第53話 お土産屋で木刀を買う 〜ただの木刀が神殺しの魔剣に覚醒した〜
「はぁ……はぁ……。よし、この土産物屋の通りなら、少しは身を隠せるだろ……」
俺、霧雨神は、頭に真っ白な子猫(元・厄災の化け猫)を乗せたまま、温泉街のアーケード街へと逃げ込んでいた。
背後から放たれ続ける『超極太ビッグバン後光』のせいで、隠密行動など到底不可能だ。
だが、のど自慢大会の熱狂からはなんとか距離を置くことができた。
「……マスター。上空の次元の裂け目から、十五万の『家族』たちの気配が、急激に接近しています」
メリルが愛剣の柄に手をかけ、空を見上げながら冷徹に告げる。
「彼らもマスターの『お迎え』が待ちきれない様子。……ここは一つ、私が次元の壁の前に立ち塞がり、躾(物理)をしてまいりましょうか?」
「やめろ! あんな数万のバケモノ共に突っ込んだら、お前でも死ぬだろ!」
俺は慌てて好戦的すぎる一番弟子を止めた。
十五万匹のペットの相手なんて、すべてをあのクソ爺(神様)に丸投げしてからじゃないと絶対に無理だ。
「……お兄さん、この通り、美味しそうな匂いがいっぱい。……あそこの試食コーナー、全部食べていい?」
アリスが温泉街のお土産屋から漂う甘い匂いに釣られ、フラフラと歩き出そうとしている。
「ダメだ! 試食だけで満足する胃袋じゃないだろお前は! 店ごと食う気か!」
俺はアリスの襟首を掴み、ルナの方を振り返った。
「……ジン。この通りの土産物屋、全部『神界の特産品』。……買い占めて人間界で転売すれば、利益率一万パーセント」
ルナはリュックに詰まった国宝の重さにも負けず、電卓を弾いて目を「¥(円マーク)」にしている。
「お前は本当にブレないな! ……まあ、クソ爺を探す前に、ちょっとくらい観光気分を味わうのも悪くないか」
俺は現実逃避気味にため息をつき、目の前にあった一軒の土産物屋を覗き込んだ。
『ヘパイストス土産店』と書かれた渋い看板が掲げられている。
店頭には、温泉饅頭やキーホルダーに並んで、修学旅行のド定番アイテムが木桶に突き刺さっていた。
「おっ、木刀じゃん! 温泉街といったらやっぱりコレだよな!」
俺はテンションが上がり、木桶から一本の木刀を引き抜いた。
持ち手の部分には、達筆な彫り込みで『カミガミ・リゾート』と刻まれている。
「くぅ〜、この無駄な渋さがたまんねぇ! 男の子のロマンだよな!」
俺は木刀を手に取り、ブンッと軽く素振りの真似事をした。
HP1の俺が振っても、ただの木の棒なので全く威圧感はない。
だが。
その土産物屋の奥で、帳簿をつけていた筋骨隆々の店主――神界の鍛冶神『ヘパイストス』が、俺の姿を見てガタガタと震え出した。
『(……な、なんだあの凄まじい神気は!?)』
ヘパイストスは、俺のダサい浴衣から噴出するビッグバン後光を見て、ハンマーを落としそうになった。
『(至高神様!? 至高神様が、なぜ我ら下級の鍛冶神が営む土産物屋に!?)』
ヘパイストスは顔面を蒼白にし、そして俺の手にある『カミガミ・リゾートと彫られたただの木刀』を見て、さらに目を見開いた。
『(ば、馬鹿な……! 至高神様が、神話級の神造兵装ではなく、あのような「無垢の木片」を手に取っておられるだと!?)』
「(よし、護身用に一本買っとくか。これくらいならルナの小遣いで買えるだろ)」
俺は木刀の重さを確かめるように、再び軽くブンブンと振ってみた。
だが、その小市民的な「土産物選び」は、鍛冶神の目には『神界の武器職人たちへの、絶望的なダメ出し』として映ってしまったのだ。
◇
「すいませーん、店主さん! この木刀、いくらですか?」
俺は修学旅行のテンションのまま、木刀を片手に屋台の奥にいる筋骨隆々のおっさん(ヘパイストス)に声をかけた。
だが、俺が声をかけた瞬間、おっさんは「ヒィッ!?」と情けない悲鳴を上げ、持っていた巨大なハンマーを足に落として土下座した。
『は、ははぁっ! し、至高神様! このような下賤な土産物屋に、いかなる御用でございましょうか!?』
「(えっ、また土下座? この温泉街の人たち、なんでみんな俺を見ると床にひれ伏すんだろう……)」
俺は苦笑いしながら、手にした木刀をポンポンと肩で叩いた。
「いや、ただのお土産選びですよ。これ、結構手に馴染んでいいですね。なんの変哲もない木の棒だけど、逆にそれがシンプルで使いやすいっていうか」
俺は「修学旅行の記念品として最高だ」という意味で、木刀を褒めたつもりだった。
しかし、その気さくな感想が、鍛冶神の脳内で『全宇宙の武器職人への死刑宣告』へと変換されてしまう。
『(……「なんの変哲もない木の棒」だと……!?)』
ヘパイストスの額から、滝のような冷や汗が噴き出した。
『(すなわち、我ら鍛冶神が数万年かけて施してきた魔力付与やルーンの刻印など、至高神様にとっては一切「不要な装飾」であるという宣告!)』
『(あえて「シンプルな木の棒が良い」と仰ることで、我々の技術の敗北を無言で突きつけておられるのだ!)』
違う。ただ木刀の渋さに惹かれただけだ。
「……マスター。流石の審美眼でございます」
俺の背後で、メリルが愛剣を胸に抱きながら、恍惚とした表情で解説(という名の深読み)を始めた。
「神々が打ったという虚飾にまみれた剣など、マスターの放つ圧倒的な『覇気』を通すには邪魔なだけ。……その無垢な木片こそが、マスターの真の刃となるのですね!」
「いや、真の刃って。これで戦う気なんてゼロだからね? ただ部屋に飾っておくだけだから!」
俺の悲痛なツッコミは、メリルの狂信フィルターを透過することなく虚空に消えた。
そして、そのメリルの言葉を聞いたヘパイストスは、雷に打たれたように顔を上げた。
『(……そ、そうか! 私は今まで、武器の見た目や付与魔法の強さばかりにとらわれていた……!)』
ヘパイストスの目に、職人としての熱い涙が溢れ出す。
『(至高神様は、この土産物の木片を通して、我々鍛冶神に「武器の原点」を教えてくださっているのだ! 純粋な素材の強さ、そして持つ者の魂こそが最強の刃となることを!)』
「(……なんか、おっさんがめっちゃ感動して泣いてるんだけど。俺、そんなイイこと言ったか?)」
俺が首を傾げていると、ヘパイストスは震える手でカウンターの奥を探り始めた。
『至高神様……! 貴方様の深き教え、このヘパイストス、魂に刻み込みました!』
『どうか、そのただの木刀ではなく……私が打った「最高傑作」をお納めください!』
ヘパイストスがカウンターの上にドンッと置いたのは、見た目は普通の木刀だが、得体の知れない虹色のオーラを放つ『ヤバすぎる木の棒』だった。
「えっ? いや、俺は普通の木刀がいいんですけど……」
俺がビビって後ずさろうとした、その瞬間。
俺の『不運スキル』が、またしても最悪のタイミングで発動してしまった。
◇
「(……いや、そんな虹色にピカピカ光る木刀、恥ずかしくて持ち歩けないって!)」
俺はドン引きして後ずさろうとした。
だが、その瞬間。温泉街の土産物屋で買ったばかりの、安物の下駄の鼻緒が『ブチッ』と音を立てて切れた。
「あべしっ!?」
摩擦係数ゼロの俺の体は、見事にバランスを崩し、カウンターに向かって前のめりに倒れ込んだ。
顔面から激突するのを防ぐため、俺はとっさに右手に握っていた『普通の木刀(カミガミ・リゾートの刻印入り)』を、盾のように前へ突き出した。
ドガァァァァァンッッ!!
俺の持っていた普通の木刀が、ヘパイストスがカウンターに置いた『虹色のオーラを放つ最高傑作』にクリーンヒットした。
パキィィィィンッ!
その瞬間、ガラスが砕け散るような甲高い音が響き渡った。
鍛冶神が数万年かけて打ち上げたという最高傑作が、俺の持っていた『ただの木片』の一撃によって、いともたやすく粉々に砕け散ってしまったのだ。
「うわあああ!? す、すいません! お店の売り物ぶっ壊しちゃった!」
俺は顔面蒼白になった。
神様の作った最高傑作をへし折ってしまったのだ。弁償金だけでも宇宙が買えるレベルに違いない。
「(終わった……! 俺の借金がまた天文学的な数字に跳ね上がった……!)」
俺が絶望に打ちひしがれていると、砕け散った最高傑作の『虹色のオーラ(過剰な魔力)』が、なぜか消滅せずに空中に留まっていた。
そして、その膨大なエネルギーの束が、俺が強く握りしめている『普通の木刀』へと、掃除機に吸い込まれるように一気に収束していったのだ。
ギュイィィィィン……ッ!
「えっ……? なにこれ、木刀がピカピカ光り始めたんだけど。……電池式?」
俺はポカンと口を開けた。
ただの無垢な木片だったはずの木刀が、みるみるうちに異様な変化を遂げていく。
持ち手に掘られていた『カミガミ・リゾート』という絶妙にダサい観光地の刻印が、黄金に輝く古代ルーン文字へと変貌する。
そして、茶色かった木目には、まるで無数の星々が瞬く『宇宙の銀河』のような模様が浮かび上がったのだ。
「……マスター。お見事な『再錬成』です」
背後でメリルが、またしても感涙に咽びながら深く頷いた。
「脆く見掛け倒しだった虚飾の剣をへし折り、その内に秘められた真のエネルギーだけを抽出し、無垢な木片へと定着させる……。これぞ神をも超える鍛冶の極意!」
「ただの物損事故だよ! 木刀が勝手に光り出しただけだよ!」
俺の悲痛なツッコミは、またしても誰にも届かない。
そして、目の前で自らの最高傑作をへし折られたはずの鍛冶神ヘパイストスは――。
『おおおおおおッ……!! なんという神技! なんという啓示!!』
怒るどころか、滝のような涙を流してカウンターの奥で平伏していた。
『至高神様……! 私が良かれと思って付与していた【無駄な魔力装飾】を、ただの一撃で物理的に粉砕してくださるとは!』
ヘパイストスは、俺の手にある『銀河が瞬く木刀』を見て、ガタガタと震えながら拝み始めた。
『(あの無垢な木片こそが、あらゆる魔力を内包できる最強の器だったのだ! 器(見た目)にこだわっていた私の傲慢を打ち砕き、真の【神殺しの魔剣】を目の前で完成させてくださった!)』
「違う! 鼻緒が切れてぶつかっただけだってば! 弁償しますから!」
俺が必死に謝罪するが、ヘパイストスは首を横に振った。
『弁償などと滅相もない! むしろ、至高神様のその「神殺しの木刀」の完成に立ち会えたことこそ、我が鍛冶神としての生涯の誇り!』
ヘパイストスは、店の権利書と全財産が入った金庫を丸ごと、俺の足元に押し出してきた。
『どうか、このヘパイストスの全財産、授業料としてお納めくださいィィィ!』
「だからいらないって言ってんだろォォォ!」
◇
「……ジン、商談成立」
俺が全力で拒否している横から、ルナがシュバッと進み出てきた。
彼女はヘパイストスが押し出してきた金庫と店の権利書を、目にも留まらぬ速さで自らの巨大リュックへと回収していく。
「……神界トップの鍛冶神の全財産、および専属契約。……これで宇宙の武器市場は完全に私がコントロールできる」
「お前はまた勝手に受け取って! 俺たちただの観光客(逃亡者)だぞ! これ以上目立ったらどうすんだよ!」
俺がルナを羽交い締めにしようとすると、今度は足元からポリポリという硬いものを噛み砕く音が聞こえてきた。
「……お兄さん、この虹色の飴玉、美味しい。……パチパチする」
アリスが、先ほど砕け散った『最高傑作』の破片(神話級の金属片)を、金平糖か何かと勘違いして口に放り込んでいた。
「バカ! それは飴じゃない! 神様の剣の破片だろ! 腹の中が血だらけになるぞ!」
「……平気。アリスの胃酸、オリハルコンも溶かす」
「お前の内臓構造どうなってんだよ!」
俺はアリスから破片を取り上げようとしたが、時すでに遅し。彼女はすべてを飲み込み、「おかわり」と口を大きく開けていた。
カオスだ。このパーティ、本当に常識というものが存在しない。
『おおお……! 至高神様の眷属たちもまた、規格外の存在……! 我が剣の残骸を「おやつ」として平らげるとは!』
ヘパイストスはアリスの暴食を見て、さらに感動の涙を流している。
『至高神様! その「銀河の木刀」、どうか末長くお使いください! 刃こぼれ一つしない究極の鈍器として、宇宙の果てまでその威光を轟かせることでしょう!』
「いや、鈍器って。俺はただのお土産が欲しかっただけなんだけど……」
俺は手の中にある、無駄にキラキラと銀河が瞬く木刀を見つめてため息をついた。
こんな目立つ木刀、修学旅行の帰りの電車で持っていたら絶対に恥ずかしいやつだ。だが、置いていくのも怖いので、とりあえず腰の帯に差しておくことにした。
「……行くぞ、お前ら。クソ爺(神様)を見つける前に、俺の精神がもたない」
俺は木刀を腰に差し、土下座し続けるヘパイストスを放置して、土産物屋の通りを急ぎ足で抜け出した。
上空からは、未だに「パパァァァ!」という十五万匹のペット(三界の軍勢)の悍ましい鳴き声と、次元の壁が削られる嫌な音が響き続けている。
俺の平穏への道は、限りなく遠い。
ピロリン♪
視界の端で、俺の逃避行をあざ笑うかのように、無慈悲なシステムログが浮かび上がった。
【ステータス更新】
名前:霧雨神
職業:用務員(兼・全次元の武器商人)
装備追加:
【神殺しの木刀(銀河)】
(ただの土産物の木刀に、神の最高傑作の魔力を強引に定着させた最強の鈍器)
称号:
【鍛冶神の師匠】
(無垢な木片で究極の剣をへし折り、武器の真理を物理的に教え込んだ証)
【宇宙市場の独占者】
(ルナの暗躍により、神界の鍛冶産業を完全に掌握した)
現在の状況:
土産物屋で木刀を買っただけで、宇宙最強の魔剣を錬成してしまいました。しかし、どんな強力な武器を持っていようと、空から迫り来る十五万人の「愛」を斬り捨てることはできません。
「……ねえ。俺の武器、木刀(物理)なのに魔剣(魔法)って、設定が矛盾してない?」
俺の虚しいツッコミに答える者はいない。
銀河が瞬く木刀を腰にぶら下げた俺は、胃薬を求めるように、温泉街のさらに奥深くへと歩みを進めるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
修学旅行の定番・木刀が、まさかの宇宙最強の鈍器(魔剣)に昇格しました笑
下駄の鼻緒が切れるというベタな不運すらも、神殺しの錬成術へと昇華してしまうジン。
次話はついにあのクソ爺(神様)と再会し、慰謝料交渉に入ります!
「ジン、木刀似合ってるぞ!」「ルナのリュック四次元ポ〇ットかよ!」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや下部の評価(☆☆☆☆☆)から応援よろしくお願いします!
皆さまの応援が執筆の原動力です!




