第三十三話 特別で必要な人
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「セレーナ、泣いていたのか?」
閉じていた瞼を開くと、そこには、シルフリードが心配そうな表情で覗き込んでいた。
「あ……、ごめん。ちょっと疲れただけだから」
「嘘つけ、バレてるの」
そう言って、シルフリードは親指でトントンと自分の胸を指した。
「へへっ、シルフリードには隠し事は無理か」
私は、立ち上がると軽く背伸びをした。
「大丈夫そうだな。さっさと家へ帰ろう」
ふと、横を見上げると、シルフリードのミントグリーンの髪が茜色の夕日を浴びて、稲穂のようにキラキラと輝いている。凛とした彼の瞳は今の空と同じ色をしていた。
私たちは、手を繋いで砂利道を歩いている。傍から見れば、面倒見のいいお兄ちゃんと幼い妹が手を引いて歩いている様に見えるだろうか。でも、魂的には、私は思春期なんだけど。
二つの影が砂利道で重なり、背を伸ばしていた。
遠くにある山脈の雪山がオレンジシャーベッドのように見える。空は高く雲一つない。空のグラデーションはオレンジ色から水色、青、青紫色と移ろいでいる。地球にいた頃と同じ感覚で見上げると、なんだか不思議な気持ちになった。
「不思議~」
「なにが?」
私は水色の空を指さした。
「シルフリードの瞳の色と、向こうの空の色がそっくりなの。……不思議ね。私ね、シルフリードに初めて会った時から、シルフリードの瞳の色って綺麗だなって思っていたんだ」
すると、シルフリードが立ち止まった。
「……俺はこの瞳が嫌いだった」
「えっ?」
「お前に綺麗だと言われるまではな」
寂しそうな顔で、笑うシルフリードを見て、胸の奥が締め付けられるような感覚になった。
「……理由聞いてもいい?」
シルフリードは一呼吸置いて、打ち明けてくれた。
「風の精霊の仲間たちで、この瞳の色は俺一人だけなんだ。なんで俺だけがこうなったのか、理由は何も分からない」
暗い表情で視線を落とす。
「この瞳のせいで、よくからかわれたり、仲間に入れてもらえなかったり、精霊界の喫茶店も、俺だけ立ち入り禁止だったりしてな。意外と精霊界は排他的なんだよ。異質なものは快く受け入れてはくれない」
想像とは違う答えに驚きつつも、私は黙ってシルフリードの話を聞く。
「だからさ、精霊界の掟も誰にも教えてもらったことがなかったから、運命の三女神になんで怒られているのか、サッパリ分かっていなかったんだ。俺はただ、お前を手助けしたかっただけなのに」
****
《回想》
――あの日、上り坂を木漏れ日のなか、自転車で漕いでいたあの暑い夏。
『手伝ってあげようか』
いきなりペダルか軽くなり、電気自転車のように、いや、それよりも軽快に上り坂を駆け上がった記憶が蘇った。あの時、高橋君を軽く抜いた爽快感。背中を押す爽やかな風……。
****
――あれは、優しい風だった。
「名付けの契約の事も、中級精霊になったら、自動的に違う呼び名に変わることも天界で初めて知った」
私はシルフリードの手を離して、シルフリードと向かい合う。
「だったら、尚更シルフリードは悪くないじゃない。契約の罰を受けたのだって、人間に力を無断に貸してはいけないって、はじめから分からなかったんでしょ? 悪いのは、シルフリードをのけ者にした精霊たちじゃない!!」
シルフリードは、道端で三倍ぐらいあるタンポポを、茎からちぎり取った。それに息を吹きかけると、繊細な綿毛が私の前をふんわり通り過ぎて、夕日に照らされながら、キラキラと消えていった。
その綿毛をじっと見つめて、シルフリードは再び話しはじめた。
「俺さ、ずっと独りで精霊の群衆を見ていてさ、一人で寂しさを紛らわせるのも、不貞腐れるのも疲れてきてさ、こんな精霊界を飛び出して、世界のいろんな所を旅してまわろうって決めたんだ」
「そうなんだ……」
「天界が支配する九つの世界を、長い長い時間をかけて旅をしてさ、ふとあることに気が付いたんだ。どんなに宇宙の最果てにある世界に立っていても、精霊界の木の洞に隠れ住んでいても、どこに居ても俺は変わらず、ただの一人なんだって。これからもずっと独りで、恐ろしく長い時間を浪費するように生きるんだってな」
胸の奥が底冷えするような冷たさを感じた。シルフリードは私の想像を超えるような、膨大な時間を過ごしたに違いない。
「自由を愛する精霊というのは、単なる強がりさ。俺は風に流されるあの綿毛みたいに、何も感じることなく、漂うように生きてきたんだ」
シルフリードの孤独は私の想像を超えるものだった。共感できるどころじゃない。だけど――
「私も……私もね、シルフリードなんかより、本当に大したことないかもしれないけど、それに近い気持ちはよく分かるよ」
「例えばどんな?」
「前世のことは話したでしょ。私、小学生の頃、誰にも相手にされなかったって。声をかけても、クラスの皆から無視されて、避けられてたから。それが、毎日続くと心がもたなくなるから、できるだけ孤独を感じないように、無駄な感情を殺して生きていたの。ただの人形みたいにね」
「セレーナ……」
「でもね、今は、ちゃんと生きている感じがするの。それに、寂しくない。私の側にはシルフリードがいるから。だからシルフリードも、同じ気持ちであってほしいけど……」
シルフリードは、胸を掴んで、黙り込んでしまった。
「私と関わってしまったこと、名付けの儀式をやってしまったこと、シルフリードは……後悔してる?」
思わず声が震えた。
「まさか! 俺はこの名前が気に入ってるし、それにいろんな経験をしている。ご飯食べたり、お風呂に入ったり、眠ってみたりな。中級精霊なのに人間と同じことできるんだ。こんな刺激的なことは今までになかったよ。それに、怒ったり、笑ったり、悲しくなったり、ドキドキしたり、今は全部が愛おしい」
シルフリードは胸をぎゅっと掴んで、ニカッと笑った。
「一人で自由気ままな行動が出来なくなっても?」
「もう、一人は十分だ」
「悪魔と戦わなければいけないんだよ?」
「はっ、むしろワクワクするぐらいだ」
「私が死んだら、シルフリードは消滅しちゃうんだよ?」
「そこは俺が、お前を長生きさせる。俺も長く生きたいしな。それにまだ、出会えていない美味しいものをもっと食べたい。そりゃあ、精霊みたいに長く生きられないと思うけど、なんも目的もなく、ふらついて、ただひたすら時間を持て余す生き方より、お前と一緒にいろんな経験をして、短くても中身の濃い生き方も悪くないような気がする」
心の奥にある冷たい塊が一気に溶けたような気分になった。
「シルフリード……抱っこして?」
「えっ?」
「抱っこして」
私は両手を上げて、アピールする。
「まったく。とうとう魂まで3歳に戻ったのか?」
そういいながらも、シルフリードは私を抱き上げ、右腕で抱っこする。
「……私、嬉しかったんだ。シルフリードと契約できて」
彼の服を握りしめて、肩に頭を預けた。涙がこぼれそうになった。
「はじめは友達が欲しくて、契約を承諾したんだけど、それ以上だった」
「それ以上って?」
「私の孤独の傷を癒してくれるのは、家族だけじゃなかった。いつの間にかシルフリードが、私にとって特別で必要な人になっていたみたい」
歩くのを止め、動かなくなったシルフリード。私の顔をじっと見つめては耳がだんだん赤くなりはじめた。
「……あのさ、今、俺が特別で必要って言った?」
「うん。言った」
すると、今度はミントグリーンの髪が逆立ってきた。顔じゅうが真っ赤になっている。
「私たちさ、魂と精神が共有されていて、感情もどんどん同化していくんでしょ?」
「あっ……あぁ、そうだ」
「それなら、一緒に楽しくやっていきたい。ずっと隣でいてほしい。シルフリードに二度と寂しい思いをさせないから」
シルフリードはそっぽを向いた。
「ま、まるで告白みたいじゃないか」
「うぇ? 今のは、別に告白のつもりじゃなかったけど。でも、本心だよ。一緒に生きていきたい。一緒に幸せになりたい……ダメ?」
「えっ、ダメじゃない。けど、お前、前世で別れた高橋のことはまだ好きなのかよ」
「えっ⁉ なんでここで高橋君が出てくるの?」
「大事なことだ。どうなんだよ」
シルフリードの顔が真剣な表情でこちらをじっと見ている。私は、言葉より態度で示したほうが早いと思った。3歳児のセレーナだからできること。15歳の芹奈ではできないこと。
シルフリードの頬に小さなキスをした。最大級の愛情表現。
ぽかんと口を開けて、びっくりした表情をするシルフリード。
「高橋君とはちゃんと夢の中でさよならを伝えたよ。でも今は、目の前にいるシルフリードと一緒に生きたいと思ったんだ」
シルフリードは、ぽかんとした顔で自分の頬に手を触れた。
「シルフリードは契約だから仕方なく私といるの?」
慌てたシルフリードは首を横に振った。
「なぁ、高橋よりも、俺の方が好きなの?」
「えっ? ……そこ比べるの?」
すると、間髪入れずに私のほっぺにシルフリードの柔らかな唇が触れた。
近い距離で目と目が合うと、お互い顔が赤くなってきた。
あまりにも恥ずかしくなってたまらず、背を向けて自分の胸に手を当てた。
《ドッドッドッドッドッドッ……》
心臓が異常にバクバクしてる。心音のリズムが速い。ん? ……リズム?
「あっ!!」
すぐさまシルフリードから飛び降りて、ペンダントを手にした。
「天より舞い降りし六つの花、我が力、氷姫の元へ帰らん」
私は、ペンダントを杖に変化させると、左手を胸にあて、右手で杖の先に氷の魔力を放出させた。氷の魔力はぐるぐると小さな渦を巻き、やがて魔力玉へと変化した。心音のリズムと同じように魔力を一定に回転させた。
《ドッドッドッドッド……》
「おい、このタイミングで何やってるんだよ――」
キーンという高い音と共に氷の魔力が丸く凝縮され、杖の先で急速回転しはじめる。イメージの中でもっと、もっと回転数を上げてみる。まるでアクセルを踏みこむように。
「それ、行けぇぇぇーーーーー!!!」
氷の杖を天に突き上げると、銀色の玉はビューっと高い音を立てて、空高く飛んでいった。銀色の玉はガッと光線を放ち、眩しくて目を開けられないほど輝いた。銀色の光は放射線状に空一面に広がったが、雪雲を作ることなく、やがて跡形もなく消えていってしまった。
「ここに天然のメトロノームを見つけた」
私は胸の鼓動を手に感じた。
「ただ氷の魔力を空に放っただけなのか?」
「うん。でも、回転のきっかけは掴めた。質量と回転の感覚さえ掴めば大丈夫と思う」
「でも、あと三日しかないぞ」
三日後悪魔がやってくる。ふいに怖くなると、足の力が抜け、その場で座り込んでしまった。
「う~っ、正直怖い。でもやるしかない。う~っ、でも怖い。私まだ3歳だよ? この小さい手足で倒せるかどうか分からないのに。試練が重すぎる」
「お前は一人じゃないだろ? 俺もついてる。エドガーだっている。天命だからって一人で背負うな。周りを頼れ。なんせお前はまだ3歳なんだからな」
「……ねぇ、シルフリード。緊張して眠れそうにないの。今日も部屋に来てもいい?」
シルフリードの口角が少し上がったのが分かる。私の頭を強く撫でた。
「お前は俺にとっても特別で必要な存在だからな」
長めの4000文字越えでしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
また明日、夜22時10分に投稿します。




