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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第九章 マンジューク防衛戦 Ⅱ
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選択肢なき選択

「おい。あの魔族は今何と言った?」


 ペトロイオ、モイアーノに、同じく前線指揮官バルトロメーノ・ピッコラ、アブラーモ・モンタウトが加わったアリターナ軍幹部は、共通語で語られたその男の言葉に驚く。


「我が国が魔族と講和したなどありえぬ話だが、その交換条件でここを引き払い、さらにマンジューク銀山を譲るだと」


「どうする?」


 そう。

 まさに魔族軍が提示したものはフランベーニュ軍が聞いたものと同じ。

 まあ、厳密には、まずアリターナ軍に話したものと同じことを、しばらくあとにフランベーニュ軍に話したのだが。


 そして、ピッコラが口にした難題に悩むのもまったく同じである。

 フランベーニュでは、ここでアンジュレスが独断で前に進むことに決めてしまったのだが、こちらはほぼ同格の四人がその場にいたため、別の対応がとることになる。


 協議。


 アーネスト・タルファと名乗ったその魔族の将に少しだけ時間をくれと申し出て、話し合いを始めた。

 最前線、しかも、殺し合う敵を目の前にして随分と悠長なことだとも思えるが、相手は四人を残してすべての兵を引き揚げ攻める気などない。

 そうかと言って、これ幸いとばかりに攻撃に転じられるかといえば、例の壁がありそれはできない。

 つまり、これは一種の停戦状態が成せる業といえるだろう。


 そのような状況のなかで、まずモイアーノが口を開く。


「とりあえず後方に伝令は送るが、転移魔法が使えない以上、指示を得られるまで相当時間がかかる。魔族たちに少し待てと言っているのだ。いくら相手が魔族とでもそう待たせるわけにはいかないだろう。そうなると……」

「この四人で決めねばならないな」

「ああ」


「では、とりあえず聞く。魔族の言葉を信じて前に進むべきだと思う者?」


 先任であり一番の年長でもあるペトロイオの問いに、手を上げるものはいない。


「つまり、ここに留まるべきということなのか?」

「いや。俺は前進すべきだと考える。ただし、相手を信じてという部分には賛同しないが」

「同じく」


 心の中で呟いた「いつもながら本当に面倒な奴らだ」という言葉をおくびにも出さず、ふたりの言葉の上澄みだけを掬い取ったペトロイオが言葉を続ける。


「なるほど。では、モンタウトはどう考える?」


 ただひとり賛意を示さなかったアブラーモ・モンタウトはペトロイオからやってきたその問いにこう答える。


「これは罠だろう」


 まず結論を口にしたモンタウトが続いて主張したのは話が出来過ぎているというものだった。


「ただし、皆がそう言うのであればそれに従う」


「わかった。では、モンタウトは最後尾を任せる。危なくなれば、俺たちを見捨てて逃げろ」


「おまえたちは?」


「当然最前列」

「異存はない」

「マンジュークへ一番乗りしたいからな」


「いいだろう。承知した」


 最後のひとりの承諾を取り付けると、ペトロイオはもう一度口を開く。


「もちろん後方にいるチュプラーノにはこの旨を伝えておく。これで強襲されてもいいような備えもできるというわけだ」

「では、行こうか」

「ああ」


 四人によるハドルは解かれ、薄い笑みを浮かべて待つ魔族軍に属する人間の方を振り向く。


「待たせたな。では、その言葉を信じて今からマンジュークに向かうことにする」

「承知した」


 四人のなかで共通語がもっとも堪能なペトロイオからやってきた回答にそう応えながら、タルファは心の中で皮肉めいた言葉を口にした。


 ……何を相談していたのかは知らないが、そもそもおまえたちには選択肢などないのだ。

 ……おまえたちがどんな答えを示そうが、我々はこの場を去る。


 ……そして、我々がいなくなれば、おまえたちアリターナは当然前進し、一度そこに踏み込んでしまえば、どれだけ罠の存在を疑っていても、進み続けるのだ。


 ……宴が始まるまで。


 もちろん心の声など微塵にも出すことなく、タルファはこう返答する。


「では、マンジューク手前でおこなう歓迎の準備あるのでこれで失礼する。諸君らアリターナ軍に道中での幸運があることを祈る」

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