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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第3章:空気の読めない孤児──前編──

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39話:土汚れのラリシャ銀

時間軸が合流したので、久々の王子さま登場回です。

 シェイラは、夜の高台を歩く。散歩する。


(今日も、いらっしゃいませんね……)


 もう夜も、だいぶ更けていた。


 下生えの草が生い茂っていて、青草と土のにおいがむわっとする。高台から続く斜面はほとんど手入れがされていない。光もなく、あるのは月に輝く草の緑がぽっと浮かび上がるだけだった。


 シェイラがふと先ほどまでいた空を見上げれば、夏の夜空に星々の舟が浮いていた。星詠みには、またちがった景色に見えるのかもしれない。

 王城の左手に密集する防霧林の先には、遠く、星ノ国アベルの都を抱える山々が、うっすらと影で見えた。星都の占卜師(せんぼくし)たちであれば、シェイラの未来も視てもらえるだろうか。──向かうべき先も、願うべきことも。


 にわかに、シェイラは風に揺れる草とは別の音を聞き取った。がさがさと下草を掻き分けているような意図のある音だった。


 シェイラは、はっと身構えて、そしておそらく向こうも気がついて身構えた。

 同時に顔が上がって、宵闇に薄ぼんやりと光る縹色の双眼とかち合った。



「……イディさん?」



 その瞳の奥にかすかな〈導脈〉の光が見えた。捉えようとすると、奥底に吸い取られたように消失する。妙な違和感を覚えているあいだに、イディオンの罰の悪そうな顔がシェイラの視界に入り込んできた。


 しまった、という顔。


 まさかシェイラがいるとは思っていなかったようで、認識すると、背を向けて足に力を入れ、斜面を登っていこうとする。



「──ま、待ってください!」



 シェイラは、声を上げた。呼び止める。


 シェイラはこの一ヶ月、イディオンと会わなかった。シェイラが怒られた手前、シェイラから探すのは憚(はばか)られたし、会わないということは避けられているのだろうとも思った。避けられているのに探すのは申しわけなかった。

 けれどもし、偶然出会うことがあれば、シェイラは一言イディオンに言いたかった。



「あの時は、無神経なことを言ってごめんなさい!」



 ぴたり、と背中が止まる。登る姿勢のまま、イディオンの体は動かなかった。



「なにも知らないのに、無神経なことを言って……申しわけなかったです」



 一ヶ月前のこと。

 魔導師という言葉を出したこと。

 シェイラは頭を下げる、薄い紫の髪がゆるりとこぼれ落ちる。



「お節介で……すみません。もう、しないです。その……イディさんがいやだったら、なるべく会わないようにもします。ただ、無神経だったこと、それだけはきちんと謝罪させてください」



 あたたかくも暑くも感じる風が、ふわりとシェイラの肌をなでていく。うっすらと汗が浮かんでいた。



「──……いや、その、」



 シェイラがずっと頭を下げたままだったからだろう。

 気まずそうな少年特有の高い声が、振り向いたのがわかった。



「……ぼくも、悪かった」



 ぽつりと棘の取れた声が言った。なんとか捻り出した、そんな声でもあった。


 シェイラが顔をあげれば、色をなくした頑是(がんぜ)ない顔があった。イディオンという少年の素のようで、一方で、泣き腫らして顔を洗い終えたあとのようだった。

 あの時のできごとが、シェイラ以上に、イディオンのなかに傷として残っている。そんな表情をしていた。


 二の句を迷って、それから直前までイディがしていたことを思い出す。なにかを探すようにしていたことを。



「見つけようとしてくださっていたんですか……?」



 イディオンはおそらく、投げ捨てたお守りを探していたのだ。シェイラは直感で思った。

 尋ねれば、イディオンの顔がいたたまれないようになる。肯定するように俯かれる。


 その姿を見ると、今さきほどまで感じていた自分のなかの空っぽな部分に、霧がふわっと立ち込めたような感慨を覚えた。



「一緒に探しましょうか」



 そうでも言わなければ、イディオンはこのまま、夜の闇のなかにとけ込んでしまいそうだった。

 きっとまた自分はお節介をしている。


 けれど、シェイラが探しはじめるのをイディオンは止めなかった。登っている足を戻して無言で同じように探しはじめる。

 {探索}を使ったら、きっと見つけるのはすぐだった。長い時間を費やさなくてもよかっただろう。それでも、シェイラとイディオンは静かに、黙々と、月明かりを頼りに、草を掻き分けつづけた。


 どれくらいそうしていたのかわからない。

 シェイラもイディも汗みずくになって、指には土が入り込み、顔にも土がついて茶色くなるほどだった。



「あっ」



 それを見つけたのは、シェイラだった。

 月光に輝く、ラリシャ銀の金属板。薄汚れて、少し傷がついていたけれど、たしかにシェイラがあげたものだった。



「……ありましたね」



 手の平に広げれば、イディはやってきて、金属板を覗き込む。

 途端、くしゃりと顔が歪んだ。


 付着した汚れと傷に、心を痛めているようだった。



「綺麗に……しましょうか?」



 尋ねると、首が振られた。



「……いい」



 イディオンは言って、シェイラの手の平から鎖の付いた丸い金属板を取る。拳のなかに入れて、ぎゅっとなにかを抱え込むようだった。

 そこにシェイラは、この少年の秘める内側を見た気がした。


 なにとはなしに気にしていたこと。

 節介を焼きたくなってしまったこと。

 皮膚の下に〈導脈〉の光が見えないこと。


 それらの先を、垣間見た気がした。

 気づけば、シェイラはいらぬかもしれない口を開いていた。



「……わたしの、」



 シェイラが声色の変化に、イディオンの瞳に怪訝なものが浮かんだ。秀眉を寄せてシェイラを見る。



「わたしの魔導は……異端なんです。ほんとうは……わたしは魔法も魔術も使えないんです。ずるをして……使ってます」



 魔法を話題にした瞬間、またもや憎悪を向けられるかと思ったが、そんなことはなかった。

 むしろ、シェイラが口にした内容に驚くように、縹を見開く。



「……ずるをして、色んな法則をねじ曲げて、今の魔導を……〈魔導呪法〉と呼ばれるものを確立させたんです。ただ魔法を使えるようになりたいというわがままで、いっぱいずるをしただけの人間なんです。だから、ほんとうは……全然たいしたことない、魔導師なんです」



 なぜ、そんなことを話そうと思ったのかわからない。

 シェイラの過去にまつわること。三年前のできごと。知り合ってばかりのイディオンに言うべきことではないこと。

 シェイラは決定的なことは濁しつつも、そうしてつぶやく。



「……〈穢民(サジェノス)〉」



 ユートの学友が言い放っていた言葉。サージェストに導かれる資格を持たない穢れた者たち。魔法や魔術を使えない者たちを示す、蔑みの言葉。



「わたしは、まさしく……〈穢民〉です。……〈導脈〉を持たぬ、ユベーヌ民の末裔です。魔法や魔術なんて使えない、呪いの民です」



 シェイラはうっすら笑う。月明かりに、自分の青金色の光が不気味に輝いて見えただろう。

 笑いながら、イディオンの目を覗き込む。



「ですが、だからこそ、わたしは魔法が使えない者に活路を見出だせます。ふつうではない、教導目録にはない方法で。だから……」



 シェイラは一旦言葉を区切る。


 奥底に垣間見えたものに、問うようにして告げる。



「──もし、イディさん、あなたが魔法や魔術を使いたいと乞い願うのであれば、わたしを頼ってください。ヴェッセンダリアが導師、シェイラータを。わたしだったら、あなたの願いを……きっと、叶えられます」



 言うと、シェイラは翅を開いた。ゆっくりと開くままに宙に浮かび、その場を背にする。


 あとには、金属板を強く握り込んだイディオンがいた。

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