帰国と狐音
——東京、羽田
ロサンゼルスのユウメ拠点からサンフランシスコに戻り、初めての空の旅。ホノルルを経由して一日半。
人の科学力には驚かされる。
行きは船で徒歩やヒッチハイクを含め二ヶ月は掛かったのに、二日程に短縮される。
狐音は本気で人間は妖術を使ってるんじゃないかとさえ思っていた。
「狸よ、今後儂らと関わるなら葉っぱは捨てよ」
狸は昔ながらな、葉っぱを貨幣に変幻させて欺くやり方で人間社会に紛れていた。
それは人に興味を持ち、寄り添うと言うなら許さない。
帰りの飛行機でコンコンと説いた。
狐音は亡き九兵衛が遺した遺産で生活を整えている、九兵衛は貨幣を金塊に変え置いていた。
戦前から用意していた事を考えると、先見の明があったのか元々多額にあった金の価値は更に膨れ上がっている。
しかし、金銭を稼ぐ行為は現在ユウメしか経験しておらず、人社会に入るならそこも学ばなければならない。
狐音は「人は短い命で詰める生き方をしよるな」と呟かざるを得なかった。
——三人は飛行機を降り機関車を使い、車を使い……
「全く、遠くが近くに感じる。人とはこんなもんだったか?」
狸はあまりにも便利になっている世界を不思議がる。
「うふふ、狸さんこれでもこの数十年の話。人間の可能性を再確認されたでしょう?」
「全くです、そんな中に飛び込まれたユウメさんを尊敬します」
「……儂が生んで、儂が司令を下したんじゃがのう」
狸はユウメに心酔している、まあそれも良いだろうと狐音は目の前の山を見る。
「さあ山を越えれば幽導村、そして幽荘じゃ」
「皆さん元気にされてますかね〜」
山を越え、見慣れた細道を降る……見えてきた幽荘は幕に覆われている、改築工事は進んでいるようだ。
職人に混じり忙しく確認と指示を出している女が見えた。
「おーい!狐子ー!」
「……お!狐音!ユウメ!」
狐子は走り寄り嬉しそうに迎えてくれた。
「帰ったか!ユウメなんか更に綺麗になってない?……ん?なんだこいつ?」
狐子は久しぶりのユウメと抱擁を交わし、横に立つ男に気付く。
「おい、狐音よお前と同じ顔をしているが……」
「ふむ、まあ待て。各自紹介は集まってからにしよう」
一旦狐音は狸を置いて辺りを見る。
「タカとスズメはどこに?」
「ああ、タカは街の温泉街で働いとる、アタシ呼びに行くわ。スズメはその辺の村人の家を渡り歩いてるんだが……」
「よし、先にスズメを回収してタカの下に行こうぞ」
どのみち幽荘は改修中で使えない、タカが働く温泉旅館に行くのが合理的だろう。
「……狐音よ、人とはこんなに忙しく動くのか?」
狸は呆れ顔で言った。
「ハイハイ皆さん順番ですよ〜」
スズメを探しに村に来た、と言ってもまばらに数軒しか無い村だ。
「スズメや〜」
狐音の声に振り返ったスズメは満開の笑顔を見せて来た。
「狐音さん〜そして貴女がユウメさんですね?」
「うふふ、ユウメですわよ〜そう、貴女がスズメさん……大変でしたわね」
「お話は聞かれてるのですね?幽荘の住人としてよろしくお願いします〜……こちらの方は……化け狸さん?」
狸は後で自己紹介の場があるからと会釈で済ませたが、どうしても気になった事があるらしい。
「初めまして……貴女は山神か……?」
「ええ、そこの山の者ですが色々ありまして人の形をとりました〜」
「まさかこの格の神と話す事があるとはな……」
狸も流石に上位存在に驚きを隠せずソワソワしてしまう。
「さて、ではタカの居るとこに向かおうかの、ついでに温泉に入れたら嬉しいの」
五人となり再度山を越え街に向かった……
丸一日昼夜を歩き郊外の温泉地に辿り着いた、人外の五人だから一日で済んだが、並みの人間なら更に時間を要しただろう。
「ここがタカちゃんの働く温泉宿さ」
狐子は玄関をくぐり中居と話し出した。
「アメリカに行ってからですので温泉が魅力的ですわね〜」
「うむ、目的は違うが入りたいのう」
「私もです〜幽荘にも欲しいですね〜」
「幽荘の住人は自由なんだな」
各々が感想を口にしていると、狐子が戻ってくる。
「タカはちょっと勤務中だから終わったら合流だ、大部屋取れたから待とう」
手際の良さが狐子の良さだ、狐音は本当に双子の存在かと疑う程に、人との関わりで人外も変わるものだと頷いていた。
大部屋に通された五人はようやく息を吐く。
「幽荘改築から走りっぱなしの気分じゃ、さすがに疲れたの」
狐音は伸びをして狸を見た。
「そうじゃ、そこの狸の紹介をしておこう。見ての通り狸じゃ」
「……雑な紹介だが、名前も無いし構わん」
「狸さんは私に憧れて下さって会いに来てくれたんですわよ〜」
「あら、素敵な動機です〜ユウメさんお綺麗ですもの」
「しかし、狸のくせに狐音と仲良くなるとは訳ありか?」
狐子は疑問を口にする、狐子もまた狸に対して滲む威嚇感があったのだ。
「ふん、俺はユウメさんに会うだけだったが話を聞いて人を見てみたいと思っただけだ」
「ふーん、狸のくせに珍しいじゃん」
「お前は狐音の分身だな?人世界に馴染むお前の方が珍しいじゃないか」
「ま、そうだよね!すっかり馴染んじまったとは思うよ!ワハハ!」
狐子が世界で吸収し、生まれた性格はもう「狐子」である。狐音の分身から独立していた、ユウメも同じく自身の道を歩いている。
生み出して良かった、狐音は実感していた。
ガラッ
不意に襖が開かれた。
「皆さん!」
「タカ!」
中居姿のタカが息を切らし駆け寄る。
「皆さん無事で……ユウメさんおかえりなさい!」
「うふふ、タカさんご立派になられまして〜中居さんお似合いでございますわよ」
「ね〜タカさんから教わった狩猟も村で生きてますよ〜」
ユウメとスズメに囲まれ、久々の再会に喜ぶタカは狸を見る。
「あの、そちらの方は?」
「俺は狸だ、縁あってしばらく共に過ごす、よろしくな」
「私はタカと申します、狸さん?よろしくお願いします……お名前は無いのですか?」
「本来人外の俺達に個人名は無い、こいつらがおかしいんだ」
妖狐や山神、果ては化身や妖や神と言った俗称や総称はあっても個人名の概念は狐音達の世界には無い。
だが、狐音は自身が狐音と名付けられた事で個を認識出来た。
必要な事だと感じていたのだ、だから……
「狸よ、お主も名前タカに付けてもらえ」
「何?今更要らんぞ?」
「それじゃあユウメに付けてもらうか?嬉しいじゃろう?」
ユウメはニコニコしながら狸を手招きする。
「ぬっ……ぐっ、そこの人間、タカと言ったか。アンタで良い」
「ええ!?また私が付けるんですか!?」
「ええじゃ無いか、お主は自然界最上位に近い山神にスズメと名付けた恐らく世界初の人間じゃ、狸なんぞ比べもんにならんわ」
「私からしたら皆が神や妖なんですが……」
空気的に皆がなんて付けるかワクワクして、必死に考えるタカ、名付けられる時を緊張して待つ狸の空気になっていた。
「……ヨウリ、ヨウリさんでどうですか?」
「ヨウリ……化け狸の意味じゃな」
「……構わん、変なもんよりマシだ、これからヨウリと呼べ」
その場から拍手が起こり、ヨウリが生まれた瞬間だった。
「全く……ほら、お前達は本題があるんだろ」
ヨウリは話を進めろと促す。
「そうさのう……その前に積もる話もあるし温泉に行かんか!」
「良いねぇ、アタシはタカの様子見に何度か来てるけど良いよここの温泉」
「狐子さんはお得意様ですからね、女将に話してきます」
タカはパタパタと行ってしまった。
「狐子さんからお話聞いてて入ってみたかったんですよ〜私は村の事で精一杯だったし〜」
「私はアメリカだったから湯に浸かる文化じゃなくて驚きましたわね〜シャワーは便利だけど入った気にならないのですわ」
各々が言いたい事を言ってる内にタカが戻ってくる。
「皆さん、大丈夫ですよ!用意出来てますのでこちらへ、ご案内致します」
「おお、すっかり中居さんじゃの」
「えへへ」
人間不信だったタカが人社会で明るく生きる姿を見れて、狐音は安堵する、そしてそれは時の止まるタカにとって壁になる現実も見えてくるのだった……




