18話:リヨン
「……わかりました。ともかくも、彼女の……リヨンさんの様子を観てみたいと思います。それから、もう少し聞かせてください」
どうぞどうぞ、と余裕を持った様子のオーズ師に対して、ニカ師は重々しい空気で、「ご案内します」と立ち上がった。
空きの時間を使って話していたが、間もなく今の授業が終わる。早速、シェイラを対象の学環に連れていってくれるのだろう。ちょうど次の時間は、オーズ師が担当する授業でもあるのだという。
後ろでなにかを言っていた絵画たちを残して、シェイラは講堂より外に出た。
ツェット魔法学園は統一感があった。すべて校舎が、赤煉瓦でできている。
首都魔法学園は古い建築に建築を重ね、増築した歴史が見て取れた一方で、この学園はすべての校舎が同一の年代に建てられたのだろう。壁面のかすれた様子が同じように色あせて見える。そこを木蔦が伝っていて、風合いを出していた。
講堂から外に出る。
向かうのは中等部一年生の棟だった。
ツェット学園は、学年ごとに棟が分かれており、小規模な棟が敷地内にいくつか建っていた。
(土地のある地方だからこそできる建て方ですね)
こじんまりとした棟は、控えめな装飾が施されている。透かし彫りの石細工装飾に、明かり採り。頭上部分には、五つ葉模様。磨り硝子がはめ込まれて、南からの陽光を学舎のなかに招き入れているようだった。
気持ちのよい陽が、射している。
シェイラが案内されたのは、連なる棟のうちのひとつ、入口の切妻屋根に中等部一年を示すモレリーの紋章と、紫の色旗がはためいていた。
鐘が鳴る。
学環に足を踏み入れれば、初等部三年生とは異なって、少し大人の顔になった子どもたちが座っていた。
(あっ)
オーズ師のあとをそのまま前方から教室に入ってしまった。さりげなく後ろから入室したニカ師に対して、四十個の宝石貴石をちりばめたような視線が、シェイラには集まる。
「だれだれー?」
「先生の彼女?」
「若すぎない?」
──そんなわけありません。
シェイラはすぐに言おうとした口を引っ込める。
子どもたち全員の前で、自己紹介をすることになるとは思っていなかった。なんて説明をするのか、すり合わせておくのを忘れていた。
シェイラがちらっとオーズに確認しようと視線をやったところで、返事よりも先に教室の後方まで響く声で、学環がぱっと明るくなった。
「そんなわけあるかいっ。先生の先生だ。若いけど、えらい人なんだぞ。お前ら、ちゃあんと挨拶しろっ」
オーズ師はすごかった。
たった一言。
それだけで、学環全員がどっと笑った。四十個のきらびやかな石たちの注目を、すべて持っていく。
喋り方話し方ひとつで、学環の雰囲気がこうも変わるものだろうか。
(さっきは、ごめんなさいです)
シェイラは大いに反省する。
つい、いらだってしまった、さきほどのことだ。
子どもたちから笑ってもらえるのは、よい教師の証拠だ。
決めつけはやめようと決意する。第一印象で判断するのはよくない。
(勉強になりますね)
シェイラは、微笑む。師であるガザンは、そういうシェイラの性質も見抜いて、この仕事を与えたのだろうと思った。
「こんにちは!」
「はじめまして!」
「どこから来たの?」
挨拶のあとは怒涛の質問時間だった。シェイラは、どうもですどうもです、と応じる。
「ヴェッセンダリアから来ました。ちょっとすごい、一応、魔導師です」
シェイラが学環全体に片目でぱちっと目配せすれば、学環は大いに盛り上がった。
「えーっ!」
「魔導師すごくね?」
「ほんものはじめて見た!」
全体的に明るいし、みんな思ったことをすぐ発言し、顔に出す。だから、シェイラはオーズ師らに聞かずとも、彼女──リヨン・ペリメルという少女がどこに座っていて、だれだか、一瞬でわかってしまった。
真っ直ぐな、ぬばたまのような黒い髪を持った少女だった。瞳は琅玕の深緑。そこだけ幻想が漏れ出ているような空気感を持つ少女だった。ここまでのあいだ、表情をぴくりともさせず、同じ姿勢でいる。
(なるほどですね)
シェイラは、指で瑠璃の耳飾りを弾く。
聞いていた状況が理解できた。己の知識に紐づくものがある。
もう少し、リヨンを観察するため、シェイラは指先に魔導の光を集めた。右の親指に嵌めた太い金輪と、人差し指の貴石を束ねた指輪が反応する。
「はじめましてのご挨拶に、魔導師のわたしから、皆さんに少し面白いものをお見せしますね」
シェイラはリヨンの反応を意識に止めながら、両手をすくうような形にする。
そこに、元素魔術の闇を描く。溜まって、砂時計のなかの霧砂が落ちていくように、さらさらと闇の色をした砂がこぼれ落ちて、広がっていく。
「──むかしむかし、」
声に{魅了}を乗せる。
「宵闇の底がありました。そこから、火炎が命を孕みました」
教室に広がった闇の光のなかから、ぼうっと小さな火があがる。
「その火炎を、風が煽り大きくなりました」
風が巻き起きて炎があがると、子どもの小さな悲鳴がいくつかあがった。幻影の炎だから問題ない。シェイラはそのまま魔術を描きつづける。
「やがて訪れた水が静寂をもたらし、」
瀬音とともに、水流が流れて炎を消す。
「聖なる福音とともに、」
闇のあいだを雲間から指す陽の光のような白い光が照らした。
「大地が、魔導師たちの揺りかごとなりました。そうして、サージェシア大陸は生まれたのです」
照らした先に大地ができ、森ができ湖や沼ができていく。次々と、建物や人があらわれ、小さなガルバディア魔法王国ができあがると、ぱんっ、という音を立てて、すべて光の粉となって消え失せた。
──元素魔術の成り立ちを描いた魔法だった。
「はい、これがわたしのご挨拶でした。これから会ったら、仲よくしてくださいね」
ぽかんとする子どもたちの前で、シェイラがにっこりと笑えば、大きな拍手で迎えられた。
なんだかすごいものを見させられた。
皆の顔がそう言っている。
「あんた、やるなあ! 俺の代わりにこのあとの授業やりませんかっ?」
オーズ師が拍手をしながら、真面目な様子でそんなことを提案する。
「先生さぼりー!」
「だめだよ!」
「働いて働いて!」
子どもたちの突っ込みは容赦がない。
肩を落としてしょげたようにして見せるオーズは、子どもたちの注目を得るのに余念がない。
(ちょっと目立ちすぎましたかね)
シェイラは詫びながら、さっとリヨンに目を走らせる。
頭部が動いた。シェイラが教室後方に移動すると、気にするようにする。それでも、仕草や動きは小さく、緩慢なものだった。その小さな動きだけが、リヨンの心の動きを表している。
膝の上の指先を目に止めて、シェイラは思う。
(ああ、この子は……)
不安が強いのだろう。
素直に、楽しさや喜びも表現することができない。ユートとは異なるぎこちなさ。すべてに緊張の力が入っている。
この子は困っている。
これはたしかに、どうにかしなければいけない。どうにかしてあげたい。
シェイラは、そう思った。




