第三十二話 時間が足りない
誤字脱字がありましたら、修正して再編集しますので、どうぞご了承ください。
ヘルメスが帰った日から、魔法書を毎晩読み耽った。メーティス女神の加護、『言語万能のスキル』は学習能力も向上させてくれる優れものだった。
スキルのおかげで、辞書のように分厚かった二冊の魔法書を、たった一週間で全て読み切ってしまった。
防御魔法を中心に、朝は覚えたての魔法を実践し、昼は体力つくり、夕方は精霊使いとしての特訓、夜は魔法書を読みこむ毎日を過ごした。
魔法書のおかげで魔法習得が一気に進み、氷魔法と光魔法は、ほぼ頭の中に入っている。しかし実践できていない魔法もたくさんあるので、すぐに使えるのは指で数えられる程度だ。それでも、私の自信につながった。
最近では、私はシルフリードの屋根裏部屋で毎日入り浸るようになった。
悪魔退治への不安が拭いきれなくて、そのことをシルフリードに聞いてもらうことで、ざわついている自分の心を落ち着かせることができた。
シルフリードも、私に呆れることなく、相手にしてくれるので、私はすっかり甘えてしまっている。
「ここの星は地球と違って、月の満ち欠けが27日周期なんだよね……。地球よりも2.5日早いんだよ。前の事件は雪解月の15日だったから芽吹月の12日にいよいよ悪魔退治か……。たった一週間しか魔法の特訓をしていないんだよ? しかも、練習できる時間が残りあと一週間。ちょっときつくない?」
私は屋根裏部屋のハンモックに乗り込んで、ゆらゆら揺らす。
「大丈夫だよ。女神さまがくれた加護のおかげで、魔法の本は全部読んだのだろ?」
シルフリードはリラックスをして、床の上で、爪を切っている。実体化すると、爪も髪も伸びるのが早いらしい。
「そりゃあ、読んだけどさ。まだ実践していない魔法がたくさんあるんだよ」
「だったら、光魔法を中心に読みこんだ方がいいな。悪魔は光属性に弱いからな」
思わず、ハンモックから落っこちそうになった。
「シルフリード!? ちょっと、それ早く言ってくれないと!!」
不思議とシルフリードと会話をしていると、とても楽だ。これが『素の自分』なのだと、今さら感じるようになった。本来の自分は、わがままで臆病な性格なんだと分かりはじめていた。
家族の前では、どうしてもいい子になろうとしてしまう。弱音が吐けない。レオの前でさえ、強がってしまう。どうもそれが癖になってしまっていた。
好かれたいと思えば思うほど、いい子になろうとする。時にはそれが苦しくなったりもする。
❇❇❇❇
――あれから月日は過ぎて、今日は芽吹月の8日。悪魔退治は3日後に迫った。
今、私は一番難しいとされている氷と光の合わせ技、【聖なる雪の舞い】の魔法の練習をしている。
この技は自分を中心に直径約800メートル内に雪雲のドームを作り、雪を降らすというかなりの大技だ。
その工程には氷の魔力玉と光の魔力玉を同じ質量、同じ回転数にぴったり合わせ、一つの玉に融合させることが必要だ。
一つになった魔力の玉を、急速に回転数を上げて、魔力で夜空へパンッ!! と打ち上げ花火のように、高く飛ばさなければならない。
しかし、同じ質量、同じ回転数にするのは意外と難しく、異質なものを一つに合わせることは、なかなか至難の業だった。
この職人技みたいな感覚系の魔法は何回も体に染み込ませなければ、覚えられない。もし、どちらかに少しでも偏りがあると、バチンと反発してとても危険なのだ。
何度も失敗するたびにフルーランやシルフリードが私を保護するために【防御盾】を作ってくれた。
「ねぇ、失敗ばかりで無理そうだから、水龍だけに絞ったら?」
フルーランが宙にぷかぷか浮かびながら、くつろいでいる。
「そうなんだけど、水龍は大量のマナを放出させるから、結局、短時間しか保てない。私、魔力は無限にあるけど、マナエネルギーは有限だからさ。だからちょっと不安なんだよね」
「確かにそうだけど……私、召喚魔のキング・アクアスライムも召喚できるよ? それでも不安?」
「う~ん、やっぱり自分の魔法の切り札は多い方が良いかと思って、今あがいている最中なのよ」
シルフリードはセレーナの背中を指でつついた。
「のどか湧いただろう? 近くに美味しい、ココミレヤシが生えていたから、お前の分取ってきてやったぞ」
シルフリードが持っているココミレヤシは、赤と黄色の派手な実で、形はココナツの実よりも球体に近い。
ココミレヤシの中身は美味しい炭酸果汁が入っているらしく、川で冷やしたココミレヤシは最高に美味いらしい。
シルフリードは二つのココミレヤシを手にセレーナの側で立っていた。
「あっ……これかも」
「何が?」
「魔法はイメージ力が大事って言ってたよね?」
「ああ、そうだよ。イメージを実現する力に変えるんだ」
「そのココミレヤシ、全部私にちょうだい?」
「……お前、いつからそんながめつい人間になったんだ?」
「ねぇ、この実は、二つ同じ重さかな?」
「まあ、だいたいそうだな。ココミレヤシが成熟したら、ほぼ同じ大きさにしかならないからな」
私はシルフリードからココミレヤシを奪うと、目を閉じて両手で持ってみた。
「なるほどね。この感覚を肌で覚えれば……」
手のひら、腕の感覚、ココミレヤシの質量を覚えさせたところで、今度は右手に氷の魔力玉、左手に光の魔力玉を同時に作ってみた。2つともココミレヤシと同じ重量にしてみる。
へその辺りに渦巻いている銀河系のような魔力から銀色の粒子と光の粒子が二手に別れて川のように、魔力腺に流れていく。
魔力腺は、体中に張り巡らされている魔力の道だ。特に魔力腺は体中の末端に張り巡らされているため、器用な人は足の裏から魔力を放出することもできるらしい。
私は、目をつぶり、魔力の感覚を掴みながら、魔力の流れを手のひらへ集中させる。
今の私は、杖なしでも氷の魔力を自由に右手から出すことができるようになった。
右手の手のひらに、冷気を帯びた氷の魔力玉、左手には、ほのかに温かい光の魔力玉が出来上がる。
ココミレヤシを両手で持った感覚を覚えて、魔力玉を両手に持つ。
「よかった。たぶんこれで、質量のコツは掴めたよ。とりあえず、もっと体が覚えるまで、魔力玉をたくさん作るぞ!! あとは、回転だけだ」
私はココミレヤシをおいしそうに飲んでいるシルフリードや、ぷかぷか浮かんで昼寝をしているフルーランにかまわず、集中して魔力を出し続けた。
****
何時間経っただろうか、何度もココミレヤシを両手に持ち、感覚を覚える。繰り返し魔力玉を作り出し、気がついたら、いつの間にか2人はおらず、一人ぼっちになっていた。
「はあぁぁ~〜〜疲れた〜」
草むらの上で仰向けに寝転がる。
土の匂いがする。
少し湿った風が私の頬をかすめる。
空はこんなに青くて、鳥の声も、虫の声も、心地よくて風の音も平和なのに……。
「……逃げたい。平和に過ごしたい……」
ーーーあの頃に戻りたい。
私はふと、昔のお母さんを思い出した。
ーーー愛されていた記憶。
❇❇❇❇
《回想》
『キャァァ〜〜!! みんな、セレーナがはじめて立ったわよ!! この子、10カ月でつかみ立ちから少し歩けるようになったわ!! さすがでしゅね~』
ソフィーは興奮して、拍手をすると、私に最高の笑顔を見せてくれた。
すると、側からエドガーが私を抱きあげた。
『この子の運動神経は俺に似たんだよ』
エドガーが私の頬に頬ずりをする。剃り残しのヒゲがチクチクして痛い。
『いいえ、絶対私に似たのよ。あなたに似たのは爪ぐらいじゃない』
ソフィーは、エドガーから私を取り上げる。
『私の天使! ほら早く『ママ』って呼んでみて!』
そう言うと、私の顔にたくさんの優しいキスを浴びせた。
❇❇❇❇
―――思えば、夢のような日々だった。
空に浮かぶ綿雲をつかもうと、小さな手を伸ばした。
その手は虚しく、空をかすめてつかめない。
「―――あの雲みたいに、触れることすら……」
涙で世界が滲んで見えた。




