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「普段は見えない。サクラが示したときか、ひどい怪我でもしたときくらいか。額が熱くなったときには、現れてるんだろうっていう程度だね」
「そう、なんですね。あの、嫌って訳じゃないんです。サクラ様は、わたしのことそうやって守るっていうのは、あの人の、敵になるって、宣言することになるんじゃ。そしたら、今よりもっと危ないことになったりは」
「大丈夫。シェダルさんも言ったでしょ? 強さだけなら、負けるなんてあり得ないほど強いんだよ、セルシアの騎士は」
笑顔で手を取れば、怯えと疑いを含んだラツィアの表情が、少しずつ緩む。
「アスティーにも、同じようにしてもらうつもり。お願いだからラッツィー、誓いの言葉をくれないかな」
目を見つめて真剣に言えば、ラツィアは「あの!」と、決心したように声を上げた。
「な、名前、も、ください!」
ありったけの勇気、と言わんばかりの表情に、サクラは優しく問う。
「名前? なんで? ラツ、『ラツィア』って、綺麗な名前なのに」
相変わらず一発で言えないサクラに、ラツィアは泣きそうな顔で少し笑った。
「兄と、話してたんです。家を、出たときに。本当は、名前も捨てたほうが安全だって。ここから生きなおせるなら、何もかも新しくしたいねって」
「でも、その名前は誰かからもらった名前でしょう?」
恐らくは母親だろうと推量で言えば、ラツィアは意外な名前を口にした。
「……お嬢様、が」
これまで、ラツィアの話の中には一度も出てこなかったことに加え、先程シェダルが「底意地が悪い」と評したこともあり、サクラは不思議な気持ちで首を傾げて聞く。
「仲、良かったの?」
ラツィアはそれに、激しく首を振った。繋いでいる手も冷たくなり、微かに震えている。
「わたしが生まれる少し前に死んだ、飼い猫の名前、なんです」
ぐうっ、と、込み上げるいろんな感情を飲み込むように、ラツィアの喉が鳴った。ぶわりと涙を湛えた瞳に堪えているものを見て取って、促すように潤んだ瞳を正視する。




