姿を現わしたもの Ⅱ
本来であれば、相手の体制が整っていないうちに攻撃することこそ常道。
魔族軍が姿を現した瞬間に攻撃を開始するか、そうでなくても布陣をおこなっている最中に攻撃するべきもの。
だが、フランベーニュ軍は全く動かなかった。
「貴族連合軍はエサ役。彼らに功を与える気などないボナール将軍は待機を命じる」
状況はまさにグワラニーのこの言葉通り。
もっとも、ここで攻撃されてもアンガス・コルペリーアが展開する完璧な防御魔法によって触れることさえできなかったのだが。
そして、貴族軍に対峙するように布陣が完了した総勢二万の軍勢。
その最後方に立つ三人の魔術師の目の前に広がるのがグワラニーの部隊の全容となる。
部隊の先頭にはプライーヤ率いる三千人。
その後方には、各二千人を率いる新しく加わった三人の将軍の部隊。
さらにその後ろに控えるのが、この軍で最大勢力となる戦闘工兵。
むろん彼らが使用するのは横弓といわれるこの世界では珍しい武器であるのだが、現在の彼らが手にしているのは鍬やスコップといた道具であり、彼らが瞬く間に土を積み上げてつくり上げた丘に本陣が置かれている。
そして、その本陣を守備するのは、タルファ配下の二千五百人となる。
それから、この軍に同行する魔術師はわずか三人。
その最年長者となるアンガス・コルペリーアが弟子であるフロレンシオ・センティネラを見やる。
「グワラニー殿と敵将アポロン・ボナールとの駆け引きはすでに始まっている」
「弱兵とはいえ十万を相手にするのに現れた二万はあまりにも少ない。だが、その軍に含まれる魔術師がこれだけ強力な防御魔法を展開している。この条件を示されたら、相手はどう考えるのか?」
「いうまでもない。敵の主武器は魔法。しかも、自分たちより上。当然自分たちの防御魔法を最大に引き上げる。だが、現状では相手も攻撃魔法は使用できない。フランベーニュ軍の魔術師長となる者はボナールにそう伝えたことだろう。そして、それを聞いたボナールはこう考える」
「数の差を考えれば剣での戦いで勝利は得られない。つまり、敵は必ず切り札である魔術師の魔法を使って攻撃に転じる。そうなれば、どこかの時点で必ず防御魔法を弱める。その時こそが自分たちフランベーニュ軍の狙い目。その切り替えをおこなう一瞬を狙い撃ちする。ボナールはこちらの策を完全に読み切ったなどと言って、今頃わけ知り顔でその策を開陳していることだろう」
そこまで喋ったところで、アンガス・コルペリーアは黒い笑みを浮かべる。
「もちろんその読みは完全にはずれというわけではないのだが、奴が見抜けなかった半分こそがこちらの策の核。フランベーニュの英雄には申しわけないことなのだが、すでに勝負はついている」
アンガス・コルペリーアはそこまでしか語らなかった。
だが、最側近であるセンティネラは知っている。
それを誰がどのようにおこなうかを。
そして、その結果どのようなことが起きるのかも。
「……今まで誰も見たことがない光景が広がることになりそうですね」
「ああ。そんなもの見たくはないが我々が生き残るためにはやむを得まい。それに……」
「戦争は英雄譚で語られるような素敵なものではない。殺さなければ殺される。どのような過程を踏もうが結果がすべての世界なのだから」
「だから、何が起ころうが、すべてを受け入れ、それから自分たちが生き残ったことを喜ぶべきなのだ」
弟子の言葉にそう応じた老魔術師は三人目となるもうひとりの魔術師を見た。
さて、ここで舞台をクペル城へ移す。
実を言えば、自身の配下である主力部隊とともに戦場に姿を現すという魔族軍の予想に反し、フランベーニュ軍の指揮官アポロン・ボナールはすでにこの場にやってきており、現在はエティエンヌ・ロバウとともに戦場全体を俯瞰できるクペル城の物見櫓の最上部で指揮を執っていた。
そして、そのボナールのもとに貴族連合軍に同行している魔術師長オーバン・ルルディーオからの伝令がやってくる。
「……奴らの策が判明した」
「ほう」
フランベーニュ軍の魔術師長ルルディーオから届いたその情報を咀嚼し終えたボナールは嬉しそうにその言葉を口にすると、その相手となるロバウは短い声でそれに応える。
「それを伺ってよろしいか。ボナール殿」
「……もちろん」
少しだけもったいぶるような言い回しをしたものの、実をいえば、ボナールは嬉しさのあまり、誰かにそれを話したかった。
つまり、その気持ちが押さえられないボナールにとってロバウの言葉はまさに渡りに船だったのである。
隠し切れない喜びが滲んだ口が開く。
「これまで誰にも言っていなかったのだが、実は今回の策を実行するにあたりひとつ不安があった」
「それは?」
「この城の一室にいた魔術師を狙い撃ちにしたという魔法の使い手だ。この情報を聞いたときに、私は魔術師長であるルルディーオに尋ねた」
「遠方から同じことができるかと」
「ルルディーオ殿はなんと?」
「無理だと答えた。つまり、その魔術師の技能はルルディーオよりも上ということになる。そのような者がどこかに潜んで魔族を半包囲した我々を攻撃しないかと」
「むろんルルディーオは、自分と副魔術師長であるエクトル・ネラックが最大級の防御魔法を展開するから問題ないとは言っていたのだが、それでも多少の不安があった。だが、その不安はたった今解消された」
「と、言うと?」
「現れた魔族軍の中にその魔術師が含まれていることが確認できたのだ。しかも、その魔術師はもうひとりの魔術師とともに最大級の防御魔法を展開しているという」
「……それほどの魔術師が防御しているのでは容易に手が出ませんね」
「ああ。そのとおりだ」
ロバウの言葉にそう応じたボナールは残念そうな表情を浮かべる。
だが、ボナールはすぐに笑みを浮かべ直し、それからもう一度口を開く。
「だが、それを裏返せば、奴らも攻撃魔法は使えないわけだ。では、奴らはその状態でどうやって勝つつもりなのだ?」
ボナールが言いたいことをロバウはここでようやく理解した。
わざわざ少数で戦うには圧倒的に不利な場所である草原に出てきたのだ。
奴らは何かしらの勝つ算段をしているはずだ。
だが、彼我の戦力差は歴然。
剣で決着つけるつもりではない。
そうなると、残りは魔法攻撃をおこなうことになるのだが、現在の状況ではそれは不可能。
となれば、攻撃魔法をおこなうために防御魔法の強さを弱めねばならない。
「ルルディーオが展開する防御魔法を突破する攻撃魔法を使うためには、防御魔法を弱め、攻撃魔法に魔力を振り分けなければならないだろう」
「我々は防御魔法から攻撃魔法へ魔力を移動させる一瞬の隙を逃さず叩く」
これはまさにアンガス・コルペリーアが弟子に向かって言った「ボナールはこちらの策を読み切ったと思い、自信満々に種明かしをしているに違いない」という言葉そのもの。
そして、その仕上げのようにボナールは言葉を加える。
「そうなれば、彼らに与えられたものは全滅か撤退の二択。そして、ありがたいことに後方は遮断されていない。当然選ぶのは後者となるわけだ」
「ということで、ロバウ将軍」
「我々の勝ちだ」
「モンガスコン」
ボナールは副官の名を呼んだ。
「本隊への伝令を頼む……」




