、水龍の鋭い爪で斬り刻まれたり、長い尾で弾き飛ばしたり。まるでイワシの群れに飛び込んで食らうサメのように、縦横無尽に暴れまわった。
まるで逃げても無駄だと言わんばかりに追いかけまわす水龍に、万を超える蠅の魔物は、あっという間に蹴散らされ一気に数を減らしていく。
シルフリードは残りの魔物を刈り取るために、私から離れた。風攻撃で次々と魔物を切り刻む。
「こら、お前ら!! ビビるんじゃない!! セレーナに気を取られてるんじゃねーぞ!! みんな、遠くへ行かずに近寄ってくる魔物をやっつけるんだ!!」
「「「おーーーっ!!!」」」
私も氷の杖を構え、散らばってやってくる蠅の魔物を迎え撃つ。
「氷の銃撃」
左手は右腕に添えて、杖と視線を合わせて、ターゲットを狙い撃つ。氷でできた弾丸が複数宙に浮かび、私の周りを取り囲む。杖に魔力を込めて、発射させた。
《バァン!!》
やってくる魔物に対して、魔力を込めて次々と撃っていく。氷の弾丸に射抜かれた魔物は奇声を上げてどんどん落下していった。
「ご覧ください。氷の姫が村人を守るために必死に戦っていまぁ~す。水龍を召喚しながらも、自ら氷魔法で戦うなんて。すごく器用な三歳児ですよね~」
近くでクロードー様がキンキン声でカメラに向かって実況をしているのだ。こちらの緊迫した空気を読んでない。
(何だか、腹立ってきた!!)
ふと、お父さん達に目をやると、彼らも順調に魔物を退治していく。あの治癒師だけは、逃げずに一緒になって杖で戦ってくれている。
「おい、こいつ毒を吐きやがったぞ!!」
隊員の一人が叫んだ。
一匹の蠅の魔物が紫色の霧のようなものを吐き出すと、他の魔物まで一斉に吐き出した。すると、風下にいる自警団と村人は紫色の毒霧に囲まれてしまった。
すると、治癒師は前に進んだ。
「聖なる力よ!!我が身を救い給え!!聖なる盾」
2メートル程の半円状のシールドがお父さんたちを守る。
あの人、光の属性持ち?!
(シルフリード、みんなの周りの毒霧を消し去って。お願い!)
思念を飛ばし知らせると、シルフリードは自警団が集まっているところへ飛んできた。
「聖なる光よ、清らかな風に乗り、隅々まで浄化せよ。清めの風」
シルフリードを中心に穏やかな風が円状に広がり、細やかな光の粒子が風に乗って、ふんわりと放射線状に飛んでいく。蛍のような光が辺り一面に飛んでいくかのように見え、私もこの場にいる全員もその美しさに目を奪われた。
赤紫の霧が光の粒子に触れると、相殺するかのように、どんどん毒霧が消えていった。光に触れた蠅の魔物は奇声を上げて、動きが弱っていく。その隙をお父さんは見逃さなかった。
「弱っている魔物からやっつけろ!!」
シールドを解除すると、ハドソンさんの号令と共に自警団と村人の動きが活発になり、周辺の魔物を倒していった。
気が付けば私の側にいつの間にかヘルメスがいた。
「参加しないんじゃなかったの?」
「そうじゃない。今、シルフリードがたっぷり光の魔法を使っているけど、大丈夫かい?」
「なにが、大丈夫ですって?」
「リュークはちゃんと話していなかったようだが、シルフリードは自由に君の属性を使えるが、それはあくまで君がシルフリードに魔力をあげたのと同じ行為だよ」
「どういうことです?」
「シルフリードは自由に君の魔力を使えるんだ。つまりは君が使う分の魔力が減っているということ。それでも大丈夫なの」
「でも、私の魔力は無限大ですよ?」
「しかし、君の体は有限だ。限度がある。魔力が無限でも出力媒体である君が壊れてしまったら、魔力も出ない。シルフリードの風攻撃は霊力を使っている。あいつが使っている霊力は、君のマナエネルギーのことだ。つまりは奴はマナも魔力も両方とも君を供給源として戦っているんだ。そのこと彼は知っているのかな?」
(多分知らないだろう。でも今伝えたとしても、戦いの邪魔になるだけだ)
「でも、かなり鍛えられた3歳児ですよ? 今の状況でそんなこと言ってられません」
ヘルメスはため息をついた。
「忠告はしたよ。ほどほどにしないと、君死んじゃうからね」
蠅の魔物はいつの間にか全滅し、水龍は戦いを終えていた。しかし、水龍は油断していた。
「――深淵の唾」




