狐音の儀
三ヶ月の時間で狐音達は準備を重ねた。
力を逃さぬようの陣幕。
最大限に力を発揮する儀装。
場を清め力を鎮静化する御神酒。
全てはタカの為に、タカの時を戻す為に。
「タカよ、こちらへ」
「はい」
狐音に誘われ陣幕の中、狐子、ユウメ、スズメ、そして狐音に囲まれる形で中心にタカが据えられる。
タカから見える四人の女性は光を帯び、とても神聖な……人ならざる力に包まれていた。
(綺麗だ……)
タカは目を奪われていた、本当にこの世のモノなんだろうか?
やはり、この方々は人に近いが人ではない神の存在なんだと思い知る。
タカは幽荘に辿り着いた時からを思い起こしていた。
目が覚めたら美しくでも優しい顔をした二人の女性に見つめられ、現実でありながら非現実な人ならざる者達とその力を目の当たりにしてきた。
まるで、戦争があった事も嘘だったかのように平穏な時を過ごさせて貰った。
生きる上で様々な事は教わったが、人世界には不安があった。
人に捨てられた身、なかなか不信感は消えなかった。
そんな自分を追い出す事なく、一緒に居てくれた狐音を始め大切な家族。
今、身に受ける儀式によってタカは人の歯車が動き出そうとしている。
それは……別れの儀でもある。
特に言葉は必要としなかった、ただただ女性陣の光が強まり伝うように暖かな力が身体に入ってくる。
狐子の外界情報量には驚かされ、その明るさで心の傷を隠してくれた。
ユウメの更に遠くの海外でも、人は活躍出来る事を知った。
スズメのおおらかな心には自然の強さも混ぜられ、生きる胆力が備わった。
ヨウリの例え違う種であれ、密に交わる事が出来る可能性を感じた。
そして、狐音に人と命の尊さを見た。
不老不死は人によっては金銀財宝が霞むお宝だろう。
だが幽荘に暮らし、人ならざる者と自身が人である関係で生きて自分には必要じゃないと捨てる選択に後悔は無い。
自分は自分で生きていき、死ぬ時まで人として生きる。
予期せぬ遠回りで浮いた寿命が今、元に戻るのだ。
これは神様からの贈り物だ。
タカは神々しい皆を焼き付け目を静かに閉じた。
その様を見届けた狐音は力を強めた。
合わせて女性陣が狐音に触れる。
静かで神聖な光が陣幕の中で膨らみタカを包んだ。
「……終わったか」
ヨウリは少し離れた場所から見守っていた、村の者や野生動物に近づかれないようにしていたのもある。
歩き寄り、陣幕に踏み入る。
「これは……」
ヨウリは息を飲む、陣幕の中心に立つ婦人。
「タカか……?」
「……はい」
婦人はヨウリを見て答えた。
どこか少女の影があった20代入ったくらいの若い女性だったタカは、歳が進み三十代中盤くらいの落ち着いた妙齢の婦人になっていた。
これがタカの本来の姿なのだろう、ヨウリは続いてスズメに介抱される狐音を見た。
狐子とユウメも消耗が見える。
予定通りに狐音とその分身体の力を使ったのだろう。
狐音はスズメとタカに任せて、二人を抱え狐音の部屋へ向かった。
狐子とユウメは回復に時間は掛からなかった。
スズメとヨウリで力を分け合えばすぐだった。
問題は目を覚まさない狐音だ。
回復した狐子とユウメも合わせて力を入れたが反応が無い。
タカは影響をまた受けても困る為、あらかじめ確保していた山小屋に居てもらう。
「狐音姐さん……」
ユウメが不安そうに見守る、その横で狐子も見ている。どちらも悔しさが滲む。
想定してはいたが、最悪の想定内だ。
スズメが狐音の顔を撫で呟く。
「私の力も通じないなんて……」
人が言う神の力と言うものの格としては、スズメが一番強く大きい。それすらも反応しない眠りに落ちている。
「……時を動かすとはここまでの事か」
ヨウリは狐音を見ながら呟いた。
一日が経った。
女性陣は離れる事なく狐音に付いている。
「……想われてるじゃないか、さっさと目を覚ませ狐娘が」
ヨウリは悪態を付いて山小屋へ向かう。
「入るぞ」
「あ……ヨウリさん、狐音さんは……」
「まだだ、だがあいつら神が付いてるんだ心配するな」
ヨウリはそう言った自分に驚いた、安心させる為に出た無意識な言葉だった。
(まさか、自分が人を心配とはな……)
兆候はあった、化け狸の自分がヨウリと名付けられた時から人により強く惹かれている。
ヨウリもまた千年を生きる化け狸だった頃より、この三ヶ月近い僅かな時間の密度に変わってきていたのだ。
「……狐音さん……ヨウリさんそれは?」
タカはヨウリが持つ金色の毛束を指した。
「ん?ああ儀の場で見つけてな……妖狐の尾だ」
「……狐音さんの」
ヨウリはタカの山小屋に来る際、儀式の場所を経由していた。その時切られた狐音の尾を拾っていた。
「不思議だろ?俺ですら不思議なもんなんだ。妖狐は俺みたいな化け狸よりずっと力が強い、それはこの尻尾のおかげだろう」
「生きてるみたい……」
「妖狐は歳を重ねる、と言っても人間にはわからない年月だが尾が増える。つまり力が増すんだ」
「狐音さんは最後の一本、手放したんですね……」
計画内、覚悟はしていた。
だが実際に起きると憤りもある。
「全く……そうだ、特別に見せてやる」
ヨウリは狐音の尾を掌に乗せ、葉っぱを被せた。
タカはジッと見つめてる。
バフっ!
突然、掌から煙が吹き上がった。
「ゴホッ!なんですか今の……え?」
タカは煙を払いながらヨウリの掌を見て目を見開いた。
「狐音は昔、ここらの土地神と呼ばれたんだろ?久しぶりに人としてこれに祈ってやれ」
ヨウリはタカの手に術で尾を変化させた物を渡した。
「……ペンダント、狐音さんの尾の……」
「また動きがあったら来る、俺もあまり接触出来んからな」
そう言ってヨウリは小屋から出て行った。
タカはペンダントを握りしめ、狐音に祈った。
それから三日経つ時だった。
「……!?狐音!!」
狐子が叫んだ、それに呼応して皆が集った。
「……儂は……タカは?」
「大丈夫です、タカさんは少し離してあります。狐音さん少し失礼」
スズメはそう言って狐音の腰に手をやった、何かを探すように触る。
「……ある。あります!」
スズメは安堵した顔で言い、集った者は息を吐いた。
「ふふ……どうやらまだ死なないようじゃの……」
スズメが確認したのは尻尾だった、皆で交代で力を入れ続けた結晶として生えるはずだと信じていた。
「狐音姐さん〜、ウッ、良かったですわ〜グスッ」
「泣くなユウメ……お主らのおかげじゃ……」
「タカに知らせて来る」
ヨウリは山小屋に向かった。
「タカ!狐音が目を覚ましたぞ!」
「!!」
タカはジッとペンダントに祈り続けていた。
フラつきながら立とうとするタカを制しヨウリは言った。
「全く、狐音が起きてもお前が倒れちゃ意味ないだろ」
「あはは、すいません……」
「会うのは後日だ、お互い元気になってからだ!」
「はい!」
ヨウリは食糧の在庫を確認し、タカをベッドに寝かせた。
(三日前から殆ど減ってない、祈ってたのか)
タカの無謀な行動に呆れながら、ヨウリは「食べて寝て元気になって降りてこい」と告げて小屋を出た。
更に一日置いて、狐音は皆の力もあり上体を起こせるまで回復した。
「ええいひっつくな」
「だってぇ」
ユウメがずっと狐音にくっついている、それだけ心配だったのだろう。
狐子はやれやれと呆れているが、顔は嬉しさを隠しきれてない。
スズメはもう大丈夫だろうと安堵し病人食を用意している。
その時、外の気配にヨウリは気付いた。
「おい、狐音来たぞ」
「……うむ」
ヨウリはドアを開けた。
儀式前と姿は変わったが、間違いなくタカだ。
「狐音さん!!」
たまらずタカは走り出し狐音に抱きついた。
「狐音さん!狐音さん!」
「ほっほ、タカよ近づきすぎじゃ……心配かけたの」
狐音は泣くタカを撫で笑いかける。
「それがお主の今の姿だったんじゃの……確かに時が追いついた、良かったわい」
「はい、これでようやく始まります……」
「ふふ……決めとるのじゃろ?儀式の時に感じたわい」
「……やっぱりお見通しですね、私幽荘を出て行きます」
タカははっきりと口にした。
時を戻し人に戻り、その先はと誰もが考えた。
しかし、皆同じ答えになるだろうと口にはしなかった。
これ以上幽荘に居るよりも、外に出る方がタカの願いが叶うのだ。
「今までありがとうの、幽荘初代管理人タカよ」
「二度と会わない訳じゃありませんからね?街に出て、たまには遊びに来ますから!」
「ああ、いつでも来い。儂と十年二十年と一緒に生活しなければ影響は無いわい」
狐音とタカは笑い合う、周りで見ていた皆も笑う。
その様子を見届けてヨウリは歩き出した。
「全く、濃い時間だったぜ……人の世の中、俺も見て回るか……達者でな狐音」
ヨウリは自分にも人の事が理解できるか?知りたくなった感情の答えを見つける為に、世の中へと去って行った……




