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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第九章 マンジューク防衛戦 Ⅱ
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混乱に終わりはない

 遠く離れていたため、その魔法を放った者たちがいる場所からは小さな火柱が上がる程度にしか見えなかったものの、もちろん実際はそのような程度のものではなく、その魔法攻撃を受けた者たちの被害は筆舌に尽くしがたいものであった。


 まさに阿鼻叫喚。


 少女が杖を振ってからほんの僅かだけ時間が進んだ渓谷内のフランベーニュ陣地は大混乱中だった。


「お、おい。何が起きた?」

「よくわからんが、私の部隊のすぐ近くに待機していた魔術師は全滅した」

「こちらも同じ。とにかくクペル城のロバウ総司令官にその旨を伝えねばならない」


 前線と渓谷入口付近を繋ぐ第二列の指揮官であるクロヴィス・シャッスイヌとオーレイアン・ポアティアはすぐさま対応に動く。


「……後方へ魔術師の応援を仰いだ。彼らが到着するまで被害情報の確認をしよう」


 ふたりは事態の全体像を把握できないまま、兵たちに命令を出し続けるが、前線、そして後方から次々とやってくる伝令の言葉によって被害状況がわかってくると、顔色を変えざるを得なかった。


「……渓谷内の魔術師が軒並みやられただと?」


 ポアティアの呻き声に似た問いに、シャッスイヌが似たような声で応える。


「入口付近の警備をおこなっているケランネックからの伝令の話では、入口周辺の魔術師駐屯所もすべてやられたらしい。おそらくアンジュレスの前線も同じだろう。つまり、こちらの防御魔法はすぐには復活しない」


「そうなれば魔族の攻撃ならこれから総攻撃が始まるはずだ。攻撃魔法による一方的なものが」

「そうなるな。とにかくアンジュレスの部隊が大変なことになっているのは間違いない。準備が整い次第前線にいこう」

「その前にクペル城から魔術師を派遣してもらうように再度伝令を出そう」


 この時点で、フランベーニュ軍はこの攻撃は魔族からのものであると認定し、防御魔法を消し去ったうえで猛攻をしかけてくることを確信していた。

 だが、このあと事態は二転三転することになる。


 最初の転機。

 それは空からやってくる。


「ポアティア将軍。火球が現われました。真上です」

「なんだと……」

「早くも来たか」

「落ちます」


 ポアティアの言葉を遮るように兵士の金切り声が上がったと同時に彼らの場所よりも入口に近い場所に着弾する。

 むろんその後にやって来るのは轟音と悲鳴。


 犠牲になった味方には申しわけないが、とりあえず生き残ったことに安堵し、少しだけ冷静になったところでポアティアの頭にある疑問が浮かんだ。


「……今の火球は北から来たようには見えなかったぞ。火球はどの方向から飛んできた?」

「東からです」

「……東だと……」


 もちろんそちらには誰がいるかはフランベーニュの者は皆知っている。


「もう一度聞く。北からではなく、東からだったのだな」

「間違いありません」


 アリターナから攻撃された。


 出かかったその言葉を飲み込んだポアティアはシャッスイヌを見やる。


「お互い言いたいことはあるだろう。だが、我々は前線指揮官であり、お返しをすべき相手が誰かということを決めるのはクペル城。そして、我々が今やらなければならないことは攻撃相手の特定ではなく前線の崩壊を食い止めること」

「そういうことだ」


 ふつふつと湧き上がるアリターナへの疑念を強引に心の奥に押し込んだふたりの将軍は猛烈な魔法攻撃に晒されているはずのアンジュレス率いる最前線部隊の掩護のため急いだ。

 だが、そこで見たものは、予想とはまったく違うものだった。


「な、なんだと……」

「いったいどういうことなのだ」


 兵たちとともに前線にやってきたポアティアとシャッスイヌと見たもの。

 それは……。


 どこがどうのとは言えぬものの、たしかにその様子には違和感のようなものはある。

 だが、少なくても外見上はいつもと変わらぬ人間と魔族が剣を振り回すだけの戦い。

 つまり、起こっているはずの魔法による一方的な殺戮とは無縁なものだった。

 むろん焼け焦げた何かがあることから、ここを担当していた魔術師も攻撃されたのはまちがいないだろう。

 それにもかかわらずこれだ。


「……どういうことだ?」

「……知らん」


 シャッスイヌの言葉にポアティアはそう応じた。

 いや。

 ポアティアとしてはこれ以上のことは言えないという方が正しいだろう。


 たとえば、前線の魔術師が無傷であるのならとりあえず状況は説明できる。

 だが、実際にはフランベーニュ側は魔術師がいない状態で戦っている。

 魔族軍がその穴を突かない理由は不明であるが、少なくてもこれだけは言える。

 フランベーニュ側に起こった惨事を魔族軍の前線は知らない。

 それはつまり先ほどの攻撃に魔族は関与していないことを意味する。

 ということは……。


 だが、ふたりにはそれ以上の思考の時間は与えられなかった。

 直後、咆哮、または怒号と呼べる声がふたりのもとにやってきたのだ。


「何しに来たのかわからないが、ここは私の戦場だ。口出し無用。消えろ」


 言うまでもない。

 その声の主は最前線の指揮官アンジュレス。

 

「アンジュレス。話が……」

「私はおまえたちとする話などない。助けが必要なら呼びに行く。それまでは下がっていろ」

「そうなってからでは遅いだろうが」

「うるさい。目障りだ。消えろ。それとも斬り倒してやろうか」


 その勢いに押され、ふたりはその場を離れる。


「奴だって配下の魔術師がやられたのは知っているだろうに。いったい何を考えているのだ?」

「知るか。だが、奴の蛮勇が通じるのも魔族どもに魔法防御ないことが発覚するまでだ。本来であればその言葉に従いぶざまな姿になった奴を笑い倒したいところなのだが、残念ながらそうはいかない」

「ああ。戦線が崩壊してはこちらにも被害が及ぶ」


「そうならないよう、こちらはこちらで準備をするしかあるまい。とにかく、クペル城から魔術師の補充をしてもらわねばとても戦線は維持できない。まだ来ないのか。増援は」


 魔術師の補充ができ次第、防御魔法を張り直す。

 それがまずやるべきこととしたふたりだったのだが……。


 実は、そのクペル城は魔術師を狙った攻撃に続き、アリターナ側の渓谷から飛来した巨大火球によって更なる被害を受けて渓谷地帯以上の大混乱状態になっていた。


 転移魔法が使えずやむを得ず徒歩での移動したため驚くほどの時間を要し、ようやく辿り着いた伝令の言葉によって前線の状況を知ったロバウであったが、その直後申しわけなさそうに口を開き、伝令にその言葉を伝える。


「残念ながら、ポアティア将軍たちの希望には応えられない」


「……実はこの城にも魔術師がいないのだ」

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