自然と狐音
狐子からの各地復興の様子を聞いた翌日、人の数少なくなった村の様子を狐音は歩き見ていた。
もう村長もいない、働き手は都会に向かい村は廃村に近い状態であったが、そこに生きる者は懸命に生きていた。
狐音はある場所で立ち止まり振り返った。
遠目に幽荘が見え、狐子とタカがなにやらやっているのが見える。
おそらく猟銃の使い方を教えているのだろう。
今狐音が立つ場所は、かつて幽導村村長が住んでいた村長宅跡地。
戦時に財産没収となり、全てを持っていかれた。
そう全て、家屋から財産、そして人も……
あれから時間は経ったが、未だに混乱が続く世界。
「お主ならどうしたのかのう、九兵衛」
狐音は返ってくる事の無い返事を期待した。
幽荘に戻ると、遠巻きに見た狐子とタカが見当たらない。
「どこか行ったのか?」
すると、山の方からダァンと響く音が届いた。
しばらくすると山の細道から二人こちらに向かう姿が見える、どうやら試し撃ちをしたようだ。
「あ、狐音さんお帰りなさい」
「おお、タカよ撃ってみたのか?」
「はい、なんとか扱えそうです」
タカは猟銃を抱きしめ笑う、そして狐子は大きなリュックを背負って微笑んでいる。
「……よし!それじゃあアタシはまた出るよ!」
「狐子よ助かったわい、気を付けて引き続き頼んだぞ」
「狐子さん!ありがとうございます!お気を付けて!」
挨拶もそこそこに狐子はまた、各地に去っていく……
「さて、ご飯用意しますね!ついでに山菜が採れたので料理します」
タカは簡易的に作った石かまどに向かって行った。
「ふ、悪い事ばかりじゃない世界かもの……」
狐音はひと笑いして自室に戻って行った。
——戦争が終わりタカが来て十年になろうとしていた
世界は復興の姿を見せて新たな時代になろうとしていた、闇市も衰退し物流も正常化、幽導村も変わらずの姿だったが若干の移住者もいた。
狐子からは定期的に連絡をしており、各地も次の時代が見えてきている勢いがあると知れた。
狐音はユウメを呼び出した。
「狐音姐さん、どうされましたか?」
「ユウメや、お主にも世界を見てきてもらおうと思うとる」
狐音は一冊の雑誌を渡した、狐子が時折送ってくる各地の物資に入っていた物だ。
「これは……海外の雑誌ですね」
「そうじゃ、お主の容姿なら海外に出ても違和感無く溶け込めるじゃろう」
ユウメは幽荘の化身であり、幽荘の素材は明治時代のフランスから取り寄せた物から作られた。
フランス産の性質と狐音の力が合わさり、ユウメの容姿は誰が見ても見整ったハーフの美女であった。
狐音は海外にも出れる時期が来たと思ったのだ。
「うふふ、やっと私にも出番が来ましたわね」
「お主を国内で動かすと騒ぎになりそうな空気じゃったからの」
戦時中の反米感情や戦後の混乱から外国人に見間違えるユウメは外界に出そうにも躊躇われたのだ。
だが国内復興が進んで、また海外との交流が始まり出した今ならば目立つ事なく送れる。
「私の特性活かせるならば是非」
「ありがとうの、ユウメや」
「でも、どうやって行きましょう?海外にツテはあるんですか?」
「……それは、出たとこ勝負じゃのう」
具体策は無かった。
だがいざとなればユウメも人ならざる力を使える、なんとかなるだろう。
放り投げっぱなしで申し訳ないと思いつつも、狐音は今必要だと強く感じていた。
(ふむ、今やれる事への焦燥感…九兵衛よ少しお主の気持ちわかるわい)
千年以上生きてる妖狐らしからぬ妖狐になったな、そう狐音は自分に笑いユウメと計画を練っていった。
半年程の準備をして、ユウメの出発の日が訪れた。
「では、行ってまいりますわ〜」
「うむ、頼んだぞ」
「ユウメさん……絶対帰ってきてよ!」
タカは涙を浮かべてユウメの服を掴む、対してユウメは非常に軽く旅行に行くような雰囲気である。
「大丈夫ですよ、私こう見えて強いですから〜……行ってきますね〜」
ユウメは山を越え横浜に向かって行った、十年の歳月は狐子の各地訪問で人脈を作っていた。
その内の一つに海外との貿易を行う商社と繋がりが持てていたのだ。
「本当に人間とは繋がりで強くも弱くなるものじゃ」
ずっと独りで生きていた時の方が、圧倒的に長い狐音だが僅か五十年程の方が充実している。
「狐音さん、私が居ますからね」
「そうじゃのう、タカがおるなら寂しくは無いの……」
ふと、狐音はタカの顔を見入った。
「……?狐音さん?」
「ん、いやなんでもないぞ」
狐音は気のせいかと振り払った。
——ユウメが出てさほど日が経たぬ時だった
小雨が降る中、タカは狩りに出て山に入った。
独学だが猟銃の扱いも達人級となり、仕留めた獲物への感謝も忘れない。自然と共に生きるハンターへと成長していた。
余程の事が無い限り、危機は自分で回避出来る。
村の数少ない子供達からも慕われ教育を施し、村全体からも幽導村の女神とまで言われていた。
「タカも早くに育ったの……昔の儂なら先に死ぬ者として見向きもせんかったろうに」
事実、狐音の容姿に老いは無い。対してタカは二十五歳となり出会った頃の少女の影は無く、見事な大人になっていた。
狐音は少し胸が痛んだ、人と共に過ごせば過ごすほど確実な別れが来る。
九兵衛の時で再認識したのだが……もう、やめられない気持ちで居た。
「まだ生きてる者の死を考える等失礼じゃの」
ふっと笑って茶を飲もうとした時だった。
耳の良い狐音にしか聞こえなかっただろう、山の方からタカの叫び声のようなものが聞こえた。
狐音は走り出した。
確かに聞こえる、タカの声。
叫び声かと思ったが呼び声だ、狐音を山の中から呼んでいる。
「何かあったのか、……タカ!」
声の出所に辿り着いた時、狐音は驚いた。
タカは必死に支えながら山を降りようとしていたのだ。
……見知らぬ女を抱えて。
見るからに衰弱し、服すら着ていない。
呼吸は感じるがこのままでは危ない状態だ。
「この方が倒れていて!」
タカは狐音が来てくれた事に安堵しながら、少しでも幽荘にと向かっている。
狐音もすぐさま抱え二人で幽荘まで運んだ。
何とか幽荘に着き狐音の部屋に運ぶ、あらかた身体を拭いたが外傷は見当たらない。顔色が悪くうなされた表情である。
「動物に襲われたり崖から落ちたりでは無さそうですが、どうして服も着ず……狐音さん?」
タカは分析をしながら狐音の表情の変化に気付いた。
狐音は真剣な表情で女を見つめている、タカにはわからないが異常事態である事を物語る顔だ。
「狐音さんどうし……」
「しっ」
狐音はタカの言葉を遮り、女の額に手をかざした。
タカから見ると、何か光るようで暖かい波の様な力を感じられる。
神聖な空気が部屋に充満する。
「ふぅ、もう良かろう」
かざした手を引きいつもの柔らかい表情になった狐音に聞いてみる。
「あの、狐音さんどうして力を?」
「……この女は人には治せん、儂ですらギリギリじゃ」
「え……?」
女はゆっくり目を覚まして、身体を起こした。
それだけの動作なのに美しく感じる。
「……私は、助かったのですね」
「まさかお主と言葉交わす日が来るとはの」
「あなたは……妖狐」
「儂は狐音、こっちは人間のタカじゃ」
狐音は手でタカの挨拶の言葉を制した。
タカは驚いたが、暗に今は話すなと言われたのが伝わった。
「どうやらお二人には迷惑を掛けたようですね、申し訳ない」
「お主程の者がその姿を取るのは……いや取らざるを得なかったのか?」
「自身の意図ではありませんが、世の中の変化に合わせたのでしょう」
「……危惧していたが、まさかそこの山とは想定外じゃ」
タカは静かに聞いているが話が見えてこない、混乱した顔を見た女は微笑んだ。
「気楽にして下さい、もはや同じ人の形を取る者ですから」
「ふむ、お許しが出たの、タカもう話して良いぞ」
制されていた重圧が解かれ、改めて自己紹介をする。
「あの、タカです……えっと?」
どう聞くべきか迷ったが、女は優しく微笑み言った。
「私はこの地の山と鳥を司る神でした」




