第7節 港町ターバパン
日が落ちていっそう薄暗くなった港町の路地裏。そこで一人の小柄な少女が、屈強なごろつきたちに囲まれていた。
ポニーテールに結った黒髪に、華奢な体。身にまとっているのは白のブラウスにレザージャケットとレザーパンツ。ブラウスのボタンの上下はラフに外していて、そこから薄い胸元とへそが覗いていた。
「おい!」いかにも、ならず者といった風貌の男女が少女を恫喝する。「最近、おれたちの縄張りで好き勝手してるそうじゃないか」
小柄な少女が肩をすくめる。
「私には関係ありません」
取り囲んでいるならず者は五人。皆、少女よりも体が大きく刃物や鈍器といった武器も持っている。それでも少女は怯むことがないどころか、不敵な言葉を返した。腰に携えた不思議な形状の刀剣、その柄に軽く手をかけながら。
「群れないとイキがることもできねぇのですか? 三下さん?」
「んだと、このガキ!」
「痛い目を見ないとわからないようだな」
やっちまえ! ならず者たちがいっせいに少女へと襲いかかった。
見るからに強面の男女が小柄な少女に群がる、絶望的な状況。だが、その一瞬に驚くべきことが起こった。
少女が目にも止まらぬ速さで刀剣を鞘から抜き放ち、ならず者たちを斬り伏せたのだ。
キン……ッ、と遅れて金属音が鳴り響き、露を払って納刀。すると直後に、斬られたならず者たちが、体から鮮血が吹き出しながら倒れた。
「どうやら私は自由らしいので……とても不本意なことですが、好きにやらせてもらいます」
倒れたならず者たちには目もくれずに少女は立ち去っていく。
唯一、生き残った男が、歯ぎしりをしながらその小さな背に呪詛を吐いた。
「あのガキ……覚えてろよ。おれたちに逆らったこと、絶対に後悔させてやる」
街道を行き、いくつかの村を越えてリアンとセーラがたどり着いたのは、活気のある港町ターバパンだった。白を基調とした漆喰塗りの家屋が並び、焼いた魚と香辛料の匂いが、潮風に乗って届いてくる。
交易品を売る商人たちの声をくぐり抜けて行くと、その先に港があるはずだ。
「セーラ、その港で船を探すんだよな」
「ええ。わたしも、そろそろ別の大陸に行きたいから」
「そっか。セーラはもう、この大陸はあらかた回ったのか?」
「いいえ。そういうわけではないけど……」
セーラはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
「なんだか、船旅っていいじゃない」
「……そうだね。俺もそう思う」
どこまでも続く大きな広い海は冒険の舞台としては鉄板だし、帆船での航海はまさに世界を股にかけた大冒険を予感させる。
ザザ……と波の音が聞こえてくるにつれて、リアンは気持ちが高ぶってきて。真っ青に光る水面が見えた瞬間、リアンは走り出した。
「うわぁ、すごい……!」
大きな空。一面、見渡す限りの水平線が、はるか遠くまで続いている。
寄せては返す波。響き渡る海鳥の声。むせかえるような潮のにおい。
「これが、海……!」
両腕を広げて、深呼吸する。潮騒の音に耳を澄ます。
生まれて初めて見る海に、リアンは心を奪われていた。
後ろから優雅に追いついてきたセーラに、リアンは言う。
「セーラ、海ってすごいな」
「ええ」
「世界って……こんなに広いんだ」
「ふふっ。そうですね」
二人は体いっぱい使って潮風を満喫してから、改めて目的の船を探した。
船乗りたちの話し声や掛け声を注意深く聴いていると、どうやら一際大きな帆船が別の大陸に行くものだということがわかった。
だが、リアンはそれよりも一隻、気になる船を見つけた。
「なぁ、セーラ」
「なあに?」
「あの船、なんだろう……?」
港から少し外れたところに一隻だけぽつんと停泊してある帆船。先端部分には竜の頭を模したような船首像が取り付けられていた。
「不思議な形の船ね」
「近くに行ってみよう!」
「はい!」
リアンたちは竜頭の船へと近づいて、その帆柱を見上げた。大きさは先ほど見た別の大陸行きの船ほどじゃないけど、実に威風堂々としたたたずまいだった。
「よう。あんた、冒険家だな?」
その素敵な船に見惚れていると、頭上から声がした。しかし、声の方向を見上げても青空と船首像があるだけだ。
「だれだ?」
「おれだよ、おれ」
周囲を見回しても誰もいない。やはり声は頭上からする。
「ねぇ、リアン」隣にいるセーラが、頭上を見上げながら目を丸くした。「船が、しゃべっているわ」
「船?」
リアンは頭上を見上げる。すると。
「ガハハ! しゃべる船は珍しいかい?」
なんと、聞こえてくる声に合わせて、船首の竜頭が顎を動かしていた!
「わ! 本当にしゃべってる」
「おう。普段はできるだけ黙ってるんだが、お前みたいな活きのいい冒険家を見ると、つい、な」
「俺が冒険家だって、わかるのか?」
「わかるさ。その剣、旅に適したその格好、それにその目……夢を追う者の目だ」
見た目で冒険家だってわかってもらえるなんて。リアンはなんだか嬉しくなって、つい頬が緩んだ。
「そっか。俺はリアン、よろしく。えっと……」
「おれは七つの海を知る伝説の船、ジークフリートだ」
「わたしはセーラです。よろしくね。ジークフリートさん」
「七つの海……! ジークフリートは、いろんな海を冒険してきたんだな」
「おうよ。冒険に次ぐ冒険、大冒険の連続だ! ガハハハ!」
豪快に笑うジークフリートと談笑をしていると、今度はリアンたちの背後から声がした。
「やあ。きみたち。気難しいジークフリートと仲良くなるなんて、珍しいね」
振り向くと、そこには青年がいた。端正な顔立ちをした銀髪のお兄さんだった。やや日焼けした肌に、開いた胸元から引き締まった体躯が覗いていた。
「僕はレイファス。この船の船長さ」
「船長さん!? どうも。俺は――」
「リアンだろう? そちらのお嬢さんはセーラだ。実はさっきから後ろにいたんだけど、気づかなかったかい?」
しゃべる船に夢中で気づかなかった。隣を見ると、セーラもきょとんとしている。
「きみたちは、もしかして船を探しているのかい?」
セーラはうなずいた。「はい。海の向こうに行ってみたくて」
さっきは「別の大陸に」と言っていたけど、今回は「海の向こうに」と、少しニュアンスを変えていた。なんとなく、セーラは交渉しようとしているのだとわかった。
「そうか。それなら、この船に乗っていかないかい?」
「いいのですか?」「いいのか!?」
リアンとセーラは同時に食いついた。しゃべる不思議な船に乗れる機会なんて、なかなかないだろう。大陸行きの大型船も乗ってみたいけど、やはりこちらのほうが興味がある。
「ああ、いいよ。だけど、僕はしばらくこの大陸に滞在するため、船を留守にするんだ。だから、もう一人の乗組員といっしょでよければね」
リアンとセーラは顔を見合わせて、互いにうなずいた。どうやら気持ちは同じようだ。
「この船は、どちらまで行かれるのですか?」
「さあ。まだ決まっていないんだ。二月くらいで航海できる範囲なら、きみたちの都合に合わせてもいいよ。あいつもそれでいいと言うはずだ」
「あいつって、もう一人の乗組員の……?」
リアンが問うとレイファスは答える。
「そう。キードっていう男さ。赤毛に眼鏡をかけてる。理屈屋だけどいいやつだよ」
その口調から、レイファスがキードという男のことを信頼しているのが伝わってきた。
「それから、船賃のほうは出世払いでいいよ。いつか……僕の冒険に付き合ってもらうとか……さ」
路銀も心許なかったから、うれしい提案だった。それに対し、セーラは疑問を呈する。
「どうして、そんなに優しくしてくれるのですか?」
するとレイファスは銀髪をかき上げて、さわやかに笑った。
「勘だよ。ここで、今のうちにきみたちと関係を持っておいたほうがいいっていうね。僕の勘はよく当たるんだ」




