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「サクラ様。でもね、わたしね、サクラ様に『ラッツィー』って呼ばれるのは、好き、だったの」
一所懸命にそう言ったアドニスを、サクラは込み上げる愛しさに任せ、きつくきつく抱き締める。
「『ラッツィー』でも、『アドニス』でも。わたしは、『あなた』のことが、大好きよ」
耳許に囁けば、照れるように真っ赤になった耳が、腕の中で頷いた。そうして顔を上げると、目許はまだ赤いけれど、無理のない可憐な笑顔を見せて、アドニスは待っているシェダルのほうへと駆けて行った。
その姿を見送り、サクラは胸に覚える怒りに手を握りしめる。
(パッシバル公爵の娘……)
(確か)
「ユークリッド」
呟き、記憶を浚う。
細面に怒りを宿した吊り気味の目が、瞬時に呼び覚まされた。
公爵の一人娘。最初の宴で公爵夫妻とは挨拶したが、ユークリッドは会場内にはいたものの、来ることはなかった。セルシアとなってからの披露目の際、両親に連れられ不承不承の体でわずかに頭を下げ、顔を上げたときに激しく睨まれたのを覚えている。最初の宴の夜、アスティーに警告を命じたのはこの人かと思えば、納得の面構えだった。
クロシェに執心していることは、アスティーのあのときの反応からも明らかだ。あれから特別嫌がらせなどはされていないが、サクラが気付かないよう、騎士たちによって阻止されているのかもしれない。ラツィア──アドニスにした仕打ちを思えば、自分のどこかがカッとなるのを覚えた。頭なのか腹なのか胸なのか……いろんなところが、熱い。
「落ち着いてください、サクラ」
言われて、クレイセスがいたことすら忘れていたことに気が付く。イリューザーも寄って来て、サクラに体をこすりつけるように一周した。
「守りたいと認識している相手のことなら、あなたは簡単に怒れるのですね」
言われてる意味がわからず、近づいて来た彼を見上げれば、深い青がふと微笑んで言った。




