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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第九章 クペル平原会戦

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そして、新たな戦いへ

ここから始まるクペル城攻防戦の前日譚となるものを中心としたこの章の裏話的なものは、「アグリニオン戦記 外伝 クペル城攻防戦」で語られています。

「とりあえず我々に与えられた命令は完遂された」


 王からグワラニーへの命令は渓谷内の人間を掃討すること。

 つまり、キドプーラとベンティーユの奪還まで。

 バイア、デルフィン、アンガス・コルペリーア、それにアリシアと開いていたささやかな祝勝会の中で口にしたグワラニーの、おこなった偉業に比べれば遥かに慎ましいともいえるその言葉どおり、命令は完璧な形で完了したことになる。


 ただし、グワラニーは渓谷内の戦いが始まる前からフランベーニュ側の出入口であるキドプーラの先にあるクペル城の攻略を視野に入れていた。

 もともと砦化されていたベンティーユと違い、キドプーラ自体の防御力は高くない。

 その補完という役割を担っていたクペル城の占領は戦略上必要だったのである。


 だが、これがなかなかの難題だった。 


 たとえば、そこに立て籠もるフランベーニュ兵とともに城を破壊してもよいということであれば、極端な話、デルフィンの強力魔法一撃でカタがつく。

 だが、手に入れた情報が正しければ、クペル城には多くの非戦闘員がいる。

 彼らに被害を出さぬようにするには、包囲戦のあとに開城勧告し、撤退を許す条件で城内にいる者を城から追い出す以外の選択肢はないのだが、それをおこなうには時間と兵数が必要になるからだ。

 

 ただし、グワラニーはこの難題に対する解決策をすでに用意していた。

 

 アルタミアたちガスリンの子飼いに包囲戦をおこなわせる。


 渓谷開放戦に対して何一つ貢献しないアルタミアたちだったが、形式上はマンジューク方面軍の一員でグワラニーの部下。

 つまり、今回の渓谷地帯開放に対する多額の報酬の対象である。

 

 規則であるのだから止むを得ないのだがさすがにこれは虫が良すぎる。

 そこで前払いされるその対価に値する血と汗を流してもらうということにしたのである。

 むろん、彼らは包囲戦をおこなうだけではなく、これからやってくるはずのフランベーニュ軍の援軍を撃滅する際のエサになるという表に出ない役割まで担わされることになっている。

 

 だが、渓谷内完全開放の夜、ほぼ決定していたこの決定を覆す事態が発生する。


「キドプーラのペパス様より急報です」


「クペル城付近にフランベーニュの新手が次々に現れていると……」

「数は?」

「今のところは一万程とのことです。そして……」


「ペパス様によれば、並べられた軍旗からやってきた軍の司令官も判明しているとのことです」


「誰だ。その将とは」

「アポロン・ボナール」


「……『フランベーニュの英雄』がやってきた?本当に……」


 むろんコリチーバが伝えたその情報はグラワニーにとっても想定外の出来事だった。

 僅かな沈黙後、グワラニーは視線を動かす。


「アリシアさん。今後の対処はどうしたらいいと思いますか?」

「やはり、グワラニー様自身が迎撃すべきでしょう。クペル城攻略をおこなう予定のアルタミア将軍たちを迎撃に向かわせては収拾がつかない事態になりかねませんので」


「その理由は?」

「ボナール将軍の手元には二十万人の兵とそれに見合うだけの魔術師がいるとしたら、こちらの攻撃が始まれば、すぐにでも増援がやって来ると思われます。当然こちらもさらに増援を送ることになりますが、待っているのは混戦。もちろんそうなれば私たちの武器である魔法や弓矢が使用できなくなり兵数の勝負となるわけで、当然分が悪い。送り出した部隊が全滅するだけなら良いのですが、敗走ということになれば大変なことになります」

「ちょっと待ってくれ。夫人」


「たとえ直属部隊ではないとはいえ、全滅よりも撤退の方が問題とは言いすぎではないのか?」


 他の部隊はともかく、この部隊の指揮官グワラニーは這ってでも生き残る努力をすることを末端の兵たちまで求めている。

 アリシアがたった今、口にした言葉はそれに反するもの。

 アンガス・コルペリーアがそう問うのは当然のことであろう。

 もちろんアリシアもグワラニーの方針は知っている。

 だが、敢えてそう言った。

 その理由は……。 

 

「たとえば迎撃に出た部隊が全滅すればそれまでですが、敵味方入り乱れた状態でキドプーラに戻って来られてはこちらとしては対応に困るということです」

 

「そして、敵の狙いの本筋はおそらくこれでしょう」

「まあ、そうでしょうね」


 そう。

 グワラニーの思考もアリシアと同じもの。

 そして、小さく頷いたバイアも同様。


 アリシアの言葉を引き継いだグワラニーはふたりの魔術師に視線を向けその続きとなるものを口にする。


「おそらくボナール将軍は自らが抱える魔術師団の力に絶対的な自信を持っている」


「そして、より重要なのは『フランベーニュの英雄』は我々の本当の力を知らない。そうであれば、彼は配下の魔術師の防御魔法を総動員すれば、我々の攻撃魔法は防げると考えても不思議ではない」


「むろん、この段階でこちらがその先遣部隊に噛みつけば、ボナール将軍はすぐさま増援を送り込んでくることでしょう。ですが、そうならなくても、ボナール将軍は我々が平原に出て行きたくなるようなエサを用意しているはず」

「それはボナール自身ということか?」


 老魔術師の再びの問いにグワラニーは黒い笑みとともにこう答える。


「いいえ。アポロン・ボナールがどれだけ気前が良い男でも、さすがにそこまではしないでしょう。ワイバーンから手に入れた情報が正しければ、貴族の私兵。その数十万以上。おそらく彼らがエサ役」


「まあ、ここまでわかっているのなら、本来はフランベーニュの思惑に乗らず、敵の増援を防いだうえで目の前の敵を魔法で削っていけばいいわけなのですが……」


「今回は敢えて相手の策に乗りましょう。まあ、形だけではありますが。そして、罠に嵌めたと思ったボナール将軍率いるフランベーニュの全軍がやってきたところを一挙に叩く。ここで重要なのはボナール軍の本隊すべてを叩くこと。ですから、先発部隊はやり過ごす。そういうことです」


 ボナールの策に乗ったうえで叩きつぶす。


 グワラニーは言外にそう言った。


「そういうことで将軍たちを集めてすぐに会議……」


 そこまで言いかけたグワラニーは言葉を止めて、少しだけ考えると、前言とはまったく反対の言葉を口にする。


「いや。今日は大変な一日だったのだから、しっかり睡眠をとり、明日朝食を兼ねて会議をおこなうので遅れずに集合するように連絡をしてもらいましょう」


「なにしろ相手は我々が平原に出て来なければ何もできないのですから多少待たせても問題はありませんので」


「ですが、ここにいる四人には最初に説明しておきましょう。明日の戦いで圧倒的大軍を圧する方法を」

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