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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【改稿版】  作者: 稿 累華
第1章:落ち着きのない子

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7/22

7話:殲滅

「──〈螟蛾(めいが)〉だーっ!!」



 どこからともなく胴間声(どうまごえ)が轟いた。


 教師や教導師だけでなく、子どもたちの動きもはやかった。授業と授業の合間の時間、初等部の子どもたちは恐怖から混乱しそうになったなかで、担任たちが急ぎ屋内に誘導する。シェイラといた三年生も、ユートを含め、顔に恐怖を浮かべながら、学舎に移動した。

 日頃からの、訓練のたまものだった。


 教導師たちが中庭に集まる。まだこういった事態に慣れていない教師たちが子どものところに残り、中堅以降のもの──教導師が〈螟蛾〉の撃退について会話する。キルシュも講堂から出てくると、近くにいた教師にさきほどの男児を預けて、集まった。


(さて、どうしましょうか)


 一瞬、教導師のお手並みでも拝見するか、と思ったが、シェイラは首を振った。鍛錬された感覚で〈螟蛾〉が近いことを知る。


(十……三十……四十七といったところですかね)


 〈螟蛾〉は霧から発生する蟲のなかでも弱いほうに類するが、数が多いと厄介だ。教導師たちを──敬意を抱いたキルシュを怪我させたくない。



「ちょっと活躍して見せましょうか」



 シェイラは、教導師たちに声をかけると、妖艶な笑みを浮かべた。

 翅を開き、鐘楼を越え、屹立する一番高い塔の、尖塔よりさらに高くまで昇る。

 毒の鱗粉を撒きながら、羽ばたく〈螟蛾〉の群れを{強化}で捉えた。


 数は、あやまっていない。



「いきますよ」



 シェイラの〈脈〉が活性化した。連関するのは、右人差し指。十二の触媒のひとつ。六色の貴石を束ね、元素魔術を触媒とする。

 銀の魔力が練り上げられて、破棄した詠唱の名のもとに、シェイラの背後には、魔法陣がいくつも浮かび上がった。


 さきほどの実践の授業。

 青い猛炎。

 それを、シェイラらしく、再現する。


 指を払えば、途端に陣から、青い炎の渦が噴射した。

 〈螟蛾〉の群れをまたたく間に焼き払っていく。

 散った毒の粉をつづけざまの風で払い、塵に〈螟蛾〉が、雲散する。


 シェイラが講堂前の広場に下降すれば、教室から出てきた子どもたちが、シェイラを囲った。



「先生、かっけえ!」



 皆、目を輝かせて見上げるので、シェイラも思わず照れてしまう。真っ先にやって来たユートに、視線の高さを合わせるように腰を下ろす。



「かっこよかったですか?」



 シェイラが、ユートの言葉に返すと、皆うんうんと肯く。ユートも、アブラムシやテントウムシを見つけた時のように、青い瞳をきらきらとさせていた。



「ありがとうございます。──ユートさんも、あれくらいならきっと、できるようになりますよ?」


「え、おれ?」



 急に自分に矢印が向いて、ユートがびっくりする。皆の視線がユートに集まった。



「はい。さっきの授業では火炎の制御が難しかったと思いますが、きちんとあなたに合った方法で学べば、できるようになりますとも」



 シェイラが自信と期待を持って伝えると、ユートが後頭部をかきながら恥ずかしそうにする。



「──さあ、皆さん、〈螟蛾(めいが)〉の脅威は去りましたから、授業を再開しますよ」



 キルシュ師が戻ってくると、皆は不満そうに声をあげた。







 放課後、シェイラは空き教室にいた。

 地理の授業が行われていたらしい。幅広で長い教卓には、地理の授業そのままに、一馬身はあるのではないかと言うくらいの大きな渾天儀(アーミラリ)が置かれたままだった。


 中心の球の周りに、真鍮でできた輪がいくつもある。輪はぐるりぐるりと、それぞれ回りたい方向に回りつづける。耳鳴りのような遠鳴りのような、不可思議な音を教室内に響かせていた。

 渾天儀は、今後学ぶ占星術に必須のものだった。星詠みや霧詠みになるものは必ずこれを使う。


(扱うのは、三年生でしたか)


 シェイラは動く渾天儀にふれてみる。

 そうすると、これまで好き放題動いていたのが嘘のように、ふれた指先に輪が集まるようになった。指先を離せば、またばらばらに動き出す。再度ふれてみれば、一斉に集まり出す。


 まるでシェイラの先は見通せない、あるいは、ひとつしかない。

 そう言っているような動きであった。



「お待たせしてすみません!」



 慌てたようにキルシュ師が教室に入ってきたのは、シェイラが手を離したあとのことだった。

 キルシュは出しっぱなしになっている渾天儀を見て、杖を振るう。真鍮の塊はかき消えて、{転送}の残光の粉が舞った。教卓が広々とする。



「どうぞおかけください」



 また杖がふるわれると、椅子が一脚歩いてやってきて、シェイラの体に沿うように曲がりくねる。ちょうどよく、腰かけられる高さになった。



「ありがとうございます」



 シェイラは礼を言う。キルシュもまた別の椅子に腰かけるのを認めてから、では、と切り出した。



「お話しましょうか」







 キルシュは、目の前のうら若い導師を見やった。へらへらじゃらじゃらしている娘だと、思っていた。

 キルシュの実の娘より幾分歳上くらいだろう。年齢は聞いていないが、ヴェッセンダリアの若き天才。最年少の導師、という噂だけ小耳に挟んでいた。

 これまでシェイラと同様にやって来た導師たちに、キルシュはあまりいい思いを抱いていなかった。

 一度見ただけで偉そうに言ってくることや、お前の教え方が悪いのだと暗になじられた。


 そういった助言、もとい指摘は、キルシュの誇りを傷つける。


 キルシュとて今の教え方を最良とは思っていない。教導師という立場にあるからこそ、よりよくしていきたいと思っている。教えることがきらいなわけではない。むしろ、好きだからこそ、子どもたちの笑顔を見たいからこそ、この仕事に就いている。


 教師という職についてもう二十年。魔法使いや魔術師、あるいは魔導師のたまごを何百人と送り出してきているのだ。

 されど、キルシュはこの数年、どこか漫然と教鞭を取ってしまっている自覚があった。


 教えるのがきらいになったわけでも、子どもに興味がなくなったわけでもない。新任の時とは異なる、こなしてしまっている感じがあった。


 なぜなのだろう。


 教導師になってからかもしれない。段々と、そうなっていた。

 蟲と戦うようになって、戦闘技術を磨かなければいけなくなったからなのか。校内で担う分掌(ぶんしょう)が重くなったからなのか。もしかしたらそう、新任の面倒を見なければいけなくなったからかもしれない。


 同じ学年にも、今年教師になったばかりの、やさしくおだやかな新任がいる。けれど、新学年が開始して一ヶ月、早速、学環の統制が取れなくなってしまっている。

 キルシュは放課後、その新任から相談を受けていたが、実際に授業の様子を目にすることはあまりできなかった。同じ時間、授業を行っているからだ。


 見に行った数少ないなかで感じたのは、伝え方がよくないということだった。子どもたちの様子を見ていない、と。

 なによりも、学環のなかでどこまでその言動はよいのか、どこからが許せないことなのか、定まっていないことが気になった。新任のなかで曖昧模糊としてしまっているのだろう。新任だからわからないのは当然だ。わかる者、嗅覚が優れて感覚でこなしている者もいるが、ふつうは経験していないからわからない。


 子どもは教師が曖昧だと揺れるものだ。揺れて、振り幅が大きくなる。どこまでもどこまでも、大きくなる。どこまで行ってよいのか止めてやらねば、振り子のように、子どもたち自身も加減がわからなくなってしまうのだ。


 特に、集団だとその幅が突然大きくなることがある。集団の力は大きく、正しいほうに導いてやればよいように作用するが、正しく導いてやらねば、悪いように作用する。転がっていくように振り幅が多くなり、そしてある時、振り子がぽきっと折れるのだ。そうなると、集団が、学環が、統率を取れなくなる。


 だから、キルシュは自身の学環では規律を大事にしていた。やってよいこと悪いこと、言ってよいこと悪いこと、それらを教えるのは教師の役目だと思う。

 さきほどの実践の授業で、〈穢民〉という言葉を使った子がいた。悪気がなくとも、使ってはならぬことを教えてやらねば、あの子は人間としてあやまった方向に行ってしまう。


 ──今それをつづけたら将来どうなってしまうのか。


 考えながら、キルシュは規律を強いていた。

 自分のなかの規律が確固としてしまったからこそ、漫然と授業を行うようになっているのかもしれない。

 結果、つまらない授業になっているのかもしれない。ほんとうは面白くしたい。楽しく学んで欲しい。


 けれど、ユートのように動きが激しい子やじっとしていられない子にとって、盛り上げすぎてしまうと、それはそれで刺激になってしまう。どうしても今のような形になってしまうのだ。


 悩ましいところだ。二十年やっていても悩ましい。若い頃のほうが、もっと思いきりがよかったかもしれない。


 そういう悩ましいことを、この目の前の娘には話しづらかった。

 悪い娘ではないと思う。ちょっとしたやり取りを見ているだけでも、子どもとの関わり方がうまい。キルシュのように経験で覚えたのではなく、嗅覚が優れている関わりだ。少しだけうらやましい。


 キルシュはシェイラのようにユートとは関われない。

 それは、東にある月ノ斎王国の白砂を口に含んでいるような気分だった。


(この娘は自分の授業に対してなんと言ってくるのだろう)


 つまらないと言ってくるのだろうか。いや、人の気分を害するようなことを言う娘ではないと思う。

 何人かの導師たちと関わってきたが、若いからなのだろうか、この娘はちがう。

 さきほどの戦いも、すさまじかった。キルシュはこの二十年で、導師のなかでもあんな戦い方をしている人間を見たことがない。


 一方的な殲滅。


 背筋がぞっとするような心地がした。

 へらへらしているように見せかけて、結晶魔術で扱う青金石のような瞳の奥底には、なにか得体の知れないものがあるようだった。


 先に師事していた人間が亡くなっているという情報も相まって、キルシュはうすら寒いものを感じていた。

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