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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【改稿版】  作者: 稿 累華
第1章:落ち着きのない子

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8話:落ち着かない理由(1)

(なにから話しましょうか)



 シェイラはどことなく緊張している様子のキルシュを見て、話題の切り出し方を考えていた。

 完全ではないけれど、そこそこの信頼は寄せてもらっていると感じる。だからこそ、切り出し方をまちがえると詰んでしまう。仕損じた関係を戻すのには時間がかかってしまうだろう。

 なにから話すのが得策か、頭をひねる。


 ひねってもたいしたことは思い浮かばず、ふと、昔の婚約者の顔が浮かんだ。


(あの人だったら……)


 きっとやわらかく、なにかを隠すようでもなく、素直に尋ねるのだろうと思った。

 そう思い至ると、キルシュにも率直に尋ねてみようと唇を湿らす。



「──キルシュ師は、なにを大事にして、教えていらっしゃいますか?」



 シェイラが尋ねれば、キルシュは黒い目を瞠(みは)ってシェイラを見返した。



「キルシュ師が大事にしていることを踏まえながら、ユートさんのことをお話したいです」


「私は……」



 シェイラが繰り返すと、キルシュは幾分ためらうようにして唇を引き結んだ。視線が離れ、ひび割れた石の床に移ろう。

 言葉を継ごうとして、やめた。急かすものでも、無理やり話させるものでもなかった。


 きっと彼だったら、彼であれば、そうやって待つであろうと思った。


 静かなる沈黙にとけこむように待ってみる。石の床に静寂がとけこむ。

 ややもすると、キルシュの移ろっていた双眸(そうぼう)が、シェイラに戻った。引き結ばれていた唇が、縫合がほどけるようにして開かれる。



「私は……私の学環では、規律を大事にしています」



 シェイラは肯いた。羽筆(ペン)と墨壺(インクつぼ)を出して、筆記本(ノート)に記録する。書かなくても覚えられたが、あなたの気持ちを大事にしたいという尊重を込めて記した。

 規律、と共通文字で書いて、下線をしゃっと引く。



「たとえば……、授業中は私語を話さないとか、椅子に座って過ごすとか、そういうことですか?」



 たしかめる。すぐに肯定があった。



「……はい。集団の統率のために、規律は必要なものだと思っています」



 そこに否定するべきものは見つからなかった。

 学環の統率のためには、ある程度の規律はあったほうがよい。それは同意だ。規律も約束もなにもない集団というのは、集団それ自体の強靭さが試されてしまう。



「わかりました」



 初日に感じたこともあったが、頭から振り払った。自分が感じたことよりも、学環を仕切るキルシュがどう考えるのかが大事だった。そのなかで、どうできるか。どう工夫するか。それを考えるのが、自分の仕事なのだ。


 シェイラは緊張するキルシュをほぐすように、にっこりと笑った。



「では、規律を重んじつつ、手立てを講じていきましょう」



 キルシュは、どこかほっとしたように肩の力を抜いているように見えた。その様子を確認して、シェイラもほっとする。切り出し方はまちがっていないようだった。

 ここからは、シェイラが話す番だ。



「まず、わたしが分析できていることをお話させてください」



 少し難しい話かもしれませんが、と断って一呼吸置く。

 息を吐き出すように、唇を開いた。



「──ユートさんの場合、あらゆる根本の原因は、感覚の感じ方や使い方がうまくいっていないことです。感覚が鈍いのです」


「感覚……?」



 キルシュが自らも筆記本を出しながら尋ねる。



「はい。特に、皮膚の内側、体の内部の感覚です。キルシュ師は、感覚には五感以外にあるのも知っていますか?」



 シェイラの問いにキルシュの首が振られる。はじめて聞いたという表情だった。

 シェイラは、なるべく伝わりやすいように、言葉を選んでいく。



「ヴェッセンダリアでは、身体学という学問があります。分類次第によりますが、五感以外にも細かく分けると十を超えます。その十をすべて説明していると話が脱線してしまうので、ここではふたつの感覚をまとめて話します。



 ひとつ目は、体の筋肉や関節、腱などの動きを感じる感覚です。もうひとつは、体の平衡感覚や、加速度を感じるような感覚です。どちらも、だいたいの人は無意識に使ってるものです」

 シェイラはそこで、一旦言葉を区切った。はじめて聞く概念だろう。具体例を付け加える。



「たとえば、わたしたちであれば、さきほど椅子に座る時に腰を下ろしたり、机のあいだを移動したりしたと思いますが、物にぶつからずにそういった動きができるのは、きちんとひとつ目の感覚が働いている証拠です」


 へえ、とキルシュが言う。面白いと表情が言っていた。

 もうひとつの例は、とシェイラは、にやっと笑う。



「箒に乗って空を飛ぶ、というあれがあるじゃないですか」


「ああ……あれですね」



 キルシュが苦笑する。生活魔術を多く習うようになる中等部で流行るのだ。

 なぜか皆、箒なんかに乗って空を飛びたがる。



「あれで、すごい速度を出して楽しむ子と、こわいこわいと泣いてやらない子っていませんか?」


「いますね」



 キルシュが昔担当した子どもたちを思い出すように笑った。



「まさに、それが感覚の感じ方に関係します。人によっては鈍かったり、逆に敏感だったりします。ユートさんは、どちらの感覚も鈍いように見えます」


「鈍いと判断できる行動が?」


「先日、体術と算術の授業で見て取れました。鈍いと、どういう行動に結びつくと思いますか?」



 逆に問われたキルシュは、顎に指を当てて考えた。

 ユートの行動を思い出しているのか。今日知った情報から推測しているのか。どちらの情報も照合しているのかわからなかったが、しばし考える時間があった。


 それから、はたと気づいたように口を開く。



「行動が大きくなる……?」


 

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