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フィリオスルピアの夢  作者: 栗衣栗広
第三話 黒竜伝説
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第26節 新たなる伝承

 吹き荒れていた光の奔流が収まり、少女の体が空へと投げ出される。

 魔力の残滓、煌めく粒子をまといながら、ティアは落下していく。

 その後を追って、リアンも落ちていった。

 山の麓にある湖へ。

 水飛沫を立てながら、ティアの体は湖へと落ちた。リアンもそのまま湖へと飛び込み、沈んでいくティアを追った。

 深く、深く。手を伸ばす。今度こそ、きみをつかまえる。

 凍えるように冷たい水の中へと潜りに潜って――つかんだ。リアンはティアの体を抱きしめるようにして、水面へと引き上げる。

「ぷはっ!」

 水面から顔を出すと、二人してやっと息継ぎをした。

 それからリアンはティアを抱えたまま、湖の岸まで泳いだ。陸に上がり、少女の体を慎重に岸辺に寝かせる。閉じていたまぶたが、痙攣するように小さく動く。

「リア……ン……」

「ティア……よかった。本当に、よかった……」

 力を使い果たしたリアンは、ティアの隣に寝そべりながら、心からつぶやいた。

 二人ともずぶ濡れだ。まるで、雨の日の夜に二人で宿を抜け出していたときみたいに。

 そのときと違うのは、空が晴れていることだ。あれだけ分厚く覆っていた雲は裂け目ができて、そこから太陽が覗いていた。

「あたし、ずっと感じてたよ……。リアンがあたしのこと助けようとしてくれているの。だから、ずっと、きみのことを信じてた。……信じて……信じて、待ってた」

 存在ごと飲み込もうとしてくる、黒龍イリュードフレアに抗いながら。

 本当にティアは心の強い子だった。

 ふと、リアンは空を見上げる。

「そういえば、フィリオスルピアは……」

「え、フィリオスルピア?」

「ああ。俺を助けてくれて、黒龍を倒すための力を貸してくれたんだ」

 消えた白い霊鳥。空から、金色の光を放つ人影がゆっくりとどこかに落ちていくのが見えた気がした。

「……少し寒いね」

「だな。早く着替えないと」

「うん。……あ! ねぇ、これ見て!」

 ティアが明るい声で指差す。

 そこには、煌めくような濃い青色の花が――星蓮華の蕾が、静かに花開いていた。


 空の向こう。飛竜に乗った男が一人、炎となって消えていく黒龍を見据えていた。

「人の願いは……」

 かすかな声で、男が――ラスベルが言う。

「いずれ、大いなる闇を払う力となる……エレナの言葉だったな」

 黒龍イリュードフレアを夜空の世界に帰した今世の勇者にちらりと目を向けて、すぐにラスベルは背を向けた。

「だが……俺はもはや、人を信じることなど……できやしない」

 飛竜が羽ばたく。遠い霊峰を目指して。

 いずれ、彼もそこにたどり着くだろう。ラスベルはそう確信していた。


 リアンはあらためてキードたちに今回の顛末(てんまつ)を話した。

 黒龍復活の儀が、ラスベルの仕掛けた罠だったこと。本当は黒龍を復活させるための生贄を捧げていたということを。

 キードはすぐに理解してくれたため、続いてリアンたちは村の人に、とくに村長のエルマンに対してキードの助け舟を借りながら説明をした。

 エルマンを始め村人たちは衝撃を受けていた。

「なんてことだ……我々が、黒龍復活の手助けをしていたとは……。それも、尊い命を犠牲にしてまで!」

 信じてもらうのは難しいかと思ったが、村人たちは黒龍が生贄を捧げた瞬間に黒龍が復活したのを見ていたため、あっさりと信じてくれて、自分たちの行いを恥じて後悔していた。

 かわいそうだが、これに関しては自分たちで折り合いをつけて乗り越えてもらうしかない。

 村人たちからは、ふたたび黒龍イリュードフレアが復活するのではないかと不安に思う声もあったが、そのときにティアが皆に語っていた。

「……黒龍はね。今回のことで力を失ったから、もう復活はしないと思う。……これ以上、巫女の命を食べさせない限りは……」

 黒龍は人の心の闇を喰らう。生贄に捧げた者の魔力が高く、心の闇が深いほど、その力は強大なものとして顕現するとティアは言った。

「ということはさ、ティア」

「なに、リアン?」

「ティアは心が闇に飲まれなかったから、黒龍に抵抗できたんだってことだよね。それってすごいことだと思うんだけど、何がきみをそこまで……」

 すると、くすくすとティアが小さく笑った。

「それはね。悲しいこともつらいこともあるけど、それよりももっと大切に思えることがあったからだよ」

「へぇ……それって?」

 ティアは少し頬を赤く染める。

 直後、背後からシファがリアンのことを思いっきり蹴った。

「いって! 何すんだよ」

「べつに。ところで剣はどうしたんですか? 背中に背負ってないから蹴りやすかったです」

「ああ。折れちゃったんだよね。でも、父さんにもらった大切な剣だから、今は船に保管してある」

 あと、人のことを蹴るな。

「……そうですか」

 シファは大して興味もなさそうだった。

 そのとき、セーラがふらふらとリアンたちに近づいてくる。

「ああ、リアン……やったのね」

「セーラ。なんだかまだ具合悪そうだけど、大丈夫?」

「はい。休んではいられないので」

 ふらつきながらも、セーラは微笑んだ。

「なんと言っても、わたしは吟遊詩人として、リアンの成した偉大な冒険譚を、(うた)にしないといけませんから」

「偉大な……冒険譚?」

 それを聞いていたエルマンがリアンたちのほうへと近づいてくる。

「そうだとも! リアン殿。きみの偉業も語り継がなくてはならない。黒龍を退け、島を守った英雄として……!」

 リアンは頬が熱くなるのを感じた。

「そんな……俺はべつに、ただ……」

 ティアを助けたくて必死だっただけ、なんて言うのも恥ずかしくて口ごもる。

「ふん。調子に乗って照れてやがりますね、このガキ」シファは相変わらず口が悪い。

「ガキって……きみのほうが小さいだろ」

「精神年齢は私のほうが上です」

 すると今度はティアがむくれる。

「なんか、リアンとシファって仲がいいよね」

「え、なに、ティア?」

「べつに……いいもん」

 そんなやりとりを見たエルマンは「ほっほっ」と笑い、それから村人たちに向けて高らかに宣言する。

「さて。これから、あらためて我々は黒龍の封印を守り、正しい伝承を継いでいかなければならないな」

 村人たちは思い思いに応を唱える。若い村人を生贄にしなければならなかったこれまでのしきたりより、ずっとやりがいのある仕事だろう。

「そして……」

 エルマンはリアンたちのほうへと向き直った。

「先ほども言った通り、きみたちの功績も後世まで伝えていこう。巫女を、村を、世界を救った勇者たちのことを!」

 人々の感謝を浴びて、リアンは晴れやかな気持ちになった。

 世界に名だたる冒険家にはまだなれていないけど、少なくともこの島の皆にとっての勇者にはなれた。それが素直にとてもうれしかった。

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