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そう言うと、狭い通路の中、うしろに控えていた家令が恭しく、トレーに載せた杯を差し出した。
「なんのつもり?」
毒杯と察して、メイベルは二人を見る。
「あなたは、やり過ぎたのです。王より我が家に温情を賜りました」
「温情?」
「私があなたを始末し、繋がっていた者たちを差し出せば、『家』は不問にすると」
その言葉に、メイベルは「あっはははははは!」と高らかに笑う。
「なあに、それ? あなたは今後、王の犬になるとでも言うの?」
「そうせざるを得ない道を敷いたのはあなただ!」
夫の面影を残した顔が、憎しみだけを露わに見つめる。
「正直、清々しますよ。ずっとあなたを殺したいほど憎いと思っていた。私を可愛がるその裏で、あなたは私の母を殺し、父が守った『家』を欺いた。それを知ったときの衝撃など、あなたにはわからないでしょうね。貴族など、本来皆『王の犬』です。多くを守れるのなら、私はそれで一向に構わない!」
それだけを言うと、肩で鋭く空を切るように踵を返し、彼は迷いのない足取りで去って行く。家令は毒杯を載せたトレーを鉄格子に寄せて置くと、彼もまた、なんの迷いもなく去ろうとするのに、メイベルは思わずその手首を掴んだ。
しかし。
「お別れです、大奥様。潔く、果てられますよう」
老年に差し掛かった家令はしかし、メイベルの握力などものともせずにくいっと手首を取り返すと、訣別の空気と灯りを残して去って行った。
(────許さない)
メイベルは、怒りに震えた。
こんな杯など、絶対に飲んでやるものか。
自分を尊んでくれない世界なんて、そんなもの、滅んでしまえばいい。
蝋燭の揺らぎだけが「変化」の空間で、メイベルは杯から距離を置くように牢の角に行くと、膝を抱くように座る。ギリギリと爪を噛みながら、甘い芳香を放つ、毒杯を見つめた。




