表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
命の欠片 ―黒衣のセルシアⅣ―  作者: 吉野衣織
Ⅱ 名前をあなたに
29/31

10

「わたし、猫じゃないのに……! 猫の真似をさせられたり、首を掴まれてぶら下げられたり、食事も、猫の『ラツィア』が食べてたのはそれだけなのにおかしいわって……猫が服着てるのも変ねって、雪の日に、首輪だけで外に出されたこともありました。恥ずかしくて寒くて惨めで……こんな名前、未練なんかない! ないんです! 嫌なの……!」


 ぎゅっと、拳が白くなるほどにサクラの手を握りしめて体中を震わせ、血を吐くかのように泣きながら叫んだラツィアを、サクラはたまらず抱きしめる。つらいことを、思い出させたかった訳じゃない。未練がないなら、名前などいくらでも贈る。


「今まできちんと話を聞かなくてごめんね。名前、どんなのがいいかな。わたし、この世界の名前の由来とかよく知らないんだけど、好きな名前とか、こんな風に呼ばれたいとか、希望するもの、ある?」


 肩に顔を押し付けて泣くラツィアに問えば、顔を上げないまま、首を横に振る。激しい嗚咽(おえつ)がおさまるまで背中を撫でて待てば、五分ほどで落ち着いてきたラツィアはすんすんと鼻を(すす)りながら、顔を上げて言った。


「さ……サク、ラ様、の、世界の、名前、欲しいです。わた……わたしのこと、ちゃんと、『所有』、してください」


 ままならない呼吸、それでもまっすぐに目を見て放たれた言葉に、サクラは頷く。


 サクラがいた世界の名前、と一口に言っても、日本語では浮きすぎるだろう。英語の教科書や試験にやたら出て来た女性名はルーシーとエレンだったが、ピンと来ない上に理由としては適当過ぎる気もして除外する。彼女がこれから一生使う名前だ。幸せな意味合いのある名前を贈りたい。


 ラツィアの金色の髪を撫でながら考えを巡らせれば、サクラにひとつの花が思い浮かんだ。和名はこの世界の名前として音が適さないが、学名は確か。


「アドニス、はどうかな」

 言えば、彼女は潤んだ紅茶色の瞳でサクラを見上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ