40話:精霊魔術と大地の魔法
宵闇の底より
火炎が命を孕み
風が煽る
やがて訪るる水が静寂をもたらし
聖なる福音とともに
大地が揺籃となろう
シェイラは、『大地ノ書』の文字面をなぞる。凸版印刷の凸凹とした感覚が指の腹をなでた。
中表紙に記されているのは、元素魔術の成り立ちを表していた。
闇・火・風・水・聖・大地の順に生まれた魔法たち。
あらゆる魔法や魔術のなかで、一番はじめに生まれたのが、闇・火・風・水だった。魔導大戦を経て、サージェシア全体が〈霧〉に包まれるようになった頃、聖属性が加わり、最大の魔法である大地の属性が加わった。
『大地ノ書』は六番目に、魔導師ガルバーンによって編纂されたものだ。サージェストの六番目の弟子であるガルバーンは、六大元素魔術を定義し、その魔導書を作り上げた。
このガルバディア王国は、ガルバーンを祖として建国されている。
だから、ガルバディアには、ユートのような四大元素魔術の家や、リヨンのような特定の元素に特化した魔法使いや魔術師が多い。
極めているのが、ガルバーンを祖とする王族だ。
今上は、絶対女王とされるグシェアネス。
祖であるガルバーン以来の強大な〈導脈〉を持つと言われている。蟲が多くなる冬には、前線へと出て、その力をふるうのをいとわないという。
「うーん、あんまりこれは役に立ちませんね」
シェイラは、ぱたんと『大地ノ書』を閉じる。
精霊魔術の理解を深めるのに、あらためて開いてみたけれど、記憶しているとおりにしか書かれていない。
大地の魔法は、精霊魔術と共通しているものがあるのだ。
大地の魔法は、〈導脈〉の魔力で大地を呼び起こす。
精霊魔術は、大地に宿る精霊の力を借りて行使する。
大地を感じるという点で、通っているものが同じだった。
そこに、セレリウスの困りをなんとかするものがないかと思っていたが、書から得られるものはなかった。
(やはり精霊魔術そのものを調べないといけませんね)
シェイラは、立ち上がる。
魔導具にあふれた自身の研究室を出ると、図書ノ塔へと向かう。
長外套に留めている〈導師〉の肩留め徽章を認めてもらい、上階への昇降機に乗る。下階は、学生などに一般開放されているが、上階には資格がないと入れない。貴重な魔導書や歴史書などが保管されているからだ。
シェイラは上階へと辿り着くと、人気の少ない書架を自由に{浮遊}する。
目的の書棚を見つければ、数冊に{浮遊}をかけて、適当な長卓のそばに降り立った。
迫持窓から差し込む光がおだやかに、つやのある煉瓦色の長卓を照らす。一冊を開けば、文字が入り込んでくるようだった。
〈精霊界〉という言葉がまず飛び込んでくる。
光と水と緑の世界。
吐息のような空気。
サージェシアの大地に重なるように、されど隣り合う世界。
ささやくような精霊たちの声。
彼らの声を聞き、彼らの心を聴き、つながり合う。
虹色の目はつながりの証。
魔法の出口。
(随分と詩的な表現です)
二冊目。
虹の双眼は、真実の眼なり。大地を媒介に、双眼は真実なる〈精霊界〉を捉える。
精霊とは、〈霧蟲〉や魔獣とは異なる存在なり。星の命の御使いであり、分子である。彼らを知り、彼らも知り、なして力を得ん。
(精霊さんたちと仲よしになれってことですね)
次、三冊目。
精霊は、大地をゆりかごとする。大地は彼らの心を知る。
精霊魔術とは、彼らの心とともに、神秘を扱う。森人は、彼らの心を知るため、大地とともに育つ。紫水マツや銀ブナの根を揺りかごに、枝を遊び場に、葉が茂っていくように心を知っていく。
そうして、〈精霊界〉が視えるようになり、彼らを感じ、彼らと心を通わせ、力を借り受けるのだ。
──精霊と心を通わせる。
どの書にも、書かれていた。
精霊魔術を扱うのには必須なのであろう。
(ですが……)
セレリウス少年を思い出す。
どこか焦点の合わない、けれどこちらの真実を覗き込むようにする目。えらい人には敬意を払わなければいけない理由を問うてきた口ぶり。シェイラやターニャとのやり取り。
なにより、彼は女王国の大地で育っていない。孤児院で育って、今は貴族の養子だ。
(セレリウスさんに、心の交流を教えてくれる人はいたのでしょうか……?)
学院ですれちがったセレリウスの友人と思しき人物。セレリウスのことを理解しているであろう振る舞いだった。
ひとつ、救いだった。
だが、先日の様子やフェノアから聞いたことを考えると、簡単に解決できない問題が鎮座していた。
フェノアは、言っていた。
「──あの子、空気が読めないのよね」
シェイラが、ターニャ師と別れたあとのことだ。王都に戻る道すがら聞いたのだ。
「空気以前に、人の気持がわからないというのかしら? 授業をしていても、そんなこと言っちゃう? ってこと言っちゃうのよね。
去年、私の授業で、歌の発表があったのだけど、ちょっと歌の苦手な子が一生懸命小さい声で歌っていたの。ふつう、それでも頑張っているんだなって、みんな思うじゃない? でもあの子、『先生、今の聞こえましたか? 僕には聞こえませんでした。評価どうやって付けるんですか?』って言っちゃったのよ。みんなの前で。もう授業が凍りついたのなんの。その子は泣きはじめてしまうし……大変だったわ」
「それ、結局、どうしたんですか?」
「ヨハルくんっていうあの子の幼なじみがいるんだけどね。その子がなんとかしてくれたのよ。
私は謝りなさいって言ったのだけど、セレリウスくんはむすっと黙り込んじゃってね。すごく不機嫌そうな顔をするのよ。膠着していたら、ヨハルくんが説得してくれて、そしたら嘘みたいにあの子も申しわけなさそうに謝罪して……その場はなんとかなったわ。だけど、言われた子はすごく傷つくでしょう? その子の親からは、来年は学環を離してほしいという要望もあって今は離れているけど……彼女はまだ、歌の授業になると怖気づいちゃって……今も傷になっていると思う」
シェイラは、言われた彼女も、セレリウスも、不憫に感じた。
状況と組み合わせがよくなかった。
その彼女はきっと恥ずかしいながらも懸命に歌っていた。セレリウスは思ったことを言っただけ。
たとえば、セレリウスが、授業後にこっそりフェノアに聞いたのであれば、大きな問題にならなかっただろう。けれど、状況が重なった。みんなの前でセレリウスから指摘された彼女は、死ぬほど恥ずかしくつらい思いをしただろう。
なぜ、自分の振る舞いがいけないのかわからなかったセレリウスは、フェノアから注意をされ、学友たちからは白い目で見られて、困惑し、いらだちを覚えただろう。
セレリウスの立場や視点に立てば、苦しい。わからないのだから。ほんとうにわからないのだろう。自分の発言で相手がどう思うのか。自分の発言が、その場にどういう影響をもたらすのか、理解できないのだ。目の前に霧がたち込めているように。
(この時期だからこそ、余計につらいでしょう)
多感な年頃の子たちが集まる学院だからこそ、特に問題になる。
初等部や中等部にいる頃であれば、小さな頃からずっと育ってきた学友たちが揃っている。だが、県の地域から集まってきた子たちが一緒くたになった学院では、セレリウスのことは知られていない。
──空気が読めないやつ。
紙札を貼られて、大衆から除け者にされるのは容易に想像がついた。
なんとか、ヨハルという幼馴染が一緒にいるから保っている。そんなところだろう。
(ほんとうなら、親や、だれかから教えてもらえそうなことです)
人の気持ちや状況が読めないという人間は、一定いる。
ヴェッセンダリアでは一定どころか、ほとんどの導師や準師たちがそうかもしれない。老師たちにいたっては、もはや人間と同じ思考回路を有していないだろう。いちいちだれかの気持ちなんか気にしていたら、魔導を極める研究なんて、できるわけがないのだ。
奇をてらったもの。
人とはちがう観点。
周囲をいとわず己の発見を突き進むもの。
そういう人間が、大学府に残り、ヴェッセンダリアの城門を叩く。
だから、セレリウスのような人間はべつに珍しいわけではないのだ。学院という環境では浮き出てしまうだけで。
本来であれば、浮きすぎないように自然と術を学ぶ。
だが、セレリウスのような人間は自然と学ぶのが難しい。本人にわかる伝え方で教えてやらねばならないのだ。
なのに、その一番の役割である親がいない。さらには、孤児院育ちで、一貫した養育を受けていない。
孤児院は、子ども好きが勤めたがるけれど、働いてみると現実を知る。生半な気持ちでは、勤めあげるのに厳しい環境なのだ。だから、働き手はよく入れ替わる。院にいる子どもからすれば、頻繁に親が変わり、言っていることが変わり、食べている食事の味が変わるのだ。
子どもの情緒が落ち着くわけがない。落ち着くためには、孤児院側の努力は必須だ。
セレリウスの元来ある性質とかけ合わせれば、現状空気が読めないのは、当然の帰結だった。
「……そのうえ、精霊と心の交流、ですか」
一筋縄ではいかない問題だった。




