第27節 ヨーソロー!
黒龍の騒ぎが一段落して、イスカ島の宿屋「藍玉亭」に戻ると、宿の女主人であるイサラが腕によりをかけて、たくさんのご馳走を作ってくれた。
彼女と雑貨屋のオリヴィエは、巫女であるティアが生きていたことを、村人たちの中でもとくに喜んでいた。本当に家族のように想っていたのだろう。
このあとも、夜通しで宴が開催されるらしい。ご飯はおいしいけど、食べすぎないようにしないといけなくて、匙加減が難しかった。
宴では、黒龍と戦った冒険家のリアンを皆で讃えた。なんだか恥ずかしくもうれしくて。リアンが初めての経験にどう対応していいか困っているのを、キードやシファといった仲間たちはからかっていた。
そして、イスカ島のイスカレーラ村は、今後も黒龍の封印を見守っていくことを誓って宴は幕を閉じた。
数日後。ついに船出のとき。
皆と話し合った結果、宿屋の看板娘である青髪に橙の瞳の少女ティアも、リアンたちの冒険の仲間に加わることになった。ティアは村人たちと抱き合って別れを告げてから、船に乗った。
「本当に船がしゃべるんだ……すごい」
「ガハハ! そうだろう! おれは七つの海を知る伝説の船ジークフリートだ。よろしくな、新入りの嬢ちゃん」
「うん。よろしくね、ジークフリート。あたし、新入りとして雑用でもなんでもがんばるから」
これからお世話になる帆船ジークフリートに挨拶をしたティアは、リアンたちのほうへと振り返って、しみじみとした様子で言う。
「みんなといっしょに旅ができるなんて、本当に夢みたいだよ」
「だな。俺もティアと旅ができてうれしい」
「うん。たっくさん冒険しようね」
それぞれが新たな船旅の準備をしている。その間も、白いワンピースを着た金髪の少女セーラは、顔色が優れず、ずっとふらふらとして具合が悪そうだった。それを見かねたティアが心配して声をかける。
「セーラ、大丈夫? 寝てたほうがいいんじゃない?」
「いえ……わたしは平気ですよ。それより……」
現在、ジークフリートの乗組員の皆は航海の予定を立てるために船室に集まっている。そこでセーラはテーブルに広げられた地図を指差して。
「リアン、地図のこの場所へと向かってください……。そうすれば、きっと、あなたの望みは叶うから」
突然、そんなことを言った。
「……そっか。うん、わかったよ」
疑問を呈することなく、リアンはうなずいた。その潔い様子に、赤毛と眼鏡と白衣が特徴的な学者のキードが首をかしげる。
「ここは、御霊の森の辺りかな」
「御霊の森?」
「誰も近寄らない場所だよ。一度足を踏み入れたら最後、道に迷って出られなくなるという言い伝えがあってね。知らないで行くと言ったのかい?」
「うん……セーラが言うなら、俺は行こうと思うんだ。どんな場所でも」
「そうか……それなら私も、きみに付き合ってみるよ。船に乗って、御霊の森の近くまで行こう」
「ありがとう。キード」
そのやりとりを聞いて、セーラは微笑む。それから自分の部屋へと戻り、ふらつきながら荷物を持って戻ってきた。背負い袋には、セーラのお気に入りである夜光蝶のランタンがぶら下がっている。
「わたしは……ここで船を降ります。今まで、本当にありがとうございました。皆さんとの旅は、わたしにとって本当に大切な思い出です」
ぺこりとお辞儀をするセーラ。
突然の別れの言葉に、キードもティアも、黒髪ポニーテールの少女シファも驚く。
「突然、どうしたのですか? この島で暮らすつもりですか?」
「いいえ、シファ。わたしはわたしで旅を続けるわ」
すると今度はティアがセーラに詰め寄る。
「そんなふらふらな状態で、一人旅なんて無茶だよ! それに、船もないのにどうやって旅を続けるの?」
皆が驚くのも無理はない。だけど、リアンだけは驚かなかった。
リアンはティアの肩にそっと手を置く。
「ティア、シファ、それにキード……セーラなら大丈夫だよ」
「……リアンがそう言うなら……うん」
三人ともまだ納得はできない様子だったが、それでもセーラを意思を尊重して見送ることに決めたらしい。
「セーラ、俺は御霊の森に行けばいいんだね」
「ええ。……きっと、あなたにとって必要なものが、そこにあります」
セーラとの別れは、あまりにも突然で、あまりにもあっさりとしていた。
「それでは、皆さん……また会うときまで、お元気で」
ティアもキードも心配そうな素振りをしている。シファは無言のまま、わずかに瞳を揺らしながらうつむいていた。
「理由は、よくわからないけど……またね、セーラ。あたしたち、ずっと友達だから」ティアが言った。
「いつでも船に帰ってきてくれ」とキード。
セーラは輝くような笑顔を見せて、背を向けた。
「嬢ちゃん」
去っていく少女の背に、ジークフリートが声をかける。
「とうとう、行くんだな」
「ええ。ジーク、今までわたしたちを守ってくれて、導いてくれて、ありがとう」
「難儀なもんだ。嬢ちゃんは、自分がしあわせになることだけを考えてもいいんだぞ」
「いいえ。……わたしは旅の吟遊詩人。皆にしあわせを届けることが、わたしの役目です」
「そうかい……ま、無理はするなよ」
それから、キザな声で。
「もう、嬢ちゃんは根無草じゃない。七つの海を知るジークフリートは、いつだって、あんたの心の故郷だ」
「……はい」
その言葉がセーラの心に響いたのか、少しだけ声が震えていた。
セーラと別れたリアンたちは、あらためて出港の準備をした。ジークフリートの不思議な力で錨を引き上げて、帆を広げる。
「さあ、行こうか」副船長のキードが皆に号令をする。「目指すは島国ライドラ。その辺境にある御霊の森だ!」
帆が風を受けると、ジークフリートが陽気な声を上げる。
「ヨーソロー! さあ乗組員の坊主に嬢ちゃんたち、七つの海を知る伝説の船ジークフリートが、安心安全な海の旅を約束するぜ」
沖に出て、船が波に揺られるのを感じながら、リアンは広がる青い空を見上げた。つられてティアも、風になびく青い髪を押さえながら、頭上を見上げる。すると、純白ともいうべき大きな白い鳥が、虹を描きながら飛び去っていくのが見えた。リアンたちの船の進んでいる方向へと、追い抜いていくように。
「わ! ね、リアンあれ見て!」
「……ああ。見てるよ」
伝説の霊鳥。黒龍に飲まれそうになったティアを助けてくれた存在。
「きっと……あれが、俺の憧れの……」
「霊鳥フィリオスルピア?」
「うん。近づいているんだ。夢に」
ティアがまぶしそうに目を細める。
「すごいな……。あたしの夢を叶えてくれたリアン。今度は自分の夢も叶えようとしてる」
「まだ、本当に近づいているかは、わからないけどね」
「きっと、きみの夢は叶うよ。あたしも手伝うから……。いっしょに、夢を追いかけようね」
「……ありがとう」
ティアははにかんだ笑みを浮かべる。
「きみはあたしに、手を差し伸べてくれた。だから今度は、あたしがきみを支えるね」
船は進んでいく。帆を揺らしながら。
見果てぬ夢の地を目指して。
御霊の森は島国ライドラの辺境にある。リアンたちは方角を定め、船を進めた。
シファやティアとも協力しながら、襲いかかる海の魔物を打ち倒し、魔の海を越えて波も安定すると、皆は船室に戻って一息ついた。
ただ一人、リアンだけは甲板に出て剣の素振りをしていた。
一振りずつ丁寧に、その重みを確かめるように。
魔剣である「ガイルの剣」は黒龍との戦いで折れて使い物にならなくなってしまったから、新しい剣を使っている。これもイスカ島の村人たちからもらった、不思議な装飾が施された業物だ。
リアンが一心に素振りをしていると、船室への扉から束ねた黒髪の少女が、文字通り覗き込むようにして顔を出した。
「バカみたいに剣を振ってますね」
一言目から煽るような口調で言ってくるシファ。だが、リアンは剣を振る手を止めずに「まあな」とだけ答えた。
すると、シファは船室から華奢な体も出して、何やらもじもじとしながら。
「……その……まあ、なんでしょう。付き合いましょうか?」
「え?」
そこでリアンは初めて剣を振る手を止める。
「暇だし偶然にも気が向いたので、手合わせくらいはします。と言っています」
まさかシファがこんな申し出をしてくれるとは思わなかった。
他人にはまるで興味がなさそうだったのに。
「それは助かるけど……いいのか?」
シファの剣の腕はリアンよりも上だ。悔しいけど。そのシファが練習相手になってくれるなら、一人で鍛錬するよりずっと効率がいいだろう。
「……気まぐれです」
「そっか。まあ、とにかくありがとう」
「いいから、始めましょう」
リアンとシファは剣を打ち合わせ始めた。
彼女の速い剣撃に、リアンはなんとか追いつこうと必死で防御する。
「なあ、シファ……」
何合目かの剣戟のさなか、リアンは声をかける。
「なんですか?」
「シファはどうして、こんなに強いんだ? 積極的に鍛錬とかしているようには見えないが」
「才能です」
「……身も蓋もないな」
「……。私は、もともとある組織にいました。そこで訓練を受けました」
「組織? それは初耳だ。騎士や傭兵だったのか?」
「いえ」
剣を合わせながら、シファはつまらなそうにため息をつく。そんな余裕があるのが、彼女が手練である証左だ。
「私は暗殺者でした」
「……え」
剣を打ち合わせた瞬間、シファはその剣を手放して即座に肉薄し、リアンの首元ギリギリにナイフを突きつけた。
「ま、こういうのが本来の私の技術です」
シファはナイフを手元で弄びながら、なんでもないことのように言った。
「そうか……その組織は、どうしたんだ?」
「まあ、壊滅したので私は逃げました。……正確には、逃がされたのですが」
「壊滅? 騎士団や警備団に目をつけられたとか?」
「いえ……それが、たった一人の男にですね――」
シファが言いかけたとき、船室の扉が開き、中から青髪の少女ティアが姿を現した。
「リアン……あ、シファもいる。もしかして、いっしょに鍛錬?」
「ああ。シファに付き合ってもらってたんだ」
「そうなんだ。それじゃ、あたしシファのタオルも持ってくるね」
ティアはリアンにタオルを手渡すと、ふたたび船室に戻っていった。
シファは肩をすくめる。
「はあ……つい話しすぎました」
「そっか。でも、シファのことが知れてよかったよ」
するとシファは何が気に入らなかったのか、リアンのことを横目で睨みつける。その頬は少しだけ赤かった。
「……それより、あんたはどうしてそんなに焦っているんですか?」
「焦る?」
「どうも私には、強くなるのを急いでいるように見えます」
「……。まあ、そうかもな」
それは自分でも自覚があった。
「俺には、どうしても勝ちたい……勝たなきゃいけない相手がいるんだ」
「それは、強いのですか?」
「ものすごく強い。悪いけど、たぶん、シファよりも」
「ふぅん」
シファは興味なさげに言った。
「なら、私に遅れをとっているようじゃ話になりませんね」




