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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第八章 マンジューク防衛戦 Ⅰ
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そして、それは動き出す

 言うまでもないことではあるのだが最前線では戦闘は続いている。

 というより、その激しさは最近ではないものだった。


 その理由。

 それはグワラニーはこの言葉とともに戦線維持を厳命していたことによる。


「諸将とその配下の兵士たちがどれくらいの力量なのかを見させてもらう」


「そして、私の前で後退を重ねるようであれば、それは戦線維持という命令違反として厳罰に処せねばならない」


「厳罰というからには、王都への強制送還は含まれない。いや、斬首された首は王都に送るので部分的には王都に帰還できるので、それを望む者は命令違反をおこなってくれたまえ」


「ついでにいっておけば、私は結果を重視する。その気があるかないかではなく、後退したかどうかだけが判断基準だ。そのことは忘れぬように」


 もちろんそのようなことをするつもりはないが、敵というか味方がサボタージュを図る可能性がある以上、これくらいのことは言わなければならない。

 それが結果的に末端の兵士たちに過度の負担をかけることになっても。


 それとともに、グワラニーは到着直後から頻繁に前線視察を始める。

 これはこれからおこなうことのための下見が主な目的なのだが、例の言葉を聞かされている前線の指揮官やその配下の部下たちの目にはそれが別の意味を持ったものに思えてくる。


 せっかく手に入れた懲罰権の行使。

 その「試し斬り」の対象を探している。


 その恐怖から剣を握る手にも力が入る。


 だが、彼らの相手であるアリターナ、フランベーニュ両軍は魔族の内情など知らない。

 押されれば、押し返すだけである。

 結果として激しい戦闘がおこなわれることになったのだ。


「……力が入っていますね」

「ああ」

「無駄だと考えていますか?」

「あれを無駄と考えては死んでいった者に申しわけがない。だが……」


「もう少しでこの地であのような死に方をする同胞がいなくなるようにはできる」


 他の者が誰もいないことを確認したあと、グワラニーとバイアは激しい戦いの様子を眺めながらそのような会話をおこなっていた。


 そして、その翌日にもグワラニーは前線に姿を現す。


「始まってしまえば、一日でケリがつく。だが、そのために準備はこちらに来てからでもすでに十日以上、クアムートでのものを加えればその数倍でも足りない。完璧なものを得るためにはこれくらいの準備が必要なのは当然なのだ」


「冒険譚のように地味で面倒な作業をまったくおこなわなくても、正義という金看板を掲げてことを起こせば、劣勢になると常に奇跡が起きて勢いだけですべてがうまくいくなどということであればこんな苦労はしない」


「だが、成功の確率は下がるが楽をするか、大変な苦労はするが確実に成功するか。そのような二択であれば、当然苦労してでも成功を手にする後者を選ぶ私にとってこれはやるべきものなのだ」


 傍らのバイアに対してそう言ったグワラニーだったが、実はその言葉には続きがあった。


 ……まあ、こんな愚痴を昔は散々口にしていたな。


 ……上司に目につくところだけを着飾って、裏側は埃だらけで済ます者が効率的と評価され出世する一方で、すべてを丁寧におこなう者はコスパが悪いと斬り捨てられる「手抜き=コスパが高い」というすばらしい世界。

 ……どんなことにも手抜きができない貧乏性は異世界に来ても変わらないようだが、どうやらこちらはそのような者のほうが成功に近い。


 ……ということは、こちらの世界のほうが私にはあっているのかもしれない。


 口には出せない言葉で、感傷的なものが混ざった自問自答といえるものを呟いたグワラニーの視線先にいるのは、前に立つ老魔術師とその孫娘。


 そこまで心の中で呟いたグワラニーは思わず苦笑いを浮かべる。

 その関係を知らなければ少々奇妙な組み合わせに見えるそのふたりの魔術師は何やら話をしている。

 小さく指を動かしながら。


 ……こういう時は杖なしで魔法を展開できるのは便利だな。

 ……もちろん詠唱や行使する魔法を声に出して呼び出す必要もないことも。


 そう。

 年寄りと少女が楽しそうに雑談しているように見えるそうは、その裏で魔法を展開していたのだ。

 グワラニーの前での予想外に長い時間をかけた話し合いに見せかけた実験はさらに続く。


 だが、成功しているのか、失敗しているのかは、魔術師ではないグワラニーにはまったくわからない。

 少々の、いや、かなりの不安な気持ちの抱えながら待ち続けるグワラニーだったが、振り返った少女の顔を見た時すべての不安が消え去る。


 ……成功したようだな。


 安堵、喜びに顔を綻ばせて少女の笑みに応える。

 そして、ふたりの魔術師が持ち返ってきたもの。

 それは、ただの成功ではなかった。


「それで、結果は?」

「問題なし。すべて予定通りできる」

「……実験につき合わせた方々には申しわけないことをしましたが……」

「気にすることではない。たとえば、どちらか一方だけに利を与えたということであれば、多少なりとも申しわけないとも思うが、お互い傷つくことがなかったのだから問題ないだろう」

「……おかしいことはわかっても、その理由がわからないという表情でしたが……」

「そうだったな。だが、たまには考えることも必要なのだ。奴らは」


 老人の言葉にとりあえず相槌を打ったところでグワラニーは別の話題を持ち出す。

 もちろんそちらもこれからおこなうことに関して非常に重要なことである。


「……ところで……」


「ここから、もうひとつの現場に行くのですか?魔術師長」

「いや」


 グワラニーの問いにあっさりと否と返した魔術師長アンガス・コルペリーアはニヤリと笑う。


「さすがに徒歩での山登りは年寄りには厳しいだろう。そちらは、ベメンテウとノウトに任せてある」


 代理の名を挙げ、自らはおこなわないことを高らかに宣言する

 

 ……まあ、年齢を持ちだされてはどうしようもない。

 ……それに、あのふたりなら問題ないのだろうが……。


「嫌な役を押しつけられたおふたりのぼやきが聞こえてきそうです」

「いやいや。眺めの良い場所に一番に行かれるのだ。ふたりの口から出てくるのはすべて私への感謝の言葉だ」


 愛想笑いとも苦笑いとも取れそうな微妙な笑みを浮かべたグワラニーは、老人が名を出したふたりの弟子アウグスト・ベメンテウとアパリシード・ノウトが上級魔術師にはまったく似合わぬ大汗を掻きながらの山登りをする様子を思い浮かべる。


 ……だが、感謝の言葉はないな。やはり。


 何か言いたそうなグワラニーを楽しそうに眺める老魔術師が言葉を加える。


「ふたりが山頂に上がれば、転移魔法も使える。そうなればもちろん確認には行くから心配はしなくてもよい」

「わかりました」

「ところで……」


 老人はもう一度ニヤリと笑う。


「ふたりが目指すのはこの辺りで一番高い場所。さぞ眺めはいいことだろうな」

「そうですね。渓谷内全域どころか、山岳地帯の南に広がる草原も見えると思います」

「ということは、フランベーニュが大金をかけてつくり直したというクペル城とやらもよく見えることだろう」


「かもしれません。ですが、たとえ今は見えなくても、まもなく我々はどんなときでも城が見える場所に行けますよ」

「……それは少々違うな。グワラニー殿」


「我々はあと十日を待つことなくクペル城からの眺めを楽しむことができるようになる」

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