第49話 温泉街のカラオケ大会 〜俺の音痴が世界樹を発芽させる〜
「はぁ、はぁ……っ。ここまで逃げれば、警察(天使)の追跡は振り切っただろ……」
俺、霧雨神は、路地裏を抜けた先にある巨大な和風建築――その入り口に掲げられた『女神カラオケボックス(神々の宴会場)』と書かれた看板を見て、迷わず飛び込んだ。
先ほど射的屋で「ブラックホールに栓をして神界の防衛軍(警察)に特別監査だ」と誤認されたため、全速力で夜逃げしてきたのだ。
身を隠すには、この手の娯楽施設が一番いい。
「いらっしゃいませ。至高神様、お忍びの監査ですね。最上階の超VIPルームをご用意しております」
フロントの狐耳仲居さんが、俺の後光を見て引き攣った笑顔で平伏した。
「(……だから違うってば。監査じゃなくて、ただの逃亡客だよ)」
俺は心の中で虚しくツッコミつつ、仲間たちと共に案内された最上階の部屋に入った。
部屋は金ピカの畳敷きで、天井にはシャンデリア、壁には神話の壁画が描かれた、無駄に豪華な宴会場だった。
「……ジン。逃げるなんて勿体ない。……あの防衛軍、少し脅せば神界の国家予算丸ごと掠め取れた」
ルナが、国宝でパンパンのリュックを背負ったまま、電卓を叩いてぼやいている。
「警察(天使)を脅迫して国家予算奪うとか、お前マジで宇宙一の国際指名手配犯になるぞ!」
「……お兄さん、このお部屋、美味しそうな匂い。……おつまみ、食べたい」
アリスがすでにちゃぶ台の上の盛り合わせに手を伸ばしている。
「落ちてるもの食うな! ……あー、クソッ、胃が痛い。……もう、神様(クソ爺)探しなんて忘れて、パーッと歌ってストレス発散してやる!」
俺はクソ爺への殺意と現状のストレスをぶつけるべく、部屋の隅の黄金の祭壇(のような台)に置かれていた、マイク型の魔導具を握りしめた。
これが、全次元に響き渡る『終末の歌声』のトリガーになるとも知らずに。
◇
「よし、とりあえず十八番でも歌うか!」
俺はカラオケの端末(水晶球みたいなやつ)を適当に操作し、日本にいた頃によく歌っていた、ロボットアニメの熱血主題歌を入れた。
ズンッ……ズズンッ……!
部屋のスピーカー(というか空間そのもの)から、妙に重低音の効いたイントロが流れ出す。
俺は目を閉じ、日頃の鬱憤(主に十五万匹のペットの餌代と、クソ爺への怒り)を込めて、マイクに向かって全力でシャウトした。
「いっけえぇぇぇ! 俺たちのぉぉ、プラズマ波動砲ォォォッ!!」
ビキィィィィィンッッ!!
俺の音痴(超絶不協和音)がマイクを通した瞬間。
VIPルームを覆っていた『絶対防音結界(神話級の魔法陣)』に、巨大な亀裂が走った。
「(……ん? なんか今、ガラスが割れるような音が……まあいいや、サビいくぞ!)」
俺は気持ちよく目を閉じているため、周囲の異変にまったく気づいていない。
だが、俺の『絶望的な音痴』は、背中から噴出している『超極太ビッグバン後光』のエネルギーと、いつもの赤白帽の『物理法則無視』の補正を完璧に巻き込んでしまっていた。
その結果、俺の放ったただの不協和音は、宇宙創生の言霊――すなわち『生命を爆発的に進化させる神の周波数』へと劇的変換されてしまったのだ。
「……ッ!? マ、マスター! なんという凄まじい『創世の賛歌』……!」
メリルが、鼓膜をビリビリと震わせながらも、恍惚とした表情で床にひれ伏している。
「……ジン、鼓膜が破れる。……慰謝料として、金貨一億枚請求する」
「……お兄さん、歌うと、お部屋がビリビリしてマッサージみたい」
ルナとアリスが耳を塞ぐ中、俺の歌声(物理的な黄金の衝撃波)は、部屋の隅に置かれていた『ある物』に直撃していた。
それは、ただのインテリアとして置かれていた『枯れた盆栽』。
神話の時代から、どんな高位の女神が魔力を注いでも決して芽吹くことのなかった、『世界樹の種子』の成れの果てだった。
ピクッ。
神の周波数(ただの音痴なシャウト)を極上の養分として浴びた枯れ木が、突如として脈を打ち始めた。
「燃やせぇぇ! 魂のォォォ、限界までぇぇぇ!!」
俺が気持ちよくビブラート(不規則な声の震え)を効かせた、その瞬間。
バキバキバキバキィィィィッッ!!!
「えっ!?」
枯れた盆栽から、ありえない速度で緑色の極太の蔦が弾け飛んだ。
それは一瞬にして大樹の幹へと成長し、豪華なVIPルームの天井を紙クズのようにぶち破り、そのまま温泉街の空に向かって猛烈な勢いで伸び始めたのだ。
「うわああああっ!? なんだこれ!? 部屋の中に急に木が生えてきたぞ!?」
俺はマイクを放り出し、急成長を続ける巨大な木の幹から慌てて距離を取った。
ドゴォォォォォォンッ!
たった数秒の間に、その木は天井を完全に突き抜け、温泉街の雲を割り、遥か宇宙(高次元の天井)にまで届くほどの超巨大な『世界樹』へと一気に完全発芽してしまったのである。
◇
「ゴホッ、ゴホッ! なんだよこれ、砂埃が……って、えええええっ!?」
俺がマイクを取り落とし、もうもうと舞い散る粉塵を払いのけると、そこには信じられない光景が広がっていた。
ほんの数十秒前まで、部屋の隅に置かれていた『枯れた盆栽』。
それが今や、幹の直径だけで数十メートルはある超巨大な樹木へと変貌し、超VIPルームの金ピカの天井を完全に吹き飛ばして、果てしない上空へと伸びていたのだ。
見上げれば、ぶち破られた天井の向こうには、温泉街の夜空と星々が広がっている。
その星々に届かんばかりの勢いで、神々しい緑の葉を茂らせた『世界樹』が、俺の歌ったカラオケルームを苗床にして完全に根を下ろしてしまっていた。
「ウソだろ!? 俺はただ、ロボットアニメの熱血アニソンを歌ってただけだぞ!? なんでカラオケボックスの中で巨大樹が育つんだよ! これ絶対、お店への損害賠償(うん億万G)とか請求されるヤツだろ!」
俺が頭を抱えてパニックになっていると、瓦礫の中からメリルがスッと立ち上がり、俺に向かって深々と、かつてないほどの敬意を込めて平伏した。
「おお……なんという事でしょう、マスター! ただの遊戯の最中に、神話時代に失われたはずの『始まりの世界樹』を、新たな宇宙の柱として再構築されるとは……!」
「いや、再構築してない! 俺の音痴なシャウトが、なんか変な周波数で植物を刺激しちゃっただけだから!」
「ご謙遜を。あの恐るべき不協和音……いえ、我々下等な生命体の鼓膜では到底理解し得ない『生命の産声』。マスターの放った創世の賛歌により、この次元は新たな進化のステージへと導かれたのですね!」
メリルは完全に瞳孔を開き、俺が先ほどまで握っていたマイク(ただの魔導具)を『神造兵装・創世の神器』でも扱うかのように、うやうやしくハンカチで包み始めている。
「だからマイクを御神体みたいに扱うな! ああもう、アリス! お前も手伝って、この木をどうにか……って、あいつどこ行った!?」
俺が周囲を見渡すと、頭上――世界樹の巨大な枝葉の中から、サクサク、ムシャムシャという軽快な咀嚼音が聞こえてきた。
「……お兄さん、この金色のリンゴ、すっごく美味しい。……外はシャキシャキで、中は蜜がいっぱい。百個くらい食べられる」
見上げると、アリスが器用に極太の枝にぶら下がりながら、世界樹に実ったばかりの神話の果実――『黄金の林檎』を、まるでカブトムシのような凄まじいスピードで爆食いしていた。
「バカ! 勝手に生えてきた謎の光るフルーツを食うな! 絶対お腹壊すぞ!」
「……大丈夫。アリスの胃袋、ブラックホールより頑丈。……あ、こっちの銀色の桃も美味しい」
「フルーツバイキング会場じゃないんだぞ!」
俺がアリスを枝から引き摺り下ろそうとジャンプを繰り返していると、背後から『ヴヴンッ! ギュイィィィィンッ!』という、およそカラオケボックスには似つかわしくない物騒な重低音が響き渡った。
振り返ると、そこにはルナが立っていた。
彼女の手には、先ほど射的屋の景品棚からかすめ取ってきたと思われる、刃に神代のルーン文字が刻まれた『神伐採チェーンソー』が握られており、その目は完全に血走っていた。
「……ジン。計算、終わった」
「お前、なんでそんな物騒なモン構えてんだ!? っていうか何を計算したんだよ!」
「……世界樹の純生木材。裏のオークションに出せば、1センチメートルで金貨一兆枚。……葉っぱ一枚でも、不老不死の霊薬の素材として金貨五百億枚」
ルナはチェーンソーのエンジンをふかしながら、ヨダレを拭って世界樹の巨大な幹を見上げた。
「……私、これ全部伐採して売り飛ばす。……そして、宇宙のゼネコンと製薬会社を牛耳り、全次元の経済を支配する」
「お前は神聖な木を金づるにするな! っていうか、このカラオケルームごと伐採する気か!? やめろォォォ!」
俺は強欲すぎる盗賊の背中に飛びつき、必死にチェーンソーの刃を上へ向けさせようと取っ組み合いを始めた。
ただのカラオケボックスの一室(天井なし)で、神威の光を放つ俺、木の上で林檎を食い散らかすアリス、チェーンソーを振り回すルナ、そして祈りを捧げるメリル。
もはや、何がどうなっているのか分からないカオスな空間が形成されていた。
だが、事態はこれだけでは終わらなかった。
天井が完全に吹き飛び、実質的に『オープンカフェ(青空)』状態になったことで、この凄まじい光景が、温泉街のメインストリートを歩いていた何万もの神々に、完全に「お披露目」されてしまったのだ。
◇
「やめろルナ! お前、マジでそのチェーンソーしまえって! これ以上事態をややこしくするな!」
俺が暴れるルナを羽交い締めにし、必死に神殺しのチェーンソーを奪い取ろうと揉み合っていた、その時だった。
ふと、周囲の空気が『異様なまでの静寂』に包まれていることに気がついた。
「……ん?」
俺はルナの頭を押さえつけたまま、吹き飛んだ天井――実質的に『巨大な吹き抜けのバルコニー』と化した超VIPルームの縁から、温泉街のメインストリートを見下ろした。
そこには、数万、いや数十万に及ぶであろう『カミガミ・リゾート』の滞在客たち(様々な神話の神々や高位精霊、伝説の英雄たち)が、文字通り一歩も動かずに、ポカンと口を開けてこちらを見上げていた。
彼らの視線の先にあるのは、温泉街のど真ん中のカラオケボックスから突如として宇宙まで突き抜けた『世界樹』。
そして、その根本でダサい浴衣を着たまま『超極太のビッグバン後光』を撒き散らしている俺である。
「(……あっ、ヤバい。これ、完全に『見世物』になってる。しかも最悪のタイミングで)」
俺は冷や汗を滝のように流し、咄嗟に言い訳を考えようとした。
だが、俺が口を開くよりも早く、温泉街を埋め尽くす神々の中で、最も位が高そうな白髭の最高神が、ワナワナと震える手で世界樹を指差した。
『み、見ろォォォッ! 至高神様が、神話の時代に枯死したはずの【始まりの世界樹】を、御自らの「歌声(創世の言霊)」だけで復活させられたぞ!!』
その一声が、静寂に包まれていた温泉街に、爆発的なパニックと熱狂を引き起こした。
『(なんという奇跡……! 我々の鼓膜を破壊し、絶対防音結界すら粉砕したあの恐るべき不協和音(音痴)は、ただの歌などではなかったのだ!)』
『(あれは、我々下等な神々の耳では決して理解できない『新たな宇宙の産声』そのもの! 至高神様は、この娯楽施設で遊戯を装いながら、新たな生命の理を紡いでおられたのだ!!)』
『おおお! 新たな宇宙の柱を創り出した至高神様に、無限の感謝と信仰をォォォッ!』
「いや、違うって! 俺はただロボットアニメの主題歌を歌ってストレス発散してただけで――」
ズゴゴゴゴゴォォォォォンッッ!!!
俺の悲痛な弁解は、温泉街の地殻そのものを揺るがす『数万の神々による同時ジャンピング五体投地(土下座)』の凄まじい地響きにかき消された。
『至高神様、万歳!』『我らが救世主に、大宇宙の祝福を!』『どうかその世界樹の枝を一欠片、我が神殿にィィィ!』
眼下に広がるのは、もはや狂気すら感じる熱狂的な信仰の嵐。
俺がカラオケのVIPルームで適当にシャウトしただけで、温泉街が『新興宗教の総本山』みたいになってしまったのだ。
「……ジン。チャンス到来」
いつの間にかルナが俺の拘束をすり抜け、バルコニーの縁に立って、眼下で土下座する神々に向かって巨大なメガホン(これもどこから出した)を構えていた。
「……あー、テステス。そこの土下座してる神々。……至高神が創り出したこの『始まりの世界樹』、今なら特別に葉っぱ一枚につき金貨一億枚で頒布してあげる。……枝なら五百億枚。現金一括、または星の権利書での支払いのみ受け付ける」
『おおおおおっ! 買います! 我が銀河の国家予算をすべて投げ打ってでも!』
『ズルいぞ! まずは我ら太陽神の派閥からだ!』
「お前は神々の信仰心をオークションにかけるなァァァッ!!」
俺が再びルナに飛びかかろうとした瞬間。
ピロリン♪
この世で最も空気を読まない、しかし最も正確に俺の絶望を刻み込むシステムログが、視界の中央にデカデカと浮かび上がった。
【ステータス更新】
名前:霧雨神
職業:用務員(兼・宇宙のカリスマシンガー)
称号:
【世界樹の創造主】
(ただの音痴なカラオケで枯れた盆栽を世界樹にまで急成長させた、生命の歌い手。その歌声は全次元の植物を狂わせる)
【神々の鼓膜破壊者】
(その絶望的な不協和音は神域の絶対防音結界すら粉砕し、全次元に『宇宙の産声』として響き渡った)
現在の状況:
ストレス発散のカラオケが『宇宙創生の儀式』と完全に勘違いされました。神々の信仰心は限界を突破し、ルナが世界樹の伐採権と葉っぱを巡って神々と高額な商談を始めています。アリスは現在、黄金の林檎を38個完食しました。
「……もう、帰りたい。俺の平和なニート生活、なんでこんな遠ざかる一方なんだよ……」
俺は、メガホンで神界の経済を破壊しにかかっているルナと、木の上でフルーツバイキングを堪能しているアリス、そしてマイクを御神体として祈り続けているメリルを放置して、吹き飛んだカラオケルームの床に大の字に倒れ込んだ。
クソ爺(神様)。
あいつを見つけて、この理不尽すぎる勘違い地獄を終わらせなければ、俺が本当に『全宇宙の至高神』として玉座に縛り付けられるのは、もはや時間の問題だった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
ただカラオケでアニソンを熱唱しただけなのに、音痴のせいで「枯れた盆栽」を世界樹に急成長させてしまったジンくんです(笑)。
アリスのフルーツバイキングに、ルナの神殺しチェーンソー&メガホンでのぼったくりオークションと、仲間たちの暴走も絶好調ですね!
「音痴が世界を救う展開草」「ルナの商魂たくましすぎる!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、大変励みになります!次回もよろしくお願いいたします!




