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目が覚めてからのフェリックスの回復は早かった。暇だからと風魔法と水魔法を無駄に使って、部屋の掃除を始めた時には呆れて仕事に出かけたものだ。
いつものように疲れ果てて帰ったら、やけに美味そうな匂いが家の中に漂っていて、フェリックスがいることを忙しさに追われて忘れかけていた私は、間違えて別の部屋に入ってしまったかと部屋番号を確認しに戻った記憶がある。
「お帰りなさい、サミュエル」
痛みと懐かしさと愛しさを呼び起こす、彼女に生き写しの顔で笑って。フェリックスがディアナに似ていれば似ているだけ、もう二度と戻らない時間を自覚させられる。過去に引きずり込まれそうになる己から目を逸らして、卓上に並べられた料理に視線を落とせば、湯気の立ち上るシチューと焼き立てで黄金色のパンがあった。
温かい食事など、誰かと共に食卓を囲む食事など、本当に久し振りの事だった。実の所、フェリックスは料理の腕前がさほど良くはなかった。悪くも、なかったが。それでも、素朴だが臓腑を温めてくれる飯があること。ただ眠りに帰る場所でなく、誰かが私の帰りを待っている場所があることは、存外と悪くないことだと知った。
絵の才能に関しては、弱冠八歳にして既に花開いていた。常人を遥かに上回る速度で腕の筋力が復活すると、まず真っ先に鉛筆を握ってデッサンを始めた。明らかに子供の落書きとはレベルの違うそれに、気紛れで絵の具を買い与え、初めて彼が全色盲であることを知った。
感情を伸びやかに表現する彼は、もっと喜ぶかと勝手に想像していた反応とは異なり、私から贈られた絵の具を見て、寂しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとう、サミュエル。でも俺、色が見えないんだ」
私は言葉を失った。そんな可能性、考えたこともなかった。それもそのはずだ。この部屋には『色彩』が存在しない。黒一色で統一され、光も最低限しか取り入れない、暗い雰囲気の部屋。子供の精神衛生上、確実に悪影響を及ぼしそうなこの部屋を、彼は本気で気に入っていたのを思い出す。
『良い部屋だね』
起き上がれるようになった第一声で、何の含みもなく落とされた言葉に、素直に反応できるはずもなかった。
『陰気臭いとは良く言われるがな』
皮肉交じりに告げれば、あの混じり気のない視線が真っ直ぐに私を貫く。
『とても過ごしやすいよ。俺にとってはね』
最後まで楽しんでお付き合い頂ければ幸いです。
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