20話:闇魔術使いのしがらみ
二週間後の〈宵闇ノ日〉、シェイラは、オーズ師の面談に立ち会うことになった。
リヨン・ペリメルの母との面談だという。フェノアと合作したぬいぐるみも持ってきてたので、母から渡してもらうのはどうかと算段していた。
「──いつも、リヨンがお世話になっております」
暗緑の長外套を羽織った女性だった。毛の細い長い髪がするりと流れるように腰まである。瞳は娘と同じ琅玕の色で、娘とそっくりだった。
「どうぞおかけください」
オーズは立ち上がったリヨンの母に、座っていた台形の椅子を示す。台形は、長外套が広がってもいいように、テッペント技術国の人間が考え出したものだった。
「シェイラと申します。本日は同席させていただきます」
魔導師だと説明すると面倒なので、簡単に挨拶しておく。リヨンの母からは小さく会釈が返ってきた。オーズの同僚だと思ってくれたことだろう。
シェイラも腰かける。口火を切ったのは、オーズだった。
「お嬢さんは、最近ご自宅ではどうですか?」
「……あまり変わりません。去年とちがって、学校に行きたくないとは言わなくなりました。先生方がよくしてくださるからからだと思います」
「それは……よかったです。学校に来られなくなってしまったら、色々なことに支障が出ますからね。とはいえ、学校で喋れないことに変わりはありませんが……」
シェイラは聴きながら、筆頭教導師のニカ師から聞いたことを思い起こす。
初等部入学時から喋らなかったリヨンは、昨年度まで、学校に行くのをいやがっていたという。緊張する、みんなから見られるのがいやだ。家では、そう話していたそうだ。毎朝、親子で喧嘩になるほどだったという。
それが、中等部に上がってからぱったりとなくなった。
ニカ師や、オーズ師の目に見えない尽力があるだろうと思えた。
「このままでは、我が一族の魔術を継承することができるかどうか……」
リヨンの母は、悄然と言った。
喋れない、という状態。それが、生活魔術や楽器魔法、占星術など呪文詠唱を必要としない魔法や魔術に適性があれば、問題なかったのだろう。
けれど、リヨンの一族ペリメル家は、闇魔術の血統だという。
それは一番、呪文詠唱が必須とされる魔術系統だった。
リヨンの母は、宮廷魔術師。
貴重な、純粋な闇魔術使いだ。
オーズが世間話のように尋ねる。
「聞いちゃまずかったら教えて欲しいんですが、お母さまは宮廷にてどのようなお仕事をされていて?」
「我が一族は守りを得意とする血統です。{守護}を扱った仕事、とだけお伝えさせていただきます」
「{守護}、ですか……それは古い魔術ですね」
感心したようにオーズが言う。
「はい。私も一族も、誇りに思っています。ですから、リヨンがあれでは……困るのです。外で喋れないなんてこと、呪文が唱えられないなんてこと……このままでは一族の魔術が途絶えかねません」
消沈としながらも、リヨンの母からは、どこか目に血走ったようなものを感じられた。シェイラには、魔術の血統を重んじるがゆえの強迫的なものに見える。
「そうですよねえ。俺は詳しくないんですが、シェイラ師、どうなんです? 闇魔術って、やっぱり呪文を唱えないと成り立たないもんなんですか?」
なんの気はなしに、オーズから話を振られる。
シェイラは、リヨンの母の不思議そうな目を受け止めつつ、耳飾りにふれて考えながら答えた。
「一般的には難しいですね」
「魔法陣や、他の魔導具を使っても難しいんですか?」
「できないわけではありません。ですが、闇魔術というのは、その魔術の特質上、その場で臨機応変に求められることがほとんどです。人前で呪文が唱えられることは必須になるかと」
「……呪文は略せないものなんですかね?」
他の魔法には、詠唱をせずとも発動するものがある。難しいとされる高位魔法でも、修練を積めば、詠唱を破棄することができる。
だが、シェイラは首を振った。
「まず普通は、無理です。そんなことに挑戦しようものなら、闇が隙間から漏れてしまいます。──それは、お母さまのほうが、よくご存知でいらっしゃるかと思います」
シェイラが言えば、リヨンの母が深く肯いた。
闇を扱うこと、それがなにを意味するのか知り得ている強く含蓄のある肯定だった。
「……俺は学位を取らなかった普通の魔法使いなので、よくわかりませんが、危なっかしいものなんですか?」
「少し、ちがいます。闇そのものは、なにも怖くも危ないものでもありません。知っての通り、原初より一番はじめに存在し、あたたかく包むもの。火炎を孕むもの。光が届かぬ場所でも届き、見守るもの。そういったものです。ですから、{守護}と呼ばれるような魔術が行使できます」
オーズが眉間にしわを寄せる。シェイラは、解説をつづけた。
「一方で、その闇は、どこにでも入り込んで見つからずにいられるものでもあります。闇の魔術というのは、だれにでも影響を及ぼしてしまえるものです。扱いをまちがえれば、危うい。ゆえに、言霊で──呪文で、縛るのです。縛って定義し、方向づけるのです。定義されない闇──呪いが漏れ出さないように」
「…………」
「呪文がなければ、闇とは扱ってはいけないものなんです」
締めくくる頃には、オーズは眉間のしわを濃くし、腕を組んでいた。理解しようと、必死に努めている。
「……我らが扱う闇魔術を正しく理解されているのですね」
リヨンの母の声が響いた。夜のなかに見える琅玕の、緑光のようだった。
シェイラはその光を見やる。爛々と光るもののなかに、けぶいているものを垣間見た。
「であれば、我が一族の……私の……悩みもわかるかと思います。あの子を……リヨンを、どうにかしてやってください。あの子を喋れるように、喋れなくても、詠唱ができるようにしなければいけないんです」
ぎりっ、とリヨンの母は、唇を噛んだ。つうっと、出てきたものが伝う。
シェイラは、ねばりつくような魔術師のしがらみを感じ取る。
(リヨンさんは……どうしたいんでしょうか)
シェイラは、それから話の戻ったオーズとリヨンの母の会話に耳を傾けながら思う。
シェイラが大事にしたいのは、そこだった。
──リヨンの気持ちを聞いてみたい。
シェイラは面談の最後にぬいぐるみを母に託しながら、強く思った。




