文明開花と狐
世の中は江戸幕府と呼ばれた長い時代、国の中枢であった所が倒れたらしい。
千年を生きる妖狐からしても一番長く政を行っていたなと、それぐらいは感じた。
「ま、次の幕府とやらはいつまで持つのかのう」
妖狐はのんびりと欠伸をして二度寝に入った……
それから三年あまり経った頃だった、田舎の幽導村にも見慣れぬ姿をした者が出入りし出した。
流石に妖狐も興味が湧く、よく聞ける耳で村人の話を収集していく。
幕府は消え、侍も消えた、刀は廃止、人々は皆苗字を考えている、これだけで世界が動いた事を理解した。
「さすがに儂の見て来た千年余りの核が消えてしまったようじゃの」
これまでの妖狐なら、そうかそうか変わったかと軽く受けるぐらいで終わっただろう。
だが今回は大きすぎる転換を感じた。
「ふむ、都に行ってみるかのう……五百年ぶりくらいかの」
妖狐はゆっくり山へ消えて行った……
——明治時代、横浜
数ヶ月掛けて妖狐は横浜に歩き着いた。
見える物全てが別世界になっている、人々は着物と違う、男は身体にピッタリに合わせた布地を纏い手拭いでは無い物を被っている。女は若干の着物率はあるが見た目から簡単な着物、もしくは逆にヒラヒラとした目に眩しい装飾を施した着物を着ている。
「すまんの、皆アレは何を着てるんじゃ?」
道行く者を捕まえ聞いてみる。
「ん?アンタ田舎から来たのか?幕府が落ち文明開花が起こったんだよ」
「ほう、文明開花のう。なんじゃそれは」
「言ってみりゃ西洋の文化が爆発的に入ったんだ、見てる着物は洋風の服、洋服と呼ばれる代物さ」
平安時代から数多く幕府は崩れ、新たな幕府が立つ。
しかし今回は違う崩れ方をしたのかと悟る。
「お姉さん綺麗な方だ、注意しとけよ、文明開花に溢れたゴロツキや手癖悪いガキなんかも居るからな。あの洋服持てる奴は金持ってるんだ」
「なるほどのぅ……すまぬ、理解したよ」
親切な者と別れて街を散策する。
人を機動として駕籠を引かせる乗り物、鍋で牛と野菜を煮る牛鍋、鉄道なる鉄の塊で出来た陸路を往来する乗り物。
貨幣も少し変わったようである。
とにかくこの数十年で世界は変わっていた。
「人は短い人生を詰める事にしたのだな」
妖狐は冷静に横浜の街を練り歩いた。
一通りの見聞をして、幽導村に帰る。
もう街道に人は少なく利用する者の少なさが伺える、道や村が廃れ消える時の雰囲気だ。
千年で幾度と見た流れだが、今回は何かが違うと感じる。
山歩きの中、昔は整備されていた部分も今や獣道。
人ならば通らないだろう、こんなとこに居るとすれば……
ガサガサ!
「お!若い女じゃねぇか!野郎ども付いてるなぁ!」
知性の無さそうな粗暴な輩、山賊だろう。
「ふひひ、しかもめちゃくちゃ美人じゃないか!たっぷり可愛がってやるからな!」
数にして五人程、妖狐は怪しく笑った。
「何だこいつ?笑ってやがる、まあ良い縛っちまえ!」
山賊達はにじり寄った、妖狐は微動だにせず……
バァン!
妖狐を中心に山賊達の足元が吹き飛んだ。
山賊達は知らぬ間に冥土へ逝けたのだ。
一人を残して。
「えっ……えっ、なん……」
妖狐はゆるりと近づき目を合わす、月夜に照らされた顔は人間ではなく妖の顔、無機質な眼が残る山賊に恐怖を贈っていた。
「ひっ……」
「書物代わりに頭を頂くぞよ」
妖狐は手をかざし山賊の頭から何かを吸い取る。
人間の歳にして五十程、どうやら江戸幕府に仕えていたが時代の流れに失職、文明開花にも馴染めず仲間内で山賊に堕ちたようだ。
これまでの悪行から強盗、殺人、強姦、街への窃盗、人とからすれば救えないクズである。
妖狐は江戸時代から明治に変わり爆発的な発展を、僅か数年で成し遂げている世界に驚いていた。
「う、あ……」
山賊は何をされたかわからないが、腰が抜けてしまい動けないまま、前のめりで懇願された。
「た、たすけてくれぇ……!」
また人間の困った時の神頼みと言うものか、妖狐は表情を変えず情報は得たと帰路を進み出した。
山賊に目もくれず、今の時など無かったように……
妖狐にとって山賊に絡まれた事はもう覚えていなかった、小さな葉っぱが服に落ちたので払い落としたぐらいの出来事だ。
それから数日歩き、見慣れた幽導村が見えてくる。
ここは相変わらずのままだ。
流石に妖狐でも考えるべき旅だ、人の力とはあそこまで密度が高いモノなのか?それとも命の短さから密度を高める事が出来るものだったのか?
千年以上生きた中で衝撃だったのは間違いない。
もしかしたら、少しだけ楽しめる時代が来たのかもなと妖狐は微笑み、村に帰って行った。
村に帰り三年程経った時、村の総選挙が行われた。
時代が大きく変わり地域をまとめる者は世襲ではなく投票と言う民主主義と呼ばれた考え方で動き出した。
これもまた妖狐には理解が出来なかった。
優秀な者の子は優秀であるべきで、周りがその一族を支える。それが平安からの不文律であり貴族から侍や殿と言った血筋で決めるのが人間であると、それが当たり前で生きている種族だと思っていたからだ。
「明治とやらに時代は変わり、人は儂の想像すら超え歩みだしたのじゃな……」
同時期から「土地神」と言う名称は聞かなくなっていた、妖狐を知り崇めていた爺婆は既に亡くなり神であったり妖狐は過去に居たかもしれない御伽噺となっていた。
もちろん妖狐は何一つ思わない、勝手に崇めて勝手に忘れるのだから。
今や幽導村にいつからか居る一人の女として認識されていた。
ともあれ、新たな村長が決まった。
何やら、ああするこうすると政策を述べているようだ。
「新しい村長は海外貿易?で儲けた成金ってやつらしいぜ」
「金持ちってことか、そういや山んとこにすげぇ建物建ててるんだろ?仏蘭西ってとこと取引してるんだって」
「ふ、儂も長くは生きたが世界はわからんの、人の力……興味が湧いてきたわい」
妖狐は艶やかに笑った。
新たな村長が就任、村を一望出来る山の裾に初めて見る西洋世界の姿をした家屋。明らかに一線を画していた。
そんな環境が整い数年が経った。
相変わらず妖狐は何もしないままだが、情報だけは仕入れていた。いつの間にか人と世界の動きを追うのが娯楽になっていたのだ。
とは言え、耳で聞き、必要であれば見て回るぐらいにハマっていた。
ある日の事であった、この辺りでは珍しい洋服に身を包んだ馬車が山に入って行った、従者とまだまだ若い男の子を連れて狩りに出たのだろう。
世界は文化や技術が飛躍しても、幽導村レベルの田舎なら百年二百年前とそう変わらない。
相変わらず田んぼと畑を育て、時折来る都会の商人が歩きうるぐらいだ。
そんな風景に目立つ服で馬車に引かれる様が生きてる時代の違いを醸し出す。
妖狐はぼんやりと見送った。
村が騒がしくなったのはその夜だった。
村の男達が松明を持ち集団で山に入っていく。
妖狐はうずくまり手を合わし祈る女に聞いてみた。
「何かあったんかの」
「あ、村長の後継様が狩りに出られてから戻ってこないのです……お怪我をしたか遭難されたか……」
昼に見た馬車の者達だろう。
人が自然に入る上でこういった事はある、それも自然の摂理だが人の摂理は違うらしい。
ある程度平和ならば、人は人を案ずる傾向がある。
過去、飢饉や疫病が流行し人々が死に直面した時には、自らの子供ですら生贄に捧げるくせに勝手な生き物だなと妖狐は笑った。
おそらく沢に落ちたか、熊に食われたか生きてはいまい。
震えて祈る女を後に妖狐は寝床に向かった。
翌朝、動きがあったようだ。
夜通し捜索していたのか、泥だらけの男達が同行していた従者の遺体と後継の被っていた帽子を見つけたと騒ぎ帰ってきた。
後継本体は見つかっていないようだが、時間の問題だろう。
妖狐は騒ぎに目が冴え小屋から外に出る。
村の方は阿鼻叫喚だ、まだ若い後継は人心を集める人気者らしい。
「稀に人にも毛色が違う者がでるんじゃのう」
大きなあくびをして山を見る、いつもと変わらぬ自然に変わらぬ空気。
違うのは人に渦巻く悲しみや不安、心配が入り混じる感情。
「生きるも死ぬも自然の摂理なんじゃがのう」
妖狐は千年以上見てきた人々の学ばない感性が不思議だった、否、寿命が短すぎて学べないのか。妖狐ですら驚きを感じた文明開花を起こせるのに何千年と変わらない自然には手も足も出ない。
本当に不思議な生き物だと改めて思っていた。




