両雄の駆け引き
「突撃開始の狼煙が上がりました」
「よし。突撃開始」
クペル城から上がる狼煙によって再開されるフランベーニュの攻撃。
もちろん今度は先ほどと違い、目の前になるがあるかわかっているから先ほどのような醜態を披露することない。
だが、体当たりや剣で斬り込む程度どうにかなるものではないことには変わらない。
「なるほど……」
ボナール軍に所属する将軍バスチアン・マレストロワは兵士たちの様子を見ながら唸る。
「……目の前にそのようなものがあると知らされていなければ、我々も貴族どもと同じ醜態を演じていた。いや。勢いは我々の方が圧倒的だから、その被害はさらに大きい」
渓谷内に突入する際には先鋒を務めることになっている将軍アラン・ギリエもその様子を腕組みしながら睨みつけ呟く。
「……いけると思ったが、やはり破れんな」
そこにギリエ軍に所属する人狼部隊の指揮官アシオパア・タラヴァオがやってくる。
「ギリエ様。我が部隊であれば、今すぐにもこの結界の突破は可能です」
そもそもアンガス・コルペリーアの魔力はデルフィンに比べれば劣る。
さらにカバーしている範囲も広い。
そうなれば、すべてを完璧に抑え込むことができないわけなのだが、現在は魔法攻撃に対処することを重きを置いている。
そうなれば、タラヴァオの言葉どおり、選りすぐりの戦士の集まりである人狼部隊なら結界の突破できる可能性は十分ある。
ギリエの思考もタラヴァオと同じく攻撃に傾いている。
本来なら即座に突入を命じるところなのだが、今回はそうはならなかった。
むろん、その理由はボナールからこう釘を刺されていたからだ。
「完璧な策を用意している。だが、誰かが抜け駆けなどすれば、すべてがご破算になる。当然厳罰だ。たとえどんな功があろうとも」
さすがにそこまで言われてはギリエも躊躇せざるを得ない。
もちろん攻撃許可が出るものと思っていたタラヴァオは露骨に不満の表情を表すが、ギリエのこの判断は間違っていないといえる。
「クアムートの戦い」時のノルディアの人狼軍による結界突破の結果を参考にすれば、その代償は相当なものであり、その後の戦闘は一方的になるのは避けられない。
それこそ貴重な戦力をただ失うだけとなったことだろう。
しかし、この後に起こることを踏まえて話をすれば、もしかしたらボナール軍が壊滅を免れる唯一チャンスがここだったのかもしれない。
なぜなら、どこまで戦えたかはわからぬが、少なくても魔族軍に多少なりとも混乱をもたらし、フランベーニュの剣が結界の維持者に届いたかもしれないのだから。
むろんすべてが結果論ではあるのだが。
「……そろそろ引くぞ」
「承知」
本隊の指揮を執るロカルヌが声をかけると、副官のダクス・ラントクスが応じる。
「狼煙」
それとともに、ボナールの直属部隊は渋々と言わんばかりに徐々に取りついていた結界から離れ始める。
だが、その一部は傍から見れば滑稽な極みである「見えない結界との格闘」をやめる様子が見られない。
もちろんこれは命令違反である。
だが、それをおこなっている貴族たちにとってボナール本人ならともかく、その配下ごときの命など聞くに及ばずということになるのだから当然といえば当然である。
「ロカルヌ様。貴族軍は引きませんが……」
青筋を立てながら報告するラントクスに対し、苦笑いの極致と言える表情のロカルヌはこう答えた。
「いいのだ」
「今のところはあれで」
クペル城の物見櫓で魔族軍を攻めていた自軍が引く様子を見ていたアポロン・ボナールも予想通りの展開に思わず苦笑いする。
その隣でボナールとともに将軍になった証として王から下賜された同じ種類の単眼望遠鏡で魔族軍の様子を熱心眺めていたその城の主がそれに応じる。
「いやいや、さすがはボナール殿の部下たち。素晴らしい動きです」
「それに比べて貴族軍は……」
命令に従わず攻撃を続けている。
言外にそう指摘したロバウの言葉にボナールは小さく頷く。
「まさに彼ららしい動きといえる。それよりも、それらしい者は見つけたかな。ロバウ殿」
そう。
ふたりは攻撃の指令を出す者を探していたのだ。
だが、ロバウに続きボナールも大きく息を吐く。
つまり、こちらも空振りだった。
もっとも、ボナールは怪しいと思う者をひとり見つけていたのだが。
……さすがにあれだけの部隊を指揮する者が人間種ということはないだろう。しかも、ガキ。ありえないな。
そう。
実をいえば、ボナールの目に留まった者とは人間風の若者。
だが、残念ながら常識がそれを遮る。
そして、正解である人物を切り落としたボナールの選択肢に残ったのはひとりの魔術師だった。
「そうなると、やはり……」
「例の魔術師が軍の指揮官を兼任ということですか?」
漏れ出した自らの言葉にロバウがそう応えると、渋みを増したボナールは頷く。
「そうなるな。だが、そうなると厄介だな」
「そうですね。どうしますか?」
「とりあえず、もう少し続けるしかないだろう。そういう点では貴族軍の動きは時間稼ぎになる」
そこで一度言葉を切ったボナールは後ろを振り返る。
「ロカルヌへ伝令。貴族軍を放置したまま、このまま攻撃と撤退を続けるようにと伝えろ。それから、魔術師が指揮官の可能性がある。魔術師を注視せよと」
「長引きそうですね」
ロバウの呟きのようなその言葉にまったく同じ気持ちのボナールが短い言葉で応じる。
「だが、相手のことを考えれば、覚悟しなければならない」
「そして、集中と忍耐力を失った方が負けだ」
そう言ったボナールが視線を動かした先はもちろん魔族軍本陣。
そして、そこではこのような会話が交わされていた。
「何をやっているのでしょうね。フランベーニュ軍は」
統制が取れた左右の部隊と無秩序に無駄な攻撃を続ける中央軍を見渡しながら、人間の男が声をかけた相手はこちらも人間の、いや、目の色から魔族とわかる少年だった。
その少年、つまりこの軍の司令官であるグワラニーは同じように周辺に展開する敵軍を眺め直し、それから口を開く。
「おそらくボナール将軍は我が軍の司令官を探しているのでしょう」
「つまり、我々が攻勢に出るためには強力な防御魔法を解除する。その合図を魔術師に送る者がいる。その者を見つければ、忌々しい結界が消える一瞬を捉えることができると考えているのでしょう」
「悪くない策ではあります」
「もっとも、その推測が正しければという条件がつきますが」
そこまで言ったところでグワラニーは笑う。
「ですが、いくら観察してもわからない。さて、そうなったときにフランベーニュの英雄はどう動くのでしょうね」
繰り返される両翼の攻撃と撤退。
延々と繰り返される中央軍の攻撃。
それをものともしない魔族軍の結界。
ただそれだけ。
まさに無為の時間。
時間の浪費。
もちろん、これはそれ以上の、というより、それ以外の方法が見つからない以上、仕方がないことと言えるのだが、それとともにそれは相当量の忍耐を要求するものであり、戦う前に精神の多くをすり減らしていたボナールにとっては過重といえるものであった。
そして、遂に精神の負荷に耐えられなくなったボナールが前言を撤回するときがやってくる。
「……このままでは埒が明かぬ」
六度目の攻撃でも魔族軍の指揮官を見つけられなかったところで、ボナールの口から苛立ちの感情が滲み出る言葉が漏れ出す。
「やはり、こちらからもう一手仕掛けなければならぬようだな」
そう言ったところで、ボナールはで伝令係アンダスト・バエルイを呼び、少々長めのメッセージを託して、ロカルヌのもとに送りだし、少しだけ間をおいたところでロバウを見やる。
「全面後退と見せかけて、敵の攻撃開始を誘い、防御魔法が緩んだところで一隊だけを急速反転して敵陣に突入させる」
ボナールが得意としている策のひとつに一隊が敗走を偽装し縦深陣の奥まで引き込んだ敵を叩くというものがある。
これはその応用となる。
「グワラニー様。敵が全面後退を始めました」
物見の兵から声とともに、本隊の後方で結界を維持していたアンガス・コルペリーアがその弟子フロレンシオ・センティネラ、それから一見すると場違いの見本のような少女を伴ってグワラニーに近づく。
そして、グワラニーの背後に立った老魔術師が口を開く。
「あれはこちらの攻撃を誘っているのだろう?」
「ええ。そのとおりです」
「では、『フランベーニュの英雄』の名誉を守るために奴の望みどおりに動いてやるべきではないのか?」
自身の問いを肯定したグワラニーの言葉に老魔術師が皮肉を込めて再び問うと、グワラニーは薄い笑みで応じる。
「そうですね。では、そういうことですべてお任せします。魔術師長」
「任された。攻撃に先立ってキドプーラからベメンテウとノウトがこの周辺一帯に転移避けを張るので逃げる暇など与えぬが、一応確認しておく。ボナールはどうする?クペル城の魔術師とともに吹き飛ばすか?」
「巻き添えは仕方がないですが、すべてが終わった後に撤退文書に署名する相手がいなくなるのは困りますからできれば生かしておいてもらいたいものです」
「承知した」
「タルファ将軍。これから攻撃開始します。それに先立ち各部隊の指揮官たちに連絡してもらいましょうか」




