第30節 憧れとの戦い
「……準備は整ったようだな」
「待たせたな、ラスベル。……伝説の勇者」
少年は青年と向かい合う。剣を構えて。
こうして憧れであり最大の敵と向き合っていると、さまざまな想いが溢れてきた。
幼い頃の記憶。旅立ちの日に見た両親の顔。旅の途中、仲間たちとの出会い。挫折。それでも諦めずに立ち向かって、手にした栄光。
風が吹く。
やがて風が止んで、均衡が崩れる。
「行くぞ!」
リアンとラスベルは同時に叫び、動いた。
甲高い金属音が鳴り響き、剣と剣が交わる。
今度は受けられる。ラスベルの豪剣を、リアンは確かに受け止めていた。
真実の剣の力と、ティアたちがくれた援護のおかげだ。
そして、さらに別の何かが――目に見えない力が、リアンの背中を押してくれている。
「……ずいぶんと力をつけたようだな」
「いや、俺の力じゃないさ。……俺の大切な仲間たちと……」
感じる。偉大な先達たちが力を貸してくれているのを。
「この地を通り抜けてきた冒険家たちが、この剣を通して……俺に力をくれている」
「……そうか」
リアンの言葉に、ラスベルは小さく短く答えた。
「ずるいかもしれない。でも、こうでもしないと、俺の憧れている勇者には勝てないからな」
「構わん」
ラスベルが気合いの声を発すると、その覇気によって大地が揺れ、風が吹き荒れる。
「ぐっ……!」
「ならば、過去の英霊も……お前の持つ絆の力も……すべてを賭けて、かかってこい!」
気迫とともに、リアンはラスベルへと打ち込んでいった。
一合、二合と剣を打ち合わせる。そのたびに大地が揺れ、衝撃に草木が踊った。
両者の力は拮抗していた。だが、技術はそうはいかない。
千年の時を生きるラスベルの剣術はすさまじく、リアンの渾身の一撃を大剣を使って軽く受け流し、フェイントを絡めた反撃によって、リアンはどんどん追い込まれていく。
「そんなものか……冒険者!」
「くっ、負けるか――!」
全力を込めた一撃。それをラスベルはさらなる力と技をもって弾き飛ばした。
「はぁぁッ!」
ラスベルが深く息を吐き、神速の突きを繰り出す。
目で捉えることができないほどの速さ。ギリギリのところで体を捻って躱そうとするが、避けきれずにかすめた脇腹から鮮血が飛び散る。
背後で遠く、ティアたちの悲鳴が聞こえた。
「終わりだ!」
ラスベルが天高く飛翔する。物語にも出てきた、勇者が多くの敵を屠ってきた必殺の一撃を繰り出したのだ。リアンが憧れ、何度も真似してきた上空からの斬撃。それが目の前で繰り出された。
(ああ……なんて……かっこいいんだ)
たとえ憎悪に支配され、心が邪悪に飲まれていたとしても、やはり彼はやはり憧れの勇者なのだ。
その姿が、リアンをもう一度奮い立たせた。
「勇者ラスベル……俺に力を貸してくれ……!」
真実の剣が光を帯びる。心の中の憧れを、強く思った。
――がんばれ――負けるな。
過去の冒険家の英霊たちが、リアンを励ますのを感じた。
リアンは立ち上がり、地面すれすれに剣を構える。
「うおおお――ッ!」
剣を、大地ごと突き上げた。
振り下ろされる大剣と、振り上げる真実の剣がぶつかり合う。
計り知れない衝撃とともに、激しい雷光が巻き起こった。
「受け止めただと……?」
隙の生まれたラスベルに向けて、リアンは剣を横薙ぎに振り抜く。
「だが、ここまでだ……砕け散れ、爆裂の魔術!」
すでに魔力を練っていたラスベルは、強大な爆発を巻き起こす。
刹那。心の中に声が響いた。
――大丈夫。勇気を出して、前へ。
聞こえたのは女性の声だった。リアンは爆発の中心部に向けて、剣を振り抜く。
「リアン!」
「リアンくん!」
「……ッ!」
見守ってくれている、仲間たちの声が聞こえた。
爆風は真っ二つに裂け、その衝撃の余波が辺りの岩や木々を薙ぎ倒す。
驚愕するラスベルの、強大な魔法を行使した反動で硬直するその体に、リアンは真実の剣を叩き込んだ。
「俺の勝ちだ……ラスベルッ!!」
炎を宿した真実の剣の強大な魔力が、奔流となって爆発する。
勇者のかつての記憶が、走馬灯のごとく二人の瞳に映し出される。黒龍から受けた不死の呪いが、沸き立つ霊力によって打ち消されていく。
やがて、その爆風が晴れたとき。
――ラスベルの体が、霊峰フィレニスの麓に倒れた。
「見事だ……」
神聖なる地に、倒れ伏したラスベルがつぶやく。
「……まだ、名を聞いていなかったな」
「リアンだ」
「……冒険者リアン。夢を追い求めるお前の想いが、この俺を打ち倒した」
ラスベルの体が光に包まれていく。真実の剣の霊力が、呪いに蝕まれた勇者を浄化しているのだ。千年以上を生きる、その命ごと。
「勇者……ラスベル……」
「そんな顔をするな。俺は……とっくに死んでいるはずの人間だ」
ラスベルは真紅の瞳を閉じる。
「胸を張って、進め……リアン。今こそ、お前の夢を叶えるときだ」
光はいっそう強くなり、常に強張っていた勇者の体から力が抜ける。
「あんたは……俺の憧れで……ヒーローだ。幼い頃から、今も、ずっと……」
「そうか」
勇者が、かすかに微笑んだ。その身が、溶けるように消えていく――。
「エレナ……やっと、きみのところに……」
その言葉を最後に、ラスベルの体は消失した。
達成と喪失。さまざまな感情が胸のうちに渦巻いて、リアンは拳を握りしめながら、いつの間にか涙を流していた。




