勇者と救世主の邂逅 Ⅱ
「グワラニー殿。ひとつお尋ねしてもよろしいか?」
到着早々、絶対服従を旨とするグワラニーの配下の者とは少々違う香りが漂う言葉を投げかけたのは、その場で特別年齢の高い魔術師だった。
アンガス・コルペリーア。
それがこの地に転移できる魔術師が配下にいなかったグワラニーの願いを聞き入れ、彼らをここまで連れてきた老魔術師の名前である。
声のする方向に視線を向けたグワラニーの口が開く。
「もちろんですとも。コルペリーア師。私たちがここに来られたのは師のおかげなのですから、私に答えられるものならば喜んでなんでもお答えしましょう」
慇懃に答えるグワラニーの言葉に魔族の国最高の魔術師とも評されるそのコルペリーアは無表情のまま頷くと、このような言葉を口にする。
「まあ、尋ねると言っても、それほど難しいことではない。ここに来る前に聞いたグワラニー殿の説明では、今日はここ以外に三か所の襲撃が予定されているそうだが、見物場所としてここを選んだのはなぜかということだ」
相槌を打ちながら素早く思考を始め、頭の中で様々なことを思い浮かべたグワラニーだったが、結局老魔術師の言葉に他意はないと判断する。
「我々の目的である勇者一行が現れる可能性が一番高い場所がここだからです」
「勇者?勇者候補ではなく?」
「はい」
……まあ、両者は同一人物なのですが。
心の中でそう呟きながら、老魔術師の様子を注意深く眺めていたグワラニーは自らの言葉を聞いた瞬間、その表情が急激に変わっていくことに気づく。
……国家の存亡にすら興味を持たないという魔術師でもさすがに勇者には反応するのか。
少しだけ興味をそそられたグワラニーは薄い笑みを浮かべた。
だが、このとき目の前の老魔術師が考えていたことはグワラニーの思考とは近くて遠いものだった。
その答え合わせをするかのように、ひと呼吸分の時間をあけた老魔術師が再び口を開く。
「勇者一行ということは五人全員来ているのだろうか?」
「当然そうなるでしょうね」
「……なるほど。それは上々」
老魔術師の満足そうな笑みとともにやってきたその言葉は奇妙な違和感を覚えるものだった。
「勇者一行に興味があるのですか?」
「ああ」
グワラニーの問いは流れ的にはごく平凡なものであり、返ってきたものもそれに見合うものだった。
だが……。
「……勇者と行動を共にしている魔術師。そやつは私の見立てが間違っていなければ歴史上最高の術者だ。その実力をこの目で見たい。じっくりとな」
敵の魔術師を見たい。
いかにも学究の徒とも評される魔術師らしい言葉だとグワラニーは思った。
そして、先ほど感じた違和感のようなものの正体もこれだったということにも気づく。
グワラニーはため息をつく。
魔族最高の魔術師であるその男がそこまでして見たいという人間の魔術師。
銀色の髪の魔女。
そのふたつ名は伊達ではない。
なぜなら、その魔術師によって倒された魔族の戦士は勇者のそれよりも圧倒的に多かったのだから。
苦みを帯びたグワラニーの口が開く。
「……あの女魔術師の力はそれほどのものなのですか?」
「女魔術師?」
忌々しさを込めてグワラニーが口にしたその言葉に老魔術師は少々戸惑い、少しだけ時間をおいてグワラニーが大いなる勘違いをしていることに気づく。
そして、聞き返す。
「グワラニー殿のいう最高の魔術師は女だったか?」
「はい」
確認するようにした問うた自らの言葉に対するグワラニーの答えを吟味するように頷いてから、老魔術師は解となる言葉を口にする。
皮肉を込めた笑みとともに。
「たしかに銀髪の小娘も驚くほどの力の持ち主だ。逃げかえった魔術師たちの話を聞くかぎり今の我が軍には小娘より格上の魔術師がいないだろう。だが、私が最高の魔術師と言っているのはその小娘ではなく、勇者に同行しているもうひとりの魔術師のほうだ」
「えっ?」
グワラニーが老魔術師の言葉に驚く。
なにしろ、女魔術師に関しては魔法一撃で大損害を被っている報告が度々上がっているのに対し、その魔術師に関する報告は殆どなく、どうやら防御魔法を担当しているようだという程度しかグワラニーはその能力を把握していなかったのだから。
その心情を表すようにグワラニーの表情は過剰なまでの不安と疑念に彩られている。
少しだけの間だけそのグワラニーを眺めてから老魔術師はさらに言葉をつけ加える。
「王や将軍たちは勇者と呼ばれる剣士ばかりに注目しているが、私に言わせれば、その魔術師こそ我が国にとっての本当の脅威である。もっとも、その実力から考えればいくら備えても無駄。その魔術師がその気になれば我々は一瞬で滅ぶ。まあ、すでに十分に長く生きた私はそれでも構わないし、この国がどうなるかなどそれほど興味はないが、同じ魔術師としてその驚くべきその能力をこの目で確かめるまでは死ぬわけにはいかないとは思っていた」
……冗談ではない。
述懐する老魔術師に気づかれないように心の中でグワラニーは舌打ちした。
……あなたが達観するかしないかなどどうでもいいことだが、生きて元の世界に戻るために軍に身を投じた私はそれでは困るのだ。
……まして、そんな小細工も通じない相手に出会い、あっという間に塵になるなど御免被る。
口には出さなかったものの、グワラニーは心の中でそう叫び、渋い顔をしながら振り返りバイアの顔を眺める。
むろんグワラニーの視線は同意を求めていたのだが、グワラニーの心情を察し、音もなく近づいたバイアが耳元で囁くように口にした言葉はそれとは違うものだった。
「……よかったではありませんか。グワラニー様」
グワラニーはさらに不機嫌になり、思わず心の声をそのまま口に出してしまう。
「どこがよかったのだ。私には師の言葉の中によいことなどちっともなかったように思えたのだが」
グワラニーの八つ当たり気味に尋ねた問いに、バイアはすました表情で答える。
「そのようなことはありません。では、お伺いします。魔術師の力がどれほどのものかを我々のような魔術に無縁な者が知ることができるのはいつになりますか?」
「実際に戦い、その力を目の当たりにしたときに……」
グワラニーは裏の裏は表のようなその表現をようやく理解した。
「……我々はその脅威に気づかず、無知なままでとんでもない敵と準備なしに戦闘に入るところだった」
「そういうことです。勇者の剣や『銀色の髪の魔女』よりも強大な力を持つというその魔術師がこれまで攻撃に参加していない以上、彼らはまだ半分も力を出していないと考えるべきでしょう。ですが、我々はその本来の力も半分も出していない相手の力を最大なものと想定してすべての計画を練っていたわけです。そして……」
「偶然とまでは言いませんが、これまで勇者たちとの戦いを避けていたことは本当に幸運であったともいえます。そういうことで、今日は用心しながら見学させてもらいましょう。その最強の魔術師殿を含めた勇者たちの戦いぶりを」
「……わかった」




