11
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「大丈夫。俺は、ここにいるよ。ちゃんと、生きてる」
本当は、俺よりも母に生きていて欲しかったのだと、知っていた。それでも、俺が彼にとっての唯一でなくても、俺にとっては彼が唯一無二であることは変わらなかった。
「もう、独りにしないから。俺が、貴方の隣で、母さんの分まで生きるよ」
何度も頷いて、孤独で冷たい涙をこぼし続ける背中が、ただ悲しかった。その日以来、彼が弱音を吐く姿すら見たことはないけれど、あの涙を忘れる事はないだろう。
その日から俺は、ただのフェリックスになった。色の見えない俺には、人が綺麗だと褒めそやすこの髪と瞳の色が、どれだけの価値を持つのかその時まで知らなかった。それでも、母譲りの銀色の髪とアメジストの瞳を捨てることは抵抗感があったけれど、サミュエルだけが本当の俺を知っていてくれれば、それで良かった。
母が『あの襲撃』から逃げ延びた時、俺はまだ母のお腹の中にいた。隠れ家を転々として衰弱しきっていた母は、最後に孤児院で俺を産み落として、引き換えに命を落とした。母と言葉を介して会話したことは一度もないけれど、いつも俺たちは感情を伝え合っていた。母が俺に語りかけた言葉は、全部俺の中に『記憶』として残っている。
母の事を思い出す時、最初に浮かぶのは一つの告白と約束だった。記憶の中の母はいつだって優しかったけれど、一番印象に残っているのは何故か笑顔ではなく涙だった。彼女は時折、綺麗な指で大切そうに一枚の写真をなぞりながら、静かに静かに涙を流した。
「サミュエル……」
ある日、掠れた声で呟かれた音に、身体がビクリと反応した。
「っ……フェリックス、聞こえているのかしら。そうね、いつかは貴方も、この記憶を見るのね」
母が視線を落とした写真には、褪せたその風景の中で無邪気に笑う銀髪の可愛らしい少女と、柔らかく微笑む少し神経質そうな黒髪の少年が写っていた。幸福そのものを体現するかのように、二人の間には信頼が満ちていて、ただ穏やかな時がそこに留まっていた。
「彼はね、私の大事な幼馴染なの。いえ……そうだった、と言うべきかもしれない。私は彼を信じ切れなかった。誰より大切で、彼を信じられないなら、この世の誰一人信じられないはずなのに。最後の最後で、疑ってしまったの……一族が滅んだのは、私のせいよ」
その時の俺には、母が何を言いたいのか良く分からなかった。それでもきっと、とても哀しい事があったのだと、それくらいは察していたように思う。
「彼はね、誤解されやすいけど、本当はとても優しくて傷付きやすい人なの。いつも自信満々に見えて、本当はとても臆病で、それでも私のためなら命だって賭けてくれる。私もそうだもの。それは私が一番よく知っているはずだったのに」
ねえ、フェリックス
「お母さんは間違えちゃったけど、貴方はきっと間違えないでね。大切な人を、見失わないでね。それで、もしも私が彼に『ごめんなさい』って言えないままいなくなっちゃったら、代わりに伝えて欲しいの『大好きよ、サミュエル』って」
ひとりぼっちの彼を、貴方だけは信じてあげて?
震える声で、俺の眠る大きいお腹を撫でて。
それは確かに母の懺悔であり、慟哭だった。
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