時間と狐音
タカが人でなくなる。
狐子から突き付けられた現実を受け止められず、朝を迎えた。
狐音は悔いた、自分はあんなにも人に興味無く意に介さなかったのに、今になって人に寄り添えた気になり理解した気になっていた事を。
神の存在が人の形取ったスズメとは違う、意図しないまま人から人では無い何か違うものになる。
狐子の見立てでは老いは少なからずあるみたいだが、それは真綿で首を絞められる時間が長くなる。
狐音達のように初めから老いも無く寿命も曖昧なら気にならないだろう。
しかし、タカは違う。
終わりがあるからそこに向かう人生をいきなり伸ばされる、神や妖狐、人に関わらず命を変える事は禁呪である。
側にいた自分が気付けなかった事に落胆しながらも、タカと話をしなければならない。
狐音はタカの部屋を訪ねた。
「あれ?狐音さんどうしましたか?」
「タカ……話がある」
狐音はタカの部屋へ上がり座りあった。
「タカよ、お主は人から儂らのような存在になりたいか?」
「え?……んー……」
いきなり言われたら答えも出ないだろう、タカは悩む。
「……良いなと憧れるけど時代に合わせて寿命まで走り抜けたいです、一度失っていた命を狐音さんユウメさんに助けて貰って命を持って恩返しとしたいですから」
はっきりとタカは言った、迷いは無い目だ。
「そうか……尚更お主に伝えねばなるまい……」
「何かありましたか?」
「実はの——」
狐音は説明した。
タカが幽荘に来てからタカの肉体の時が停滞気味だという事、このままでは人でなくなると言う事、妖狐と幽荘の力が関係している事。
タカは静かに聞いていた。
「——お主はどうしたい?」
狐音は最後に意思を確認した。
「……わかりました、それは少し考える時間を頂けますか?」
「ああ、いつまでも待つ、儂が最後まで見てやる」
「では安心です……」
一旦タカの預かりとなり狐音は部屋を出た。
「話したんだね」
狐子はそう語りかけた。
「答えは少し時間が掛かるがの」
「今はそれで良いと思う、でも決断する時は……」
「安心せい、儂が全てを見守る」
狐子は覚悟が決まっている狐音を見て微笑む。
「もう、昔の狐音じゃないさ」
狐子は狐音の分身、ある程度の記憶も共有している。
安心したように狐子は次の話をしてくる。
「それじゃあ、呼ばれていた本題だね。」
「うむ、皆と聞かせてくれ」
幽荘の住人は狐音の部屋に集う、狐子からは改築に向けての話が行われた。
「まず古すぎて、どのみち手を入れないと倒壊してもおかしく無い。と言うか結界のおかげで守られてるから建ってる」
「うむ、それはそうじゃが今の世の中の建築は何か違うのか?」
「うん、材質は鉄筋コンクリートと呼ばれる強度が高い壁になる。まあ既に戦時中からあった技法らしいけど、そこからもう幽荘は遅れてる。」
「ふーむ、だが外装だけなら補強じゃいかんのか?」
「生活インフラって言う、トイレ……厠ね、水道って言う水を建物に引いて使えるようにしたり。それに伴う綺麗な水と汚い水の区分けと流れを上下水道といった設備を組み込む」
「うーん……私の頭では難しくなってきましたわ〜」
スズメはダウンだ。
「要は幽荘を今の世の中の基準に持っていこうと?」
「そう、タカちゃん正解。やるなら向こう百年を見た方が良いと思うのよ」
「まあ確かに人の技術は侮れん、おそらく出来るだろうの」
「ここで問題なのが、誰がやるか」
「狐音さん、結界を一度解いてしまうのは?」
幽荘の結界を解けば、悪意ある者に晒す事となる。気は進まないが、こんな田舎のポツンとしたアパートだ。一時的になら問題は無いはず。
「よし、じゃあ人脈から職人に話を付けるよ」
「狐子よ頼むぞ」
「任せときな!」
改築については狐子主導で良さそうだ。
問題は改築中の住処だ、タカをどうするかだが……
「……私、街に出て良いですか!」
想定外のお願いだった。
タカは親族にたらい回しにされ捨てられた身、そこから人と関わるのは幽導村の数少ない子供や村人くらいしか交流は無い。
それをいきなり街で、いつまでかわからない改築中遠征するのは不安がある。
「私も今の人が、私と同じ時を生きる同世代がなにをするのか見たいのです!」
タカは考えていたのだろう、決意が固い。
「ふむ、スズメはどうする?」
「時間潰すだけなら山に篭ってても良いですが……折角タカさんから教わった狩りを活かして村へ貢献したいですね〜」
スズメも決めるべきは決めていた。
後は狐音だが……狐音は今しかないと考えを述べた。
「儂なんじゃが……改築中、アメリカに行こうと思っている」
全員が「え!?」と叫んだ。
「そんな驚かんでもええじゃろ」
「いやいや狐音さん!いきなりアメリカって……」
「タカよ、お主が人の集まる街に対して恐怖感はあるのがわかる、それでも挑戦しようとするお主がおって儂がダラダラも出来まい」
「でも狐音さんここはどうします?長がいないと工事の方困りますよ〜」
スズメが言う事ももっともだ、だがそのスズメが居るからこそでもある。
「お主が居るから出来る事じゃ、狐子をサポートし管理人のタカと連携を取り繋ぎ役になって欲しいのじゃ」
事実のんびりマイペースに見えるスズメだが、的確にポイントを押さえてくる。
職人とのやり取りで動き回る狐子、外に出て情報を更新するタカ、幽荘の側で全体進行を見ながら皆とやり取りできるスズメ。
これらの布陣がある今だからこそだ。
「しかし、狐音がアメリカになんて当てが……あ!もしかして?」
「ふっふっふ、あやつは今アメリカじゃ……しかも、人の世界では成功している側じゃ」
改築工事の計画はすぐに進んだ、業者を交えて見積もりを取っていく。
狐子が全国を周った十年余り、狐子の対話スキルは舌を巻く程レベルが上がっていた。
「おっちゃん、ここまでは出すからこんだけサービスしてくれへん?」
各地を旅して様々な方言を会得した狐子は大体の人とは話せるようになっていた。
「狐子さん……凄い!」
「次から次に言葉が凄いでてきますよね〜」
タカとスズメは身内ながら圧倒されっぱなしだった。
「タカさんは街決まったんでしょ?」
「はい、温泉旅館に狩りの獲物と山菜を降ろしに。空いた時間で街を見ていこうと」
「良かったわ〜実は私も村の皆から誘われてお泊まりさせて頂く事になりましたの〜」
「スズメさんも!あれ、でも村の皆って……」
「とりあえず紬さんのお家からくるくる移動していきますよ〜、タカさんから教わった山の採集と畑のお手伝いしながらです」
「……っし、ほなよろしく頼みますで〜!」
どうやら打ち合わせは終わったようだ、狐子は決まった事を発表した。
「工期は半年!全部屋洋式トイレじゃ!調理場は見送ったがの皆の野営技術なら火おこしは変わらんじゃろ、それと電気関係通信関係が通せるようにする!」
「通、信……?」
「電話やね!狐音とは鳩使っておったがもう限界じゃ!電話を引く!」
「あらあら、なんだか時代が進みますわね〜」
「スズメよ!進むんじゃ無く追いつくんじゃ!」
タカ、スズメ、狐子の三人で騒ぎ合う頃……
狐音は太平洋上の船に揺られていた。
「外界の外海に出るとは儂も中々じゃのう」
横浜港から出て到着は一月半程だとか、妖狐には大した時間でも無い。
人々を見ると富裕層に当たる人種か暇を持て余している、その中に気になる一人を見つけた。
どうやら相手も気付いたようだ。
「おいおいどうして妖狐が居るんだ、絶滅したんじゃないのか?」
英国紳士のような浮いた姿のジジイに話しかけられる。
「ふん、ジジイの成りに化けなければならない、お主も難儀じゃの〜この狸が」
船上で狐と狸は出会ってしまった。




