第1話 ALL 5の烙印と婚約破棄
「――九十八番、剣持! スキル『豪腕』、Bランク!」
壇上から声が響くと、大講堂は拍手と歓声に包まれた。
Bランク。
十六歳で授かるスキルとしては十分な当たりだ。
今日行われているのは、国立能力者養成校の「ステータス刻印式」。
生徒全員の才能が、この場で白日の下にさらされる、一年に一度の公開審査だった。
ここで高ランクを引ければ将来のエリート街道は約束されたも同然。逆に低ければ笑い者の烙印を押されて終わる。残酷な才能の品評会だ。
俺は列の後ろから、その様子をぼんやり眺めていた。
天宮湊。
名門でもなければ没落貴族でもない。どこにでもいる普通の家に生まれた、ごく普通の男だ。
……いや、一つだけ普通じゃないことがある。
「ねえ、あれ天宮でしょ? なんでこんなとこにいるわけ?」
「白金家の"許嫁"だからじゃない? 家が決めた婚約ってやつ。実力じゃ絶対に無理でしょ」
ひそひそと刺さる声を聞こえないふりで、俺はこみ上げる欠伸を噛み殺した。
白金麗奈。この学校が誇る生ける伝説。そして俺の――婚約者だ。とはいえ俺が望んだわけじゃない。家同士が勝手に取り決めた体裁だけの縁談で、俺にとっては正直、面倒事以外の何物でもなかった。
「二十七番、白金麗奈!」
名前が呼ばれた途端に会場の空気が張り詰めた。銀髪の美少女が優雅な足取りで壇上へ進み出る。誰もが息を呑んでその白い手が水晶に触れる瞬間を待った。
『白金 麗奈 スキル:聖女の祈り――Aランク!』
光の文字が宙に躍った途端、講堂が割れんばかりの歓声に沸いた。
「出た、Aランクヒーラー!」
「さすがレイナ様……!」
「安泰どころの話じゃないぞ」
麗奈は満足げに微笑むと、ちらりと俺のほうへ視線を投げた。俺は軽く手を上げて応える。まあ形の上では俺もその隣に立つ予定の男だからな。
――だったというべきか。
「次! 五十一番、天宮湊!」
含み笑いが漏れる中で俺は壇上へ上がった。ひやりと冷たい水晶に手をかざす。指先から体の奥の何かがすうっと吸い出されていく感覚。そして宙に俺の"才能"が刻まれた。
『天宮 湊 Lv.1』
『STR:5』
「……低っ」
『VIT:5』
「また5だ」
『AGI:5』
「嘘だろ……」
『INT:5』
『DEX:5』
「オール5だ……!」
……ん?
数瞬、講堂が水を打ったように静まり返り――そして。
「……ぷっ。あはははははっ!」
最初に噴き出したのは麗奈の取り巻きの筆頭、金子拓海だった。
「おい見ろよ、オール5だぜ!? しかも全部おんなじ数字! 才能ゼロにも程があるだろ! こんなの生まれて初めて見たわ!」
どっと笑いが弾ける。まあそうだろうな。普通、才能ってやつは項目ごとにバラつくものだ。全部がきっちり最低値の5で綺麗に揃うなんてむしろ珍しいくらいで。
「スキルまで『エラー』ってなんだよ! 頭の中までバグってんじゃねえの!?」
鑑定を担当する教師――蛇喰宗介が鼻を鳴らしながら俺のステータスを覗き込んだ。ただでさえ細い目が糸のように歪む。
「ふん……解析不能。判定すら不能の欠陥品か。……いや」
蛇喰はわざとらしく顎に手を当て、いかにも"見抜いてやった"という得意満面の顔をした。
「これは『均等固定』だ」
蛇喰は鼻で笑った。
「全能力が一生同じ値に固定される欠陥スキル」
「鍛えようがレベルを上げようが特化はできん」
「史上最弱と言っていい」
史上最弱ときたか。ずいぶんと大きく出たもんだ。
「ゴミ虫が。よくもまあこの俺の教室に平然と紛れ込んでいられたものだ。貴様は今この瞬間をもって能力者コ-スから除籍。二度とその面をここで見せるな」
除籍――要するに退学だ。会場のざわめきが一段と大きくなる。
そこへ追い打ちをかけるように、涼やかで氷のように冷たい声が降ってきた。
「はぁ……。本当に信じられない」
麗奈だった。さっきまでの聖女然とした上品な微笑みは跡形もなく消え去っている。あるのは道端のゴミでも見るような純然たる侮蔑の色だけだ。
「私はAランク能力者。オール5のあなたとは、もう住む世界が違う。この婚約は破棄させてもらうわ。……これでようやく整理がついた」
周囲から忍び笑いが漏れ聞こえる。この場に俺を庇う者は誰一人としていなかった。
「ドンマイ、天宮。まあお前でも荷物持ちくらいなら務まんだろ?」
拓海が心底愉快そうに肩をすくめてみせる。
――なるほど。ずいぶんとよくできた台本だ。仕込みも配役も完璧ときてる。
俺が一言も言い返さずに突っ立っていると、人垣を掻き分けてたった一人だけこっちへ駆け寄ってくる奴がいた。
「待てよ! 湊は……湊はそんなやつじゃない!」
橘慎司。ガキの頃からの腐れ縁の親友だ。
「黙れ、橘! Fランク未満のゴミを庇い立てする気か!? 貴様も道連れに除籍されたいのか!」
蛇喰の一喝に慎司がぐっと言葉を詰まらせる。それでも悔しさに拳を震わせながら、なおも俺のために食い下がろうとしていた。
俺はその肩をぽんと軽く叩いてやった。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
……まあ、こうなることは薄々分かっていた。
「いいって、慎司。気にすんな」
苦笑して肩を叩く。
「……サンキューな」
「湊……っ」
それだけ言い残すと俺は壇上に背を向け、大講堂の出口へまっすぐ歩き出した。
数百人分の嘲笑を背中いっぱいに浴びながら、それでも俺の足取りは我ながら不思議なくらい軽かった。
「あっそ。じゃあな」
最弱。欠陥品。落ちこぼれ。――上等だ。
どうせ最初からこんな窮屈で息の詰まる場所に未練なんて欠片もなかった。エリートだの政略婚約だの、他人の敷いたレ-ルを言われるがまま歩かされるなんて面倒なだけだったんだ。
これでその全部から綺麗さっぱり解放される。せいせいした――と心の底からそう思った、まさにその時だった。
ふと、まだ宙に浮かんだままの俺のステータス画面が視界の端をよぎった。
『STR:5 〔+〕〔-〕』
……なんだこれ。
各項目の数字のすぐ隣で、小さな「+」と「-」のマ-クがとんとんと静かに点滅している。
思わず周りを見回すが、誰も気づいていない。というより俺以外の誰の目にもそれは映っていないらしい。
なんとなく指先で、その「+」にそっと触れてみた。
――だが、STRの数字は5のまま、ぴくりとも動かない。何度押しても同じだ。代わりに、画面の隅に素っ気ない一文が浮かんだ。
『配分可能ポイント:0』
「……ゼロ、ねえ」
どうやら今の俺には、動かせるポイントが一つもないらしい。だが裏を返せば――それさえ増えれば、この数字を好きにいじれる、ということじゃないのか。
ポイントを増やす方法なら、一つだけ心当たりがある。
レベルアップ。
もし俺の予想どおりなら――。
この『オール5』は欠陥なんかじゃない。
最弱と笑われた、その日。
誰も知らなかった。
俺のスキルが、この世界の常識をひっくり返すことになるなんて。
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