勇者と救世主の邂逅 Ⅳ
「どういうことだ?」
それは勇者と呼ばれる男の言葉だった。
「これは間違いなく転移魔法……」
斬りかかってきたはずの魔族の戦士たちが突然目の前から姿を消したことへの驚きから出たその言葉に応じたのは最後のひとりを討ち漏らした兄剣士だった。
「だが、魔術師はすべてアリストが倒したのではなかったのか?」
「倒しただろう。あそこに丸焼けになった魔術師御一行様がいるのだから」
すぐさま返ってきた勇者の言葉に兄剣士が戦斧で示したのはその場からかなり離れた場所だった。
「いや。そうであれば説明がつかない。やはり、生き残った者がいたということではないのか?」
「それこそありえん話だろう」
ゴールが見えないふたりの会話に加わってきたのは唯一受け持ちをすべてクリアした弟剣士だった。
その弟剣士は言葉を続ける。
「アリストの攻撃魔法を受けて生きている者などいるはずがない。そうなれば別の場所にも魔術師がいたと考えるべきだろう」
「そのとおり」
そして、四人目。
遠くから最年少者の言葉を肯定したのは弟剣士よりの十歳ほど年長の男だった。
町の入り口から現れたその男は言葉を続ける。
「しかも、その魔術師はなかなか優秀です。乱戦のなか、遠距離から寸分の狂いもなく味方のもとに転移し、一瞬で再び転移したのですから。できれば、その魔術師も丸焼けになってもらいたかったのですが、逃げたものは仕方がありません。それに連れ帰ったのは六人。よしとしましょう」
「なぜ別の場所に魔術師がいたことに気づかなかったのだ?アリスト」
「遠く離れた場所にいて、最後の瞬間まで魔法を使用していなかったのでしょう。私が感じたのは転移魔法が発動される一瞬だけでしたから。なかなか気配りのできた魔術師のようですね。しかも、あの状況で防御魔法を使わないとはなかなか豪胆でもあります」
「そうなるとまだ仲間が残っているかもしれない」
「その点はご心配なく。皆さんには現在も防御魔法はしっかり施されていますから」
「さて、安全が確保されたところでそろそろ恒例のポンコツ剣士の反省の時間にしましょうか」
割り込むように四人の会話に差し込まれた白いナイトドレスという戦いの場にはまったくふさわしくないいでたちのその女性が口にした言葉が何を意味しているかは、過去におこなわれた数多くの苦い経験によりよく知っている三人の男たちは顔を見合わせ、そして慌てる。
「チョット待て、フィーネ。今日は敵魔術師を討ち漏らしたアリストの失態なのだからお仕置きが必要なのは俺たちではなく……」
「そうそう。俺なんか、あと一振りで終わりだった。あれさえなければ」
「そのとおり」
大急ぎで責任を別人に擦りつけるように言い訳を始める勇者とその仲間ふたりであるが、相手が悪かった。
笑顔のないその口から言葉が漏れ出す。
「あ、そう。もうひとりで終わりだったのですか。それは残念だったですね」
ほぼ事実であるそれをそのひとことで些細なことにしたその女性の言葉は続く。
「ですが、それはつまりその一振りをもったいぶらずもっと早くおこなえばケリがついたということでしょう。マロ」
「お、俺は全部倒した」
「そうですね。たしかにブランは義務を果たしました。ですが、こういうときは連帯責任です。では、始めてください。心を込めた土・下・座。体と剣の回復のための治癒魔法はそれが終わってからになります」
「納得いかん」
「まったくだ」
「それにしても、毎回思うのだが、このドゲザとやらに本当はどのような意味があるのだ?」
「それはいまだにわからないが、これが俺たちにとって名誉なことではないことだけはわかる」
「どこの誰かは知らんがまったく余計な作法をつくりやがって」
「まったくだ。魔族の王討伐が終わったら、この余計な儀式をつくった国を滅ぼしに行かねばならんな」
「勇者のセリフとは思えんが、断言しよう。そのときは一番に参加する」
「同じく。だが、そんな国はどこにあるのだ?」
「知らん。そんなことはフィーネに聞け」
「ごちゃごちゃ言わずに早くしなさい。まずはお座り。それから、地面に顔を擦りつけてこの私を崇め奉る精一杯の言葉と、その私を不快にさせたことへの謝罪の言葉を思いつくかぎり口にしなさい。始め」
勇者とその仲間の勇ましさの欠片も感じられない哀れな様子を眺めながら、一番の年長者は心の中で呟く。
……もう魔術師がいないと油断し転移避けを張らなかったことが最大の失敗ではありますが、それを差し引いても鮮やかな手際なのは確か。
……しかも、あれだけの決まった場所に転移してきたということは、おそらくあれは転移魔法の中でも最上級といえる「視界にある場所への移動」でしょう。使える者はほんの僅かと言われるあの術を使いこなす集団を別動隊として用意しているとは指揮官は随分用意周到な人物のようですね。
……いや。状況やそのうろたえぶりから考えてファーブたちに対していた者たちは彼らの存在を知らなかった。
……つまり、襲撃グループとは別集団がこっそりとここにやってきていた。
……なんのために?
……そんなことはいうまでもないことです。
……どうやら、私の待ち人は考えていた以上にやっかいな相手のようですね。