第52話 宴会場でのカラオケ大会 〜俺の「ねこふんじゃった」で邪神が浄化されていく〜
「はぁ、はぁ……! ルナ、アリス、メリル! 早くこっちに隠れるぞ!」
俺、霧雨神は、神界の裏カジノから飛び出し、温泉街のメインストリートを全速力で駆け抜けていた。
背後、というか上空の『次元の裂け目』からは、俺を慕う十五万匹のペット(三界の軍勢)の「パパァァァ!」という悍ましい鳴き声が、刻一刻と近づいてきている。
「……マスター。この先から、凄まじい数の神々の気配を感じます。……『木を隠すなら森の中』、ですね?」
「そうだよ! 人が多いところに紛れ込めば、あいつらも俺を見つけられないはずだ!」
俺が飛び込んだのは、『カミガミ・リゾート大宴会場』と書かれた、東京ドームほどもある巨大な和風建築だった。
中に入ると、畳敷きの大広間に何万もの神々がすし詰めになり、酒を飲み交わして大騒ぎしている。
正面の巨大なステージでは、着物姿の女神(弁財天っぽい)がマイクを握り、何やらイベントの司会をしていた。
『さあさあ神々よ! 今宵は百年に一度の【全次元のど自慢大会】! 優勝者には、神界の最高級フルーツ牛乳一年分が贈られます!』
「おっ、のど自慢大会か。ちょうどいい、みんなステージに夢中だ」
俺はダサい浴衣姿(背中からビッグバン後光)を隠すように、広間の最後列の柱の陰にコソコソと身を潜めた。
「……お兄さん、あっちのテーブルに、美味しそうなオードブルがある。……エビフライ、食べる」
アリスが早速、他人の宴会料理をロックオンしてヨダレを垂らしている。
「待てバカ! 他人の飯を勝手に食うな! 目立ったら元も子もないだろ!」
俺がアリスの襟首を掴んで必死に止めていると、俺の『不運スキル』がまたしても最悪のタイミングで牙を剥いた。
ツルッ。
「あっ」
俺の足が、誰かがこぼしたお酒(神酒ソーマ)の水たまりで見事に滑ったのだ。
俺の体は勢いよく前に投げ出され、アリスを巻き込みながら、宴会場のど真ん中へスライディングしていってしまった。
ズサーーーッ!!
「いってぇぇ……!」
俺が痛む腰をさすりながら顔を上げると、ステージ上のスポットライトが、まるで狙い澄ましたかのように俺の姿をピカッと照らし出した。
『おやァッ!? あそこに見事なスライディングで登場したのは、飛び入り参加の挑戦者ですね!?』
弁財天(司会)の明るい声が、巨大スピーカーを通して宴会場全体に響き渡る。
「(えっ!? いや、違う! ただ転んだだけだ!)」
俺が慌てて否定しようとしたが、俺の背中から放たれている『超極太ビッグバン後光』を見た瞬間、弁財天の顔色がサッと変わった。
『ヒィィッ!? し、至高神様ァァァッ!?』
弁財天がマイクを落としそうになりながら、ステージ上でジャンピング土下座をキメた。
『ま、まさか、至高神様が御自ら「のど自慢大会」に参戦してくださるとは! 皆様、道を空けなさい! 至高神様のオンステージです!』
「違うよ! 俺はただの通りすがりの……って、うわああああっ!」
俺の弁明も虚しく、何万もの神々が「至高神様万歳!」と熱狂しながら、俺を神輿のように担ぎ上げ、強引にステージの上へと放り投げてしまったのだった。
◇
「あ、あのー! マイク返しますんで! 俺、そういう目立つの苦手なんで!」
俺はステージの上で、押し付けられた金ピカのマイクを両手で持ち、司会の弁財天に突き返そうとした。
数万の神々が俺の一挙手一投足に注目している。完全に公開処刑の空気だ。
「俺、歌とか全然ダメなんで! カラオケ行ってもタンバリン叩いてる係なんで! だから降ろしてください!」
俺は必死に低姿勢を保ち、ペコペコと頭を下げた。
だが、その小市民的な「辞退の申し出」は、弁財天と神々の脳内で、恐るべき『神学的な教え』へと変換されてしまう。
『(……「歌がダメ」「タンバリン係」だと……!?)』
弁財天が、ハッと息を呑んでマイクを握りしめた。
『(至高神様は、歌などという「言語」に頼らずとも、ただ「打楽器のリズム(宇宙の脈動)」を刻むだけで世界を調律できるというのか……!)』
『(そして、我ら下等な神々が歌う「自己顕示欲にまみれた歌」を、無言で戒めておられるのだ!)』
違う。ただの音痴の言い訳だ。
『おおお……! なんという奥ゆかしさ!』
観客席の神々も、次々と感涙に咽び始めた。
『自らの神威を誇示することなく、あえて「苦手」と偽ることで、我々のメンツを保ってくださっているのだ!』
『至高神様! どうか、どうか我ら愚かな神々に、真の「言霊」というものを、その御声でご教授ください!』
「だから歌えないって言ってんだろ! 耳鼻科だけでなく言語中枢もいかれてんのかお前ら!」
俺の悲痛なツッコミは、またしても熱狂的な「アンコール」のコールにかき消されてしまった。
『アンコール! アンコール! 至高神様の歌を!』
「……マスター。舞台は整いましたね」
ステージの袖から、メリルがスッと愛剣を構えて現れた。
彼女は、数万の神々を見下ろしながら、冷酷な微笑みを浮かべる。
「彼らは自らの無知を恥じ、マスターの『魂を震わせる一曲』を渇望しています。……さあ、彼らの腐りきった鼓膜に、絶対的な真理を叩き込んでやりましょう!」
「お前は俺を公開処刑したいのか!? この前みたいに世界樹生えたらどうすんだよ!」
俺がパニックになっていると、ステージの下からアリスがよだれを垂らして俺のジャージを引っ張った。
「……お兄さん、優勝賞品のフルーツ牛乳、アリス飲みたい。……一年分、一日で飲む」
「お前の胃袋はどうなってんだ! ……あーもう、わかったよ! 歌えばいいんだろ!」
俺は完全に逃げ場を失い、ヤケクソになってマイクを握り直した。
こうなったら、絶対に「何も起きない」一番安全で、しょうもない曲を歌って、さっさと白けさせて降りるしかない。
「(前みたいに熱血アニソンを歌うから、世界樹とか生えるんだ。……ここは、世界一無害な曲、『童謡』でいく!)」
俺はカラオケの魔導端末を操作し、誰もが知っている、一番平和な曲を選曲した。
「聞いてください。……『ねこふんじゃった』」
ポロロン、ポンポン……♪
巨大なスピーカーから、間抜けで軽快なピアノのイントロが流れ始めた。
数万の神々が、未知の『神曲』の始まりに、ゴクリと唾を呑んで静まり返る。
「(よし、これなら絶対何事も起きない! ただの猫の歌だからな!)」
俺は大きく息を吸い込み、マイクに向かって、全力の『音痴』を解き放った。
◇
「ね〜こふんじゃった〜♪ ね〜こふんじゃった〜♪」
俺の口から放たれた、リズムも音程も完全に崩壊した狂気の不協和音が、巨大なスピーカーを通して宴会場全体をビリビリと震わせた。
その破壊力は、前回のVIPルームで世界樹を生やした時よりもさらに凄まじかった。
俺の背中から噴き出す『超極太ビッグバン後光』が、俺の音痴なシャウトを「神聖なる浄化の波動」へと強制変換してしまったのだ。
『ギィィィィィンッッ!!』
「『ひぃぃぃっ!? な、なんという恐ろしい音圧……!』」
「『これこそが至高神様の真の言霊! 鼓膜だけでなく、魂の根源まで直接揺さぶってくるぞォォォ!』」
数万の神々が、耳を塞ぎながらも恍惚とした表情で床に転げ回っている。
俺はそんな惨状に気づかず、目を閉じて気持ちよく「ねこふんじゃった」を歌い続けていた。
だが、俺の『浄化の波動』は、神々だけでなく、この宴会場に隠れ潜んでいた「とんでもないモノ」を炙り出してしまったのだ。
『ギャァァァァァッ……!!』
突如、宴会場の巨大な天井裏から、この世のものとは思えない悍ましい悲鳴が響き渡った。
そして、天井の板を突き破り、真っ黒な瘴気を纏った巨大な獣が、ステージのど真ん中へとドスーン!と落下してきたのである。
「うおっ!? なんだこいつ!?」
俺は歌うのをやめ、目を見開いた。
目の前に落ちてきたのは、体長10メートルはある『三つ目の巨大な化け猫』だった。
全身から猛毒の霧を吹き出し、鋭い爪でステージの床を抉っている。
「『あ、あれは……! 神話の時代に封印されたはずの、厄災の獣【カオス・キャット】!?』」
司会の弁財天が悲鳴を上げた。
「『ま、まさか、こののど自慢大会に紛れ込み、我々神々を皆殺しにする機会を窺っていたというのか!』」
「『おのれ邪神め! だが、至高神様の放った“浄化の賛歌”に耐えきれず、自ら姿を現しおったな!』」
神々がパニックに陥りながらも、事態を勝手に解釈していく。
「(えっ、マジで!? 俺、またなんかヤバいバケモノ引きずり出しちゃったの!?)」
俺はマイクを持ったまま、ガタガタと震え上がった。
巨大な化け猫の三つの目が、ギロリと俺を睨みつける。完全にロックオンされている。
『シャァァァァッ!! 忌々シイ光ヲ放ツ者メ……食イ殺シテヤル!』
化け猫が、大口を開けて俺に向かって猛烈な勢いで飛びかかってきた。
HP1の俺が噛み付かれれば、一瞬でペースト状にされてしまう!
「ひぃぃぃっ! 来るなァァァ!」
俺は悲鳴を上げて逃げようとした。
だが、恐怖で足がもつれ、俺はあろうことか、自分自身が着ているダサい浴衣の裾を思い切り踏んづけてしまったのだ。
ズルッ。
「あべしっ!?」
俺の体は、ステージ上で見事な前のめりの大転倒をキメた。
そして、その勢いのまま放り出された俺の右足(下駄)が、空を飛んで襲いかかってきていた化け猫の頭頂部に、奇跡的なタイミングでクリーンヒットしたのである。
ドゴォォォォォンッッ!!!
「『ギャブッ!?』」
俺の下駄のかかと落とし(ただの転倒の反動)を脳天に食らった化け猫は、そのまま凄まじい勢いでステージの床に叩きつけられた。
そこへ、俺が放り投げたマイクがゴトッと床に落ち、スピーカーから大音量で響き渡る。
『……ね〜こふんじゃった〜♪』
先ほどまで俺が歌っていたフレーズの「エコー」が、絶妙なタイミングで会場に流れたのだ。
「『な、なんと……!』」
弁財天が、震える指でその光景を指差した。
「『至高神様は、自ら歌われた「言霊」の通りに……あの巨大な厄災の猫を、物理的に踏み潰されたぞォォォッ!!』」
「違う! ただ浴衣の裾踏んでコケただけだよ!」
俺の悲痛なツッコミは、化け猫の断末魔にかき消された。
『ニャアアアアアッ……!?』
俺の足(赤白帽の物理無効効果がなぜか下駄にも伝染している)で踏みつけられた化け猫は、その圧倒的な「浄化の力」に耐えきれず、光の粒子となってボロボロと崩れ始めた。
そして数秒後。
巨大な化け猫が消滅した跡には、手のひらサイズの「真っ白でフワフワな普通の子猫」が、ニャーと可愛らしく鳴いて座っていた。
俺の「ねこふんじゃった(物理)」によって、厄災の獣から邪気が完全に抜け落ち、無害な子猫へと浄化されてしまったのである。
◇
「……にゃあ」
ステージの中央で、真っ白な子猫が俺の足元にすり寄ってきた。
先ほどまで猛毒を吐き散らしていた『厄災の獣』の面影は、もはや微塵もない。
「(……えっ? なんか、ただの可愛い猫になっちゃったんだけど)」
俺が呆然と子猫を見下ろしていると、宴会場の数万の神々が、水を打ったような静寂の後に、割れんばかりの歓声を爆発させた。
『おおおおおおッ!! 見事なり、至高神様ァァァッ!』
『「ねこふんじゃった」という無邪気な言霊通りに邪神を踏み潰し、あまつさえその穢れを完全に祓い落として愛玩動物に創り変えるとは!』
『これぞ真の「歌による世界救済」! 我らの鼓膜と魂は、今、完全に浄化されましたぞ!』
神々が次々と立ち上がり、俺に向かって狂乱のスタンディングオベーションを送る。
中には感動のあまり、自分の光背や神器をサイリウム代わりに振り回している者までいる。
「違うってば! 俺はただ浴衣の裾を踏んでコケただけだ! 猫を踏む気なんて1ミリもなかったんだよ!」
俺の必死の弁明は、熱狂の渦に飲み込まれて完全にノイズ処理された。
「……マスター。素晴らしい『言霊の体現』でした」
メリルが涙ぐみながらステージに上がり、俺の手を両手で包み込んだ。
「自ら紡いだ歌を、即座に物理現象として世界に刻み込む。……マスターの放つ音階は、運命のシナリオそのものなのですね」
「だからただの事故だってば! 俺の音痴な歌にそんな力はない!」
俺がメリルを振り払おうとしていると、司会の弁財天が感極まった顔でマイクを握り直した。
『文句なし! 満場一致でございます! 今宵の【全次元のど自慢大会】、優勝は飛び入り参加の至高神様ァァァッ!』
『ウオオオオオオッ!!』
『優勝賞品、神界の最高級フルーツ牛乳一年分を贈呈いたします!』
弁財天の合図と共に、ステージの袖から大量の木箱に入ったフルーツ牛乳が山のように運び込まれてきた。
「……お兄さん、ありがとう。……アリス、これ全部飲む」
いつの間にかステージに登っていたアリスが、山積みのフルーツ牛乳の瓶を両手に抱え、ダイソンのような勢いで飲み干し始めた。
彼女の胃袋にかかれば、一年分など一時間で消え去るだろう。
「お前は本当にブレないな! ……まあ、お腹いっぱいになれば大人しくなるか」
俺が呆れ半分でアリスを見ていると、今度はルナが白猫(元・厄災の獣)の首根っこを掴んで持ち上げていた。
「……ジン。この猫、神界の厄気を吸い取る『生きる聖遺物』になった。……オークションに出せば、金貨二千億枚」
「お前は猫まで売るな! 動物愛護団体に怒られるわ!」
俺はルナから白猫を奪い返し、ため息をついた。
「はぁ……。もういい、優勝もしたし、賞品も貰った。俺たちはこれで退散するぞ」
俺は白猫を頭に乗せ、アリスのフルーツ牛乳の山をルナのリュックに強引に詰め込ませて、ステージを降りた。
『お待ちください、至高神様! どうかアンコールを! 次は「いぬのおまわりさん」で我々を導いてください!』
「歌わねぇよ! これ以上歌ったら、今度は本物の地獄の番犬が降ってくるだろ!」
俺は神々の熱狂的なアンコールを背に受けながら、逃げるように大宴会場を後にした。
だが、俺の平穏な慰安旅行への道は、未だに遠い。
上空からは、十五万匹のペットたちが次元の壁を食い破る音が、容赦なく響き続けているのだから。
ピロリン♪
視界の端で、俺の逃避行をあざ笑うかのように、無慈悲なシステムログが浮かび上がった。
【ステータス更新】
名前:霧雨神
職業:用務員(兼・全次元のトップアイドル)
称号:
【言霊の体現者】
(「ねこふんじゃった」の歌通りに邪神を踏み潰し、無害な子猫に浄化した伝説のシンガー)
【神々の鼓膜を支配する者】
(その絶望的な音痴は、神々の魂を震わせ、狂信的なライブ会場を作り出す)
現在の状況:
カラオケの不協和音で邪神を浄化し、神々ののど自慢大会でぶっちぎりの優勝を果たしました。しかし、上空から迫る「十五万人の熱狂的なファン(ペットたち)」の出待ちの時間は、すぐそこまで迫っています。
「……ねえ。俺の歌、兵器として優秀すぎない?」
俺の虚しいツッコミに答える者はいない。
白猫を頭に乗せたまま、俺は胃痛を抱え、すべての元凶であるクソ爺(神様)の隠れ家を目指して夜の温泉街を走り続けるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
「ねこふんじゃった」が本当に物理ダメージ(浄化)になるジン、相変わらずの不運(奇跡)っぷりです笑
次回はいよいよ木刀がおかしなことに……?
「ジン、またやらかしたな!」「ルナの商魂が逞しすぎる!」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや下部の評価(☆☆☆☆☆)から応援よろしくお願いします!
皆さまの応援が執筆の原動力です!




