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狐音幽荘物語  作者: かずや


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妖狐という狐音


 大正時代はあっという間に過ぎ、昭和と付けられた世界は更に加速する兆しを見せていた。

 狐音は日々幽荘の孤児を相手に、遊びや教育を教えるまでに人間に近く生きていた。以前までの自分では想像も付かない生き方をしていた、心の中では目の前の子達は皆例外なく……狐音より先に老いて死ぬ。

 それは避けられない種族の差であるが、子供らが大人になりまた子に繋ぐ。その継承で人はここまで来たのだと、そして臨界点に達した時の発展力が人の力だと理解していた。

 狐音はその感情の名はわからぬも、大切な物を抱くような感情が芽生えている。

「このままが続けばと思えるとはな、儂も変わったの」

 夜空の星を見ながら狐音は呟いていた。


 昭和になり、十五年経とうとする頃であった。

 きな臭い噂が幽導村にも辿り着き人々は不安に駆られた。

 「戦争がまた」

 そんな噂であった、九兵衛を通じて世界の話を聞いていた狐音も今回は危機感を抱いた。

 そうそうと自分が亡くなる事は無くとも、もはやかけがえのない孤児の子らは無事には済まない。


「九兵衛よ、お主何をする気じゃ」

 

 狐音は九兵衛の様子がおかしいと勘繰っていた、戦争の話が本格的に世に出てくる前だった。

 日夜問わず稀にしか家に帰らなかった九兵衛が数日も家に籠ったのだ。

 流石に様子を見に行けば自室で机に向かう九兵衛が居た。

 出会った頃はまだ幼さのある子供だったが、今は初老を迎えた男になった。

 連日何かをしているのか、明らかな疲労が見えるも机に向かう事を辞めない。

「狐音、用がないなら出ていけ」

「用があるから来たんじゃろうに、何をやってるのか説明せい」

「今は言わん」

「言わんじゃと?何を考えとる!お主の大切な村民も危機を感じとる!話をしてやれい!」

 狐音は生まれて初めて人に怒った。

 それ程までに真剣だった。

 抑えられなかった初めての感情に自分で驚きはしたが、止められなかった。


「後日、お前に言う事がある」


 九兵衛はそれだけを言い自室のドアを閉めた。

 狐音は数十年で人を理解しようとしてきたが、やはり人は理解出来ないと落胆し幽荘へと引き上げた。


 あれから数日、世界で戦争が始まった。

 その知らせは幽導村にも届き、若者は連れていかれ暗の時代が訪れた。

 

 (力を使えば村は守れるじゃろう……人の理を超えて)

 

 狐音は迷いがあった、人ならざる力を強く使う事の迷い。

 人々を守る為に迷う事自体、狐音が生きた千年以上もの常識を覆す初めての悩みだった。

 自分は自分、人は人、介入すれば新たな災いを呼ぶかもしれない。バランスを崩す事が目の前を救い、後の全てを壊す可能性があるからだ。

 そんな時悩む狐音の下へ九兵衛が現れた。


「なんじゃお主、家から出たのか」

「お別れだ」


 別れ、その言葉に何を言ってるのか狐音は理解出来なかった。

「狐音、後は頼むぞ」

 

 九兵衛は何かの証書と鍵を狐音に渡し……狐音を抱きしめた。


「結婚してくれ」


 狐音はそこで理解出来た、理解したく無かったのだと。

 全てを悟り九兵衛を抱きしめ返した。

 そして語った。


「儂は妖狐の狐音、お主とは生きる時間が違う……お別れじゃ」

 

 狐音は生まれて初めて涙が溢れて止まらなかった。

 九兵衛を見るのも触るのもこれで最期になるだろう、そう思うと止められなかったのだ。


 しばらく抱き合い九兵衛から身を離した。

 出会った時の鋭い眼光のまま、顔や体は老いて。

 それでも信念を曲げない無愛想な雰囲気のまま。


「狐音は何もするな、ただ生きろ」

「ふ、馬鹿者が」


 九兵衛は表情一つ変えず出て行った……それが最後の姿であった。


 戦争は始まり、激化していった。

 もはや田舎の村だからと見逃される事も無い、人、物資、財産は取られて衣食住が脅かされていた。

 九兵衛の家は全て解体され、財産も権力も……村長だった九兵衛も全て取られた。

 

 狐音は九兵衛から受けた「何もするな」を守った。

 狐音の力を使えばあらゆる事から隔離した村に出来るだろう、戦争の影響を受けない幽導村だけなら幸せに出来る世界に……

 だからこそ、狐音は何もしない、力を介入しない、ただ生きる事で村を守ることにした。

 力を使った神聖な村が知れ渡れば全てから狙われる。

 それに、九兵衛はもう帰らないのが分かっていたから。


 年々と過ぎると情報は統制が掛かった、国の為に全てを捧げるのが美徳や自国が勝った戦場の報告ばかりだ。

 そんな中であらかた村の徴兵がされきって、戦争孤児と疎開してきた未成人の子らで人口は少し増えた。

 だがそれに対する衣食住、特に食べ物が無かった。

 狐音は子供達の食に関してだけ少し迷いが出たが、力は使わずだった。

 文句や不満はあるが、子供らは子供らしく元気に遊ぶ姿を見て、狐音は人間を悟った気がした。

 

 (この顔を繋ぐ為にお主ら人は生きたんじゃな)


 本格的な戦争が始まり四年近く経った頃だった、後の世に語り継がれる「二つの原子爆弾」が落ちた。


 その後、一週間程で日本は降伏を宣言し全国民に敗戦の放送が流された。


 狐音にとって生きた千年以上の中で、最も動乱を身に受けた数十年が終わりを迎えたのだ。

 平安から生きる狐音だからこそ、人の力を恐れた。

 刀や槍の戦争から火薬や電気、そして核。

 あまりにも飛躍し過ぎた力に人の怖さがあった。

 野生動物が道具を用いて縄張り争いをする事は無い、狐音のような神仙の力を持つ物でさえ、おそらく真正面では勝てない。

 物理的、化学的な力を扱わせれば人が一番強く愚かなんだろうと。


 戦争が終結する前に狐音宛に手紙が届いていた、送り主は日本海軍。

 見ずとも何かが分かった狐音は読まずに燃やし、九兵衛から託された証書と鍵を眺めていた。

 証書の封筒表紙には「終わるまで開けるな」の文字があり、九兵衛からの「狐音が終わったと思うタイミングで見ろ」の意だろう。

 戦争が終わった今だろう。

 狐音は封を切り、中身を読んだ。

 証書には幽導村の全権と土地、九兵衛の隠した財産の場所と全てを捧げるとあった。

 そして文末には「土地神に返す」との一文が。


「別に儂のもんじゃないわい」

 笑いながら狐音は鍵を持ち、山に入った。


 戦争時に狙われたのは都市中心であり、だからこそ山間の幽導村は無事ではあった。

 今、都会だった場所に行くにも幽荘を放っては置けない。悩ましかったが、まだ村に居る事を自然の中で決めた。

 山に入り一度通った道を通る、何年振りになるか。

 気まぐれで遭難した男が生きてるか死んでるか見に来た場所だ。

 その男は生きていて足を怪我して洞穴に避難していたのだ、後に自分を狐音と名付けた無愛想な男、九兵衛と初めて会った場所。

 小さな洞穴だった場所は整備され、明らかに人の手が入っていた。

 完全に塞がれた鉄の門には鍵穴がある。


「全く、いつまでも言葉が足らん奴じゃ」

 狐音は鍵を差し込み開錠する、重たい鉄の扉が開き暗闇が続く。

 狐音はマッチを擦り持って来た蝋燭に火を灯し思い出して笑う。

「マッチを知ったのもここじゃの」


 洞穴はそこまで深く無かった、奥にあったのは金塊の山と二通の手紙。

「財産を崩し金にした、時を待て。必ず価値が上がる」

 九兵衛は敗戦をあの始まる時点で予想していたのかもしれない、そして全てを取られる事も。だから家に篭り用意していた、誰にも言えない事だ。

 あの時感情に任せて怒った狐音にも言えず……

 

「馬鹿者が」

 もう一通の手紙を読む……そして読み切った狐音はそのまま蝋燭の火を付け燃やしきった。


「恋文に詩なぞ、それこそ平安貴族じゃわ」

 狐音は顔を赤らめ、自分の中に刻んだ。

 自分の為だけの詩なのだから……


 狐音はいずれ必要となる隠し財産とその場所に力を使い結界を張った、こうしておけば人間に見つかる事は無い。

 九兵衛から譲り受けた大切な物だ。

 狐音はその場を後にし、幽荘に戻る。

 今は幽荘に居る子供達に時間を割く為に。

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