幽荘と狐
「狐音、行くぞ」
九兵衛は無愛想で強引な面が目立つ。
しかし村民の為、村の為に動く指針はブレず人々から絶大な信頼を得ていた。
自身の親を早くで亡くしながらも、その若さと勢いで最新を取り入れ田舎ながらも都会の技術を持ってきており、幽導村の発展に大きな貢献をしている。
そんな九兵衛に連れられたのは、狐音が住む小屋を潰し区画に荘を建てる日が来たのだったからだ。
宣言通りに九兵衛は狐音を迎えにきた。
「お主は村長として成り上がりたいのかえ?」
「……そんな出世等興味は無い、世の中では人を越えた国同士の争いが始まろうとしている」
「ほう、国同士とな」
「狐音は知らんだろうが、我が国日本はこの先大きな争いが間違いなく起きる。今のままでは子孫を守れる土台が無いのだ」
狐音にすれば国など場所が離れた地域ぐらいの考えだが、九兵衛の顔から人にとって大きな事が見えているらしい。
「好きに使え、工事が終わるまでは狐音の家で良い」
村長の家、すなわち九兵衛の家に招かれ部屋もあてがわれる。西洋の雰囲気を基調に見た事が無い家具や装飾で埋められていた。
「親父が遺したものだ、俺の趣味ではないが有事の際には避難場所として使う」
「お主はどこで寝るんじゃ?」
「こっちだ」
九兵衛に連れられて来たのは、非常に簡素な机と本棚とベッドと呼ばれる台に布団が敷かれた寝床があるだけだ。
「ほう、村長にしては質素な部屋じゃの」
「睡眠だけで殆ど帰らん、何かあれば使用人を頼れ」
「素っ気ない奴じゃの、あの日と何も変わらんのお主は」
「……山の中の事は感謝している」
九兵衛はそう言って工事現場にまた行ってしまった。
「忙しい奴じゃの」
住んでいた小屋の部分に工事が入り二週間は経った、狐音は住み場所が九兵衛宅になっただけで、何も変わらないダラダラと過ごす日々だったが、九兵衛は違った。
本当に帰らないし、帰って来ても眠るだけだ、殆どを発展した街の視察や貿易の為に港に向かうかである。
「人間とは忙しく生きるものじゃな」
思えば千年以上人の暮らしを近くで見てはいたが、家を共にするまで近くに居た事は無かった。
また一つ知らなかった人を知り、狐音は笑った。
「狐音、出来たぞ」
工事が始まり二ヶ月程だった、どうやら建物が完成したそうだ。
狐音自身は寝れれば何でも良いのだが、建てられた建物には使命があるらしい。
「見ろ、これが幽荘だ」
狐音が過ごして来た小さな小屋は跡形も無くなり、二階建て六部屋の荘が出来ている。
木材と石材を使い頑丈に、集団生活まではいかないが住処を集合した機能的な家、どうやら西洋文化で言うアパートと呼ばれる建築法で少ない土地に大人数が安全に住めるようにしてるらしい。
「素材はフランスから取り寄せた強度ある逸品だ、簡単には壊れん、狐音はそこに住めば良い」
一階の角部屋、一〇一と刻印された戸を開ける。
以前住んでいた小屋よりは広いだろうか、畳が敷かれており中は和の装いで落ち着く。
「ほう、なかなか良い空間ではないか」
「まだお前しかおらんが空き部屋には何人か連れてくる、多少は騒がしくなるかもしれん」
「構わん、儂はここに居てるだけじゃ」
「……狐音、頼みがある」
「なんじゃ?」
「空き部屋に来る者は皆孤児だ、少しで良い、気に掛けてやってくれ」
九兵衛は初めて狐音に対してお願いをした。
以前までなら預かり知らぬ事と無視をしていただろう、なぜならどんなに狐音が手を掛けても人は先に死ぬのだから。
だが、文明開花以降触れて来たものに、少し心境の変化があったのか狐音は柔らかく微笑んだ。
「気が向いたらの」
九兵衛はその顔を見て固まっていたが、ハッと我に帰り一礼して帰って行った。
「なんじゃ何も言わずに?まあ良いわ、儂の城に帰ったの」
狐音は畳に寝転び睡魔に身を任せて眠りに落ちた。
わー!きゃー!
「ううむ……想像以上に孤児とは元気なんじゃの」
幽荘入居から一ヶ月は経っていた、狐音が住む部屋以外は村の孤児や外から来た孤児も含めて、一部屋二人の満員状態になっていた。
年齢もバラバラだが皆、元気に生きている。
「狐音姉ちゃん!ビー玉遊びしよ!」
時代は明治が終わり大正となった、巷では大正モダンと呼ばれ明治よりも一層変わった文化に移り変わっている。
幽導村では九兵衛の尽力で田舎ながら最新の物が流通し、村の風景も茅葺き屋根の農村地帯とは言えなくなっていた。
そして毎日を騒がしく生きてる子供達、狐音は人の時代の変化にただただ感心をしていた。
狐音はいつしか子供に引っ張られ、巻き込まれて日々を過ごしていた。
九兵衛が一度予想を口にした「争いが起きる」
大正に入り、それは起きた。
後の世に語られる第一次世界大戦と呼ばれたものだ。
幽導村の田舎では緊張があったものの物的な被害は無く、終戦を迎えれたが出兵に駆り出された幽荘で育った孤児は何人か行方がわからないままだった……
幽導村に流れる小川に座る二人の後ろ姿、この頃の九兵衛と狐音はよく話す間柄になっていた。
「人の世とは争いが絶えぬものよな」
「狐音、お前は何年生きてきた?」
「ほっほ、千年以上じゃよ」
「信じ難いな…だが出会ったままの姿なんだ、信じるしかあるまい」
「儂は千年以上ここに居る、だがこの数十年で人の力を知ったわい」
「人の力?」
「お主らは間違いなく儂より弱い、七十年程しか生きれない」
「それが人だ」
「だが密度が違う、特にこの数十年で爆発させておる。もう儂を土地神として崇める者もいまいし、人々は神の認識すら必要無いじゃろう」
「俺だけか?お前を知るのは」
「そうじゃのう、今はな」
「死ぬまで覚えておこう」
二人は幽導村を通じて出会った、片や妖狐、片や人。
どう抗っても先に人は死ぬ、妖狐にとっては数十年の付き合いなど人生の一部にもならない短さだ。
それが、狐音の千年以上の認識だった。
今は違い、九兵衛の事は忘れられないだろう。千年に匹敵する数十年を刻んだ男だ。
時代変化が人により圧倒的にスピードアップした明治から大正、戦争を経てそして時代はまた一つ進もうとしていた……




