神と狐音
——私はこの地の山と鳥を司る神でした。
女は微笑みながら答え、息を吐いた。
「過去の事になりましたけどね」
その顔は晴れやかにも寂しげにも見える。
「儂と違いこの者は、居た場所から追い出されたのじゃよ」
狐音が説明をしてくれる。
「お主ら人が呼ぶ神にも色々おる、その中で一番人の解釈に近い自然の中に宿っとる神じゃ」
タカは目を見開いた、今とんでもない存在と相対しているのではないか?
「儂で千年以上じゃが、比較にならん程の時間存在してきとるはずじゃ、山々なんぞ人間が生まれる前からあるしの」
「うふふ、その分密度等無いに等しいものですよ。価値はありません」
「いやいやいやそんな、私の頭じゃ理解出来ない世界で……」
タカはもうパンクしそうだった。
妖狐の狐音で免疫はあったが、遥かに格が違う話になっている。
「しかし、そんなお主は人の形に凝縮せざるを得なかった……つまり身を削られたのじゃろう」
「おっしゃる通り、近年のひと時に起きた人間の爆発的な進化、そして先日の争いから立て直す為に必要以上に必要とした乱獲や伐採。人の力は侮れない所まで来ています。」
以前に話、危惧された事。
人が人の為に何から何まで奪う行動とそれに伴う化学の進化。
人力を使って採掘や伐採していた時とは明らかに違う速度と力なのだ。
タカは唇を噛んだ、愚かとしか思えなかったのは仕方ない事かもしれない。
「儂は最近になって人の凄さを見てきておる、だが方向が破壊と再生どちらかなだけじゃ」
タカは顔を上げた。
「お主らは人生の密度があまりにも濃い、儂らからすれば一瞬じゃがの。だから世代を繋ぐ事を大事にする」
「そうです、人間は幾度も繰り返しているので私達の存在からすればそういうものだとしか思いません」
人と神の差にタカは自分の小ささを知った。
自分は幼き日に追われて幽荘に辿り着けたが、人への不信感は消えていない。
しかし、この存在が違う二人は脅威とは思っていないのだろう。
「あの、二人は力で解決しないんですか……?」
「せんな」
「しませんね」
即答だった、それについて狐音が説明をした。
「儂ならこの幽導村くらい、この方ならこの地方を瞬間的に滅ぼせるからの。だが意味が無いんじゃよ、お主ら人間からすれば蚊と同じく叩いても叩いても消える事はないじゃろ?」
スケールの違いがありすぎるが、言いたい事は分かる。それだけ人への認識が小さいのだろう。
「でも、今回……」
タカはそう言い女を見る。
「確かに、私は追われて形を変えました。決定打は近年の開発力が上がった事ですが何千年と人が侵食してきていたので、来るべき時が来た。それだけですよ」
気にしないで良いよと言われた気がした。
タカはそれでも人間のせいでと人を恨んだ。
「さて、お主よ」
「はい?」
「お主が良ければウチに来るか?」
「狐音さん!?」
狐音はあまりにも軽く突然に切り出す、タカは何を言い出すのかと動揺している。
「良いでは無いか、元々孤児院みたいな幽荘じゃが行き場無い迷い神が来ても。共に人の目線で人の行く末を見るのもな」
「それはありがたい事ですね〜これから元に戻るよりは面白い時を過ごせそうです」
「決まりじゃな……名が無いの、タカよ名付けておくれ」
「わ、私が……?」
形を変えたとて神様である、名前を犬や猫に付けるのとは訳が違う。タカはそう思った。
しかし、女にとっては違うようで……
「わぁ〜嬉しいものですね、名前など私達には有って無いような物。人として生きるには必要なんですね」
どうにも感覚が違っている、タカは受け入れるしかなかった。
「——スズメ」
たっぷり時間をかけて神の存在である二人に見られながら、タカは絞り出した。
「ほう、可愛らしいのがきたの!何でじゃ?」
何でと言われても困ったタカだがポツポツ決めた経緯を話す。
「その、可愛らしさと……鳥も司るって言ってましたので……折角ならば身近な鳥からと……」
「スズメ……良い響きですわ〜ありがとうございますタカさん」
スズメと名付けられた女は嬉しそうに笑う。
「ふふ、ではこれよりお主は幽荘の新たな住人のスズメじゃ」
「スズメです、よろしくお願いしますね。狐音さん、タカさん」
こうして新しい住人、神の存在であるスズメが幽荘に来た。
狐音は想定外だったが、自分らしく幽荘らしくなって良いと笑い飛ばしていた。
スズメを迎えて数週間経った。
世の中は後に高度成長期と呼ばれる時代に入り、世界は更に加速した。
それまでにはあり得ない速度で成長している、文化的な成長も著しい。
化学と人力が噛み合い全ての分野が急成長をしだす。
「狐子もユウメも戸惑っておるか……」
狐音は分身の二人が気になっていた、世の中の流れが早すぎて定期的な連絡が途絶え気味であったのだ。
身体の心配は要らないのだが頭の容量は人と変わらない、パンクして力を制御出来ないなんて事になれば事件になる。
「スズメも来たし、儂も動く時かのう……」
たまに山を越えた街には行くがそれ以上に遠くは、明治時代の横浜に行ったきりだ。あの時からすれば全てが違うだろう。
一度幽荘自体も時代に合わせて改築が必要だと考えていた、大正時代になった頃からのままだ。
住人が神であれ妖狐であれ、建物はままならない。
狐子とユウメのやり取りも、もう伝書鳩では無理だろう。
狐音はタカとユウメを集めた。
「——と言う訳で改築を考えておる」
スズメはのんびりとしているので「わかりました〜」と二つ返事、想定内だ。
タカはもちろん狐音の考えに賛同するが、人の感性から鋭い質問もある。
「改築中はどこに住むんですか?」
狐音はそこまで考えていなかった、確かに自分とスズメはなんとでもなるが人間のタカには死活問題だ。
「うむ……」
「狐音さん……考えてないですね?」
「あら〜たいへん」
「ええい、狐子を頼るぞ!」
狐音は狐子を呼び寄せた。
一ヶ月程で狐子は幽荘に帰ってきて一番に言った。
「もう歴史的建築物だよ、ここ」
世の中では、幽荘のような明治から大正に掛けて戦争を抜けた建築物は保護される風潮になっていたらしい。
「そんなに古くなるのか?」
「各地を見てるアタシからすると、幽荘はかなり時間が止まっている」
狐音は衝撃だった、これでも人に寄り添い歴史を見てきたつもりであったが……
「あら?狐音さんが二人居ますね〜」
「お?新入りさんのスズメさんだね?アタシは狐子だよ」
狐音がショックを受ける横で狐子とスズメの挨拶が始まる、確かにのんびりした空気だ。
遅れてタカも来て……狐子がショックを受けた。
「え?タカちゃん……?」
「はい?お久しぶりです狐子さん?」
狐子は何やら考え込み、そっと狐音に耳打ちをする。
「ちょっと……後で話を」
狐音は何だと首を傾げたが、狐子はもう普段通りだった。
その夜、狐子が帰ってきた宴を催し皆寝静まった頃。
狐音は狐子に外へ呼び出された。
「狐音……気付いてないだろう?」
「何の事じゃ?」
「タカだよ」
狐子はあまりにも真剣な顔で狐音を見る。
狐音はタカの事と言われてもピンと来ない。
「お主何を言っとるんじゃ?」
「狐音……タカ、時が止まっとるぞ」
狐音は目を見開いた。
そんなはずはない、出会った時少女だったタカは大人になっている。
「馬鹿な事を言うな、人間じゃぞ?そんな事があるか」
「……アタシが最後に会ったのは十年前ぐらいだ、人の十年ましてや成長期の人間。外界で見てきたから断言できる、タカはあれから二〜三年も進んどらん」
「そんな馬鹿な……」
信じられなかった、しかし外界の人を見ておらず自身が妖狐であるが故に狐音には人間の老いの速度が掴めない。ましてや常に一緒にいるようなもので変化がわからない。
「アタシが思うに妖狐と幽荘の力がこの辺りの時を落としている、外界の速度とあまりに違いすぎる。アタシらの一年と人間の一年は重みが違う。」
狐音は否定出来なかった、自身の妖狐としての力は常に尻尾を出して漂わせてるし、幽荘には強い結界を張っている。それが人間にはどんな影響があるのかは今まで知らなかったのだ。
「狐音……タカは……このままじゃ人じゃなくなる……」




