狸と狐音
アメリカ行きの船上、狐音は化け狸と出会った。
人の間では狸と狐の対に見られる。
テリトリーは被るが食生活や性格は少し違う。
人から見れば四足歩行の体格が似て、古くから化けると言った擬似感があったのだろう。
では、妖狐である狐音と目の前にした化け狸はと言うと……
「消えろ、俺が先に居たデッキだ」
「関係あるか、共用のデッキじゃ」
初対面でありながら非常に険悪だった。
狐音にもわからないが、本能的な威嚇衝動が押し寄せるのだ、それは化け狸も同じなのだろう。
お互いが数分睨み合い、互いに別方向へと歩き去った。
「あの狸、何故こんなアメリカ行きの船に……あと数日同じ船とは落ち着かんのう」
狐音は自室に戻る前に食堂へ向かう。
「ぬ」
「む」
同じタイミングでまた出会う。
互いに無視をして食事を取り、部屋へ向かう……狐音の後を狸が付いてくる。
「なんじゃお主は、付いてくるでない!」
「俺の行きたい先を塞ぐな狐娘が!」
「ふん、全く好戦的な野蛮狸め……」
狐音は自室に着き部屋を開けようとした時、隣の部屋で狸が同じく扉を開けようとしていた……
「まさか狐娘……」
「お主が隣か……」
二人は隣室であった。
同じ船上、船内隣室。
逃げ場無い残り数日の船旅であった。
狐音は必要以上に外には出なかった、しかし人に関わらない妖狐時代に比べれば圧倒的に暇を持て余す。
それだけ人の生活に馴染んだのだろう。
千年以上の暇を感じていたくせに、数十年の動乱を経て数日の暇を持て余す。
自身の心持ちの変貌に笑ってしまう。
予定では残り二日程でアメリカに入港となる時だった。船員が慌ただしい、どうやら船も止まっているようだ。
「何かあったのかのう」
狐音はデッキに出て様子を伺う、耳を澄ませ情報を整理していく。
(船長!エンジンが動きません!)
(メカニックを総動員!原因を割り出せ!)
(乗客に不安が……!)
(まだ抑えろ!パニックになると動けない!)
状況的に海上で動けなくなったと言う事だ。
「ふむ、いかんのう……」
さすがに遭難するのは御免被る、ユウメも待たせるし幽荘に帰れないのは避けなければいけない。
「ふん、おい狐娘。状況は分かっただろう」
声を掛けたのは化け狸だった。
「お前も相当な力を持つだろう、人に興味は無いが手伝え」
狸は言った、船を直すつもりだろう。
「ふむ、一つ勘違いしておるの」
「何?」
「儂は人に興味があるんじゃよ」
「……変なやつ」
二人で機関室近くまで来た、しかし船員が往来し規制線も張られている。
「見つからずには辿り着けんの」
「……人間の習性を利用すれば良い」
狸は目を閉じて力を集めている。
「ほう……」
妖狐の狐音からすると結界や治癒と言った見えない力が主だった、対してこの狸は目に見せる力が主のようだ。
「さあ、行け」
狸は生み出した小さな化身達を解き放った。
一斉に通路を雪崩れ込んでいく。
「ネズミの大群で撹乱させ、儂が入るので良いのかの」
「……察しが良いなら早くしろ」
狐音は夥しい数のネズミに混じり機関室に入り込んだ。
周囲は突如現れたネズミの群れ、それも常識外れにデカい個体でパニックになる。
悠々と狐音は機関室内に辿り着き、見た事の無いエンジンの塊に手をかざした。
「見知らぬ物であれ、壊れる前に戻せば良い事」
狐音にとって壊れた原因は関係が無い、動いていた時に時を戻せば良いだけだ。
止まっていたエンジンが轟音を唸らせ動き出した。
「さて、帰るか。ここは油の匂いとうるさい音で落ち着かんのう」
来た道を引き返し、狸に合図を送って共にデッキへと帰って行った……
後にこの事は不思議なネズミの中に女が一人見えた怪異譚として船員達に語り継がれる事になる……
狐につままれた、狸にばかされた。
「どちらになるんじゃろうかのう」
「……ふん、興味ない」
一仕事した二人はデッキで酒を飲んでいた。
「お前、人に興味があるのか」
狸は不思議そうに狐音に尋ねた。
「……まあお主には理解できんじゃろう、儂は人と共に生きる誓いを立てた珍しい妖狐じゃよ」
自虐ではなく本心だった。
狐音の今は人と共にある事だからだ。
「理解出来んな、少なくとも俺には。だが好きに生きるのが俺達神や妖怪と呼ばれる者だ」
狸の言う事は最もだった、縛られる事はせずただ長い時を生きる事が人間と違う者の生き方なのだから。
「お主は何でまた船に乗ってまでアメリカへ?」
「……気になる者が居る、それだけだ」
狸は胸元から一枚の記事を取り出し狐音に渡した、何だと狐音は記事を見て驚きの顔を浮かべた。
狸は逆に驚いた。
「な……お前がどうしてそんなに驚く?」
狐音は笑った、大笑いするその姿に狸はキョトンとしている。
「すまぬすまぬ、いやまさかここまで目的同じとは思わんでの。」
狐音はもう一度記事を見て微笑んだ。
海外のファッションショー大成功の記事一部、載った写真のモデルは人ならざるオーラを写真からも放つ。
これは確かに人社会の表舞台に立つ人に見えて人じゃない者、神や物怪も気になって仕方ない。
「……こやつの名はユウメ、大切な場所から生まれた儂の半身じゃよ」
——遭難事故になりかけた日より三日目
予定より遅れはしたが無事に狐音はアメリカに降りた。
日本を敗戦に追いやった国……と人ならば多少は思う事がある時代だが妖狐には関係が無い。
少しは生活に影響受けたが人の争いに自身の力は持ち込めない。
「おい、狐音よ」
船上で知り合った化け狸も同行する、目的地が同じであるのだ。避ける事ももうあるまい。
「なんじゃ?」
「ここからどうするつもりだ?」
船を降りたら異国の地、言葉は力で誤魔化せるし貨幣は言葉が通じれば両替出来る。
問題は場所だった、土地勘はもちろん無いし日本より圧倒的に広い。
「ユウメから着く港はサンフランシスコ、居るのはロサンゼルスと聞いてはいたが全く地理が浮かばん」
「俺は数百年彷徨うつもりだったが、お前は時間があるのだろう?」
狐音には制限があった、幽荘を離れるにしても人の感覚で動かなければタカに影響が出てしまう。
うっかり百年なんか過ごせばタカの時が止まり気味としても逝ってしまう。
「まあとりあえず地域はわかっとる、近づけばユウメと引き会えるじゃろうて」
アメリカの土地は広大で日本とは基盤が全く違った。
サンフランシスコから始めはタクシーで移動したが、ここまでしか行けないと降ろされてしまった。
その場所は荒野と呼ばれる岩と砂だらけの何も無い世界だった。
「ふむ、港周りの栄え方は目を見張ったが真逆の環境じゃの」
「日本よりも田舎……いや田舎にすらならない自然か」
二人で呆然としてしまうが向かわないと着かない。
幸い妖狐と化け狸、人間とは違うので死を恐れる事はないが時間内で目的地に辿り着けるかが心配だ。
「あのタクシーの運転手が、この道を真っ直ぐ数日歩けと言ったな?」
「確かに言っておったが……道かこれ?」
うっすら地平線の先まで伸びる車輪の跡はある、これが向かう先なのだろう。
人間ならば死んでいたかもしれない。
アメリカの荒野をひたすら進むだけだが、見慣れない野生動物に昼夜の寒暖差。
環境は過酷であった、二人で前に進み二日目だった。
一台のトラックが背後から来てクラクションを鳴らす。
「おめぇらどこ行くんだ!?」
「ロサンゼルスってとこだ!」
狸は運転手と話している。
狐音はその様子を見ていた。
「乗りな!」
運転手はロサンゼルスまで乗せてくれるらしい。
「すまんのう、助かるわい」
「この荒野を走るトラックの文化らしいぞ」
「ほー、日本じゃあり得んの」
幸運にも乗せてくれた運転手に礼を言い、運転手は少し傾げながら聞いてきた。
「お前たち日本人か?」
確かに日本生まれ日本育ちだが日本人とは異なるはず。
説明がややこしいので「そうだ」とだけ答えた。
「いやーロスで今人気の、日本人とフランスのハーフだったか良いショーアクターが居てな!」
狐音と狸は目を見合わせる。
「こいつか?」
狸はユウメの載る記事を見せた。
「おお、そうだ!なんだお前らこの子に会いに行くのか!ならロスの中心で降ろすか!」
豪快に笑いながらトラックをスピードアップさせるご機嫌な運転手、国が違うと人も違うんだなと狐音は思っていた。
しばらくすれば、どんどん街に入り大都会に景色は変わる。
さすがの妖狐と化け狸も口を開けて見ていた。
トラックは止まり、ここでお別れとなった。
「さて、上手くこれたな。狐音よわかるのか?」
「うむ、力を感じるの……どれ」
狐音も少し力を強めユウメに向けて送る。
「……!狸よ行くぞ!」
繋がった、狐音は感覚のまま歩き出した。
道を進み、角を曲がり、大通りに面した広い人口的な公園。景色は日本に無い物ばかりだった。
大きな公園に入り芝生の先から走ってくる美女。
「狐音姐さん!!」
「ユウメ!!」




