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「この世界では、すでにあったりするのかな。わたしがいた世界の言葉だって、判断出来そう?」
上げられた顔の両頬を包み、親指で涙を拭えば、サクラの問いに答えを持たないのか、顔を挟まれたまま、彼女は困惑した表情になる。
「ありそう、だが俺は聞いたこたねえな」
シェダルの野太い声が言い、クレイセスも頷いた。
「私もありません」
二人の答えに、ラツィアに聞く。
「どうかな。この名前、好きになれそう?」
「はい!」
元気よく返事をする彼女にほっとして、サクラは改めて言った。
「じゃあ、受け取って。多くの幸せがあなたに降るように。『アドニス』」
そうして、彼女の額に口付ける。
顔を離して見れば、泣きじゃくった顔は照れ臭そうなものに変わっていて、サクラも自然と微笑んだ。
「良かったな。アドニス、そのまま従騎士の誓いもしてしまえ」
シェダルの勧めに、「なんて言えばいいんですか?」と首を傾げる。
「このとおりに言って、サクラの手に額を当てるんだ。名前は、アドニス・ナナセ、だな」
クレイセスがそう言いながら、先程書き付けていた紙を差し出す。ありがとうございます、とアドニスは両手で受け取り、黙読してからサクラを見上げた。
「言えそう?」
訊けば、頷いたアドニスに、サクラは右手を差し出す。すると行動は見慣れていたのか、騎士がするように片膝をつき、サクラの手を取ると誓いの言葉を紡いだ。
「私アドニス・ナナセは、恒久の忠誠をサクラ・ナナセ=レア・ミネルウァに捧げることをここに、誠心より誓います」
「その誓いを許します」
額に手の甲を当てたアドニスにそう言えば、全身を淡い金色の光に包まれた彼女の額に、濃い金色のフィデルが浮かび上がる。
「契約は、成ったな」
安堵したシェダルが、ほうっと息をついて言った。
「ほかの子供たちにも、今日からアドニスだと徹底する。お嬢はアスティーの名前も考えとけよ。ラ……じゃねえアドニス、戻ろう」
シェダルに促され、アドニスは頷く。一礼してシェダルの背について行くかに見えたが、扉の前で立ち止まると、タッと戻って来て言った。




