第48話 温泉街の射的屋 〜俺のコルク銃が次元の歪みを撃ち抜いた〜
「はぁ、はぁ……っ。ここまで来れば、さすがに追いかけてこないだろ……」
俺、霧雨神は、温泉街の路地裏にある提灯の影に隠れながら、荒い息を吐いた。
先ほど娯楽施設の卓球台で「空振りした風圧で隕石を打ち返す」という謎の奇跡を起こしてしまい、全宇宙の神々から教祖のように崇め奉られてしまったため、たまらず逃げ出してきたのだ。
背中からは相変わらず、ダサい浴衣のプリントから生じた『超極太ビッグバン後光』が煌々と輝いているが、路地裏の暗がりのおかげで少しだけ目立たなくなっている(気がする)。
「まったく……。俺はただクソ爺(神様)を見つけて、あの十五万匹のペットの飼育費を請求したいだけなのに」
「……ジン。逃げるなんて勿体ない。……あのまま土下座ロードを歩いていれば、今頃私は全銀河の神殿の所有権を握れていた」
ルナが、神々から巻き上げた国宝(権利書や神器)でパンパンになった巨大リュックを背負いながら、不満げに頬を膨らませている。
「お前のその強欲さの方が神話級の災厄だよ! これ以上目立ったら、クソ爺に逃げられるかもしれないだろ!」
「……お兄さん、アリス、喉乾いた。あそこのお店の『ラムネ』、飲みたい」
アリスが指差した先には、路地裏にひっそりと佇む、古びた屋台があった。
屋台の暖簾には『次元射的屋・的あて』と書かれており、景品棚には神話の宝具っぽい怪しげなツボやら剣やらが並んでいる。そしてその端っこに、なぜか普通の瓶入りラムネが置かれていた。
「おっ、射的か。温泉街の定番だな。しかもあの店主、寝てるみたいだし」
屋台の奥では、顔に手ぬぐいを乗せた店主(どう見ても高位の精霊か何か)が、ぐうぐうとイビキをかいて居眠りしている。
ここなら、神々に土下座されることなく、平穏に遊べそうだ。
「よし、ラムネくらい取ってやるよ。すいませーん、一回やらせてくださーい」
俺はカウンターに小銭(ルナから前借りした銅貨)を置き、立てかけられていた年季の入った『コルク銃』を手に取った。
遊園地や縁日にある、あの「ポンッ」と気の抜けた音が出るオモチャの銃である。
「……マスター。その遊戯は、いかなる『狙撃訓練』なのでしょうか?」
メリルが、俺の構えたオモチャの銃を、まるで伝説の神滅兵器でも見るかのような真剣な眼差しで見つめてきた。
「訓練じゃないってば。あの弾を飛ばして、景品に当てて落とすだけの遊びだよ。見てろよー」
俺は射的台に身を乗り出し、アリスが欲しがっている瓶ラムネに狙いを定めた。
「(……ん? なんか、あのラムネの横の空間、ちょっと歪んでないか?)」
片目をつぶって狙いを定めた時、俺は景品棚の奥――ラムネの瓶のすぐ横の空間が、陽炎のようにモヤモヤと歪んでいることに気がついた。
だが、射的屋の背景の布のシワか何かだろうと気にも留めず、俺はコルク銃の引き金を引いた。
ポンッ。
間の抜けた音と共に、コルク弾が放物線を描いて飛んでいく。
「あっ、やべ。右にズレた」
俺の放ったコルク弾は、狙っていたラムネを大きく逸れ、その横にあった『空間の歪み』のど真ん中へと吸い込まれていった。
その瞬間だった。
パリィィィィンッッ!!!
「えっ!?」
俺が撃ったコルク弾が当たった瞬間、ラムネの横にあった『空間の歪み』が、鏡が割れるように砕け散った。
そして、その割れた空間の奥から、禍々しい漆黒の渦――すべてを吸い込むような『小さなブラックホール』のようなものが一瞬だけ顔を出し……。
スポンッ!
俺の放った『ただのコルク弾』が、そのブラックホールの中心にジャストフィットで突き刺さり、まるで瓶に栓をするように完全に塞いでしまったのだ。
シュウゥゥゥ……と音を立てて、空間の歪みごとブラックホールが綺麗に消滅していく。
◇
「あ、やべ。お店の背景の布、破いちゃったかな?」
俺が焦ってコルク銃を下ろすと、屋台の奥で手ぬぐいを顔に乗せて寝ていた店主が、バネ仕掛けのように跳ね起きた。
『な、な、ななな……ッ!?』
手ぬぐいが落ちて現れたのは、長い白髭を生やし、星空のようなローブを羽織った『時空神(クロノス的なお爺さん)』だった。
店主(時空神)は、消滅した空間の歪みと、俺の手にあるオモチャの銃を交互に見比べ、目をひん剥いて震えだした。
『ば、馬鹿な……! 我が数万年かけて魔力を注ぎ込み、辛うじて封じ込めていた『次元崩壊の特異点』が……!!』
「(と、とくいてん? なんだそれ、射的の隠しマトか?)」
『た、ただの木の栓で、特異点の中心核をピンポイントで撃ち抜き、次元の穴を塞いだとでもいうのか!? いかなる神業……ハッ!?』
店主は俺の背中――ダサい浴衣から天を衝くように伸びる『超極太ビッグバン後光』を見て、ヒィッと短い悲鳴を上げ、屋台のカウンター越しにジャンピング土下座を決めた。
『し、至高神様ァァァッ!! お忍びとは存じず、無礼を働きました! まさか、我が力不足で放置してしまっていた次元の綻びを、御自ら「遊戯のついで」に処理してくださるとは!』
「いや、俺はただラムネを狙っただけで……」
『(なんという恐るべき狙撃術……! 次元の狭間から漏れ出す超重力を計算し尽くし、あのような玩具の銃で事象の地平線を撃ち抜くなど……! もしや、このお方は全宇宙の理を司る『始まりの狙撃手』!?)』
時空神の目には、俺がゴルゴ並みの超絶スナイパー(兼・宇宙の救世主)に見えているらしい。
「……お兄さん、ラムネ取れなかったけど、黒いアメ玉落ちてきた。食べる」
アリスが射的のマトの裏から、コルクが刺さってビー玉サイズに圧縮された『ブラックホールの核』を拾い上げ、呑気に口に入れようとしている。
「バカ! 床に落ちた謎の黒い玉を食うな! 絶対お腹壊すぞ!」
俺が慌ててアリスから黒い玉を取り上げると、横からルナがシュバッと手を伸ばしてきた。
「……ジン、それ『特異点のコア』。……裏市場のオークションに出せば、金貨五千億枚からスタート。……私、これで宇宙艦隊作る」
ルナがルーペを目に当てて鑑定し、とんでもないインフレ価格を叩き出した。
「お前はどこに向かってるんだよ! 艦隊作って誰と戦争する気だよ! あと勝手に換金すんな!」
俺は強欲な金庫番にツッコミを入れつつ、土下座して震えている店主に声をかけた。
「あー、店主さん。なんかマト壊しちゃってすいません。これ、代金と弁償代です」
俺はカウンターの上に、ルナから前借りした銅貨を数枚チャリンと置いた。
『ひぃぃぃっ! べ、弁償などと滅相もない! むしろこちらが世界を救っていただいた報酬をお支払いせねばならない立場!』
時空神は涙目になりながら、射的の景品棚を丸ごと(神話の宝具から瓶ラムネまで全部)俺の前に押し出してきた。
『どうか! どうかこの時空神の全財産をお納めください! そして、私が居眠りサボタージュしていたことは、どうか神界の上層部には内密にィィィ!』
「……マスター。見事な狙撃でした。空間の綻びを察知し、玩具の銃で次元を縫い合わせる……。マスターの御前では、どんな隠密も、どんな次元の脅威も、射的の的以下の存在にすぎないのですね」
メリルが愛剣を抱きしめ、またしても俺の行動を『宇宙レベルの神業』として極大解釈し、うっとりと頬を染めている。
「だから俺はただ、アリスにラムネを取ってやりたかっただけなんだってば!」
俺の悲痛な叫びは、またしても時空神の「至高神様バンザーイ!」という歓喜の声にかき消されていくのだった。
◇
「はぁ……。もういいよ、ラムネだけもらうから」
俺は時空神が押し付けてきた神話級の宝具の山をスルーして、当初の目的だった普通の瓶ラムネを一本だけ手に取った。
「ほらアリス、ラムネだ。これで満足だろ?」
「……んぐんぐ、ぷはー。お兄さん、シュワシュワして美味しい。……おかわり」
「一本で我慢しろ! これ以上ここにいたら、また変なことに巻き込まれる!」
俺はアリスの手を引き、そそくさと射的屋を後にしようとした。
だが、俺の『不運スキル』は、温泉街の片隅でひっそりと逃亡することを許してくれなかった。
『そこの者たち、待たれよ!』
路地の入り口から、眩い光と共に、重武装した天使や神将(温泉街のパトロール隊)の集団が現れたのだ。
「(げっ!? 温泉街の警察!? ヤバい、射的の的を壊したのバレたか!?)」
俺は心臓を跳ね上がらせ、思わずビクッと肩を揺らした。
パトロール隊の隊長らしき六枚羽の大天使が、厳しい顔つきでこちらへ歩み寄ってくる。
『たった今、この区画で【特異点クラスの時空崩壊】の反応が……ん?』
大天使は、俺の背中から天を貫いている『超極太ビッグバン後光』と、その足元で土下座して震え上がっている時空神を見て、ピタリと動きを止めた。
『な……こ、これは……!?』
「あ、いや! 違います! 俺はただラムネを撃っただけで、その、このお爺さんが勝手に……!」
俺が必死に弁解しようと両手を振るが、大天使の目は、俺の足元に転がっている『コルクで塞がれたブラックホールの核』に釘付けになっていた。
『(……ば、馬鹿な! 我々神界の防衛軍が総出でも対処不能だった『次元の穴』が、ただの玩具の木栓で完璧に処理されている!?)』
大天使が顔面蒼白になり、ガタガタと鎧を鳴らして震え始めた。
『(しかも、あの絶対的な神威……! 時空神殿の長であるクロノス様すらも平伏させる、至高の存在……! ま、まさか、創造主様が『抜き打ちの特別監査』に来られたというのか!?)』
大天使は「ヒッ!」と悲鳴を上げ、部下たちを巻き込んで一斉にその場に五体投地(ジャンピング土下座)を決めた。
『ははぁぁぁッ!! し、至高神様、抜き打ちの特別監査ご苦労様であります! 我々防衛軍、巡回警備に一切の怠慢はございませんッ!!』
「……え? かんさ?」
俺がポカンとしていると、ルナがまたしてもシュバッと大天使の前に進み出た。
「……ジン。計算終わった。……特別監査の『コンサルティング料』および『次元崩壊未然防止ボーナス』。……〆て金貨三千億枚。神界の国家予算から直接引き落とす。拒否すれば汚職で告発する」
「お前、警察(防衛軍)からカツアゲしようとするな! 公務執行妨害で捕まるだろ!」
俺が慌ててルナを羽交い締めにしていると、メリルがウンウンと深く頷いていた。
「……マスター。不届きな時空神の怠慢を暴き、神界の防衛軍にまで己の武(狙撃)を示す……。これぞまさに、世界の頂点に立つ者の『特別視察』ですね。彼らも、マスターのコルク銃に撃ち抜かれず安堵していることでしょう」
「だから視察じゃない! ただラムネ飲みたかっただけだ! もう勘弁してくれぇ!」
ピロリン♪
俺の悲鳴に被せるように、空気を読まないシステムログが鳴り響く。
【ステータス更新】
名前:霧雨神
職業:用務員(兼・全次元の抜き打ち監査官)
称号:
【次元の狙撃手】
(コルク銃で事象の地平線を撃ち抜き、次元を縫合した伝説のガンマンの証)
【神界を震え上がらせる者】
(温泉街の路地裏で遊んでいただけで、警察(神々)に土下座させた絶対権力者)
現在の状況:
射的でブラックホールを撃ち抜いたことで、神界の防衛軍から「恐怖の特別監査」だと誤認されました。ルナが国家予算を請求し始めたため、神々の経済が崩壊する寸前です。
「……もうやだ。温泉入る前に、俺の精神が崩壊する……」
俺はコルク銃をそっとカウンターに戻し、土下座し続ける防衛軍と時空神を放置して、逃げるように路地裏から駆け出した。
クソ爺(神様)。あいつを見つけてこの理不尽な状況を終わらせなければ、俺が全次元の王に祭り上げられてしまうのは時間の問題だ。
いつもお読みいただきありがとうございます!
ただラムネを狙っただけなのに、射的のコルク弾で「ブラックホールに栓をして次元を縫合」してしまったジンくんです(笑)。
時空神のジャンピング土下座に続き、神界の防衛軍(警察)にまで「抜き打ち監査」と勘違いされてしまいました!ルナの請求額がついに国家予算レベルに到達しています!
「コルク銃で世界を救うな!」「ルナのぼったくり無双草」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、大変励みになります!次回もよろしくお願いいたします!




