第24節 照らし合わせ、伝承を読み解く
薄青色と白。リアンは空の中にいた。
上も下もわからない。どこに立っているのかも。地に足がついていないから、宙に浮いているのかもしれない。
「リアン……」
誰かが呼びかけてくる。遥か遠くから聞こえるようで、あるいは耳元にささやきかけるような。
初めて聞く声なのに、懐かしいような。不思議な声だった。
「俺を呼ぶのは、誰?」
「リアン、聞いてください」
問いに答えることなく、その声は言葉を続ける。
「これから行われようとしている、黒龍封印の儀は……本当に正しいことでしょうか?」
「それは……正しいか、なんて……」
間違っているとは思う。だが、それを放棄すると、世界が危機に瀕することになる。そこに是非はないはずだ。
「この儀式には、ある矛盾があります」
「……矛盾?」
「あなたは、それに気づいているはずです」
たしかに。黒龍封印の儀には、何か違和感がある。
あと少しのところで、言葉にできないのがもどかしい。
「それは、歴史と伝承……」
「え?」
「あなたの知る過去の歴史の、表と裏の両方を読み解いて、その過ちに気づいてください。……あなたなら、できるはずです」
伝えるべきことは伝えたとばかりに、声の気配が遠くなっていく。
空はかき消え、やがて辺りは闇に包まれた。
空と雲が消えて、暗闇の中。
あぐらをかいて座りながら、リアンは考え続けた。
歴史と伝承――。
これまでの情報の中に、おかしな点はないか。今のリアンにできることは、おそらく考えることだけだから。
黒龍封印の儀には、生贄が必要。
そう、生贄だ。
儀式の日、巫女は火山に飛び込む。
霊石の巫女の役目は、命を賭して儀式魔術を発動させることだ。それによって黒龍は封印できるという。
だが、千年前のラスベルはそれをせずに、何らかの方法で黒龍を封印している。
そして、ラスベルは――黒龍封印の儀という習慣を作った……?
「何かが、おかしい……。当時のラスベルやエレナは、そんな誰かの命を使った封印で良しとしたのか?」
封印の維持には巫女の犠牲が必要ならば、最初の生贄になるのはエレナだったのではないだろうか。
だが、黒龍イリュードフレアを封印した後に、エレナは暗殺者によって殺害されている。
「……何か…………前提が、間違っている……?」
手記で見た内容だけでなく、実際の伝承とも比べてみるべきだ。
実際の伝承では、どうなっていた――。
生贄。
黒龍の復活。
「常闇の賢者は……巫女の命を生贄に捧げることで、黒龍を現世に呼び寄せようとした……」
勇者ラスベルの作った、黒龍封印の儀というしきたり。
勇者――だが、リアンの出会ったラスベルは、勇者というにはあまりにも恐ろしい人物だった。
もしラスベルが、その頃から人間に対して憎しみを抱いていたとしたら。
黒龍の呪いをその身に宿したラスベルが、黒龍の復活を望んでいたとしたら。
黒龍封印の儀は、本当は――。
そこでリアンは目覚めた。花畑の中で、朝日を浴びて。
隣にいたはずのティアもいないことに気づいて、リアンは飛び起きた。
「ティア、どこに……そうだ、儀式は!?」
周囲を見回すと、ちょうど村のほうから白いワンピースを着た金髪の少女が駆けてきていた。
「リアン、ここにいたのね」
「セーラ。もう動いて平気なのか?」
「はい。それよりも、もう儀式が――」
「セーラ、ラスベル冒険記のストーリーは覚えてるよね?」
「え? ええ……」
突然のリアンの質問に、セーラは戸惑いながらもうなずいた。
「その……常闇の賢者が黒龍を現世に呼び出した方法って、どんなのだった?」
「えっと、それは……」
セーラは顎に指を当てて、頭上を少し見上げてから答える。
「巫女であるエレナの命を捧げようとして、でもラスベルに邪魔されたから、最後は自らの命を使って黒龍イリュードフレアを顕現させました」
そこまで言ったところでセーラは、はっと表情を変えた。
「え……これって、もしかして……」
「セーラ、気づいたか?」
セーラはきっと頭がいいから、これだけの情報でも何か違和感を覚えたのだろう。
「伝説の勇者――ラスベルは言っていた。『すべての人間に復讐する』って。……その方法が、黒龍イリュードフレアを復活させることなら」
リアンたちの知っている伝承だって、廃都で見つけた手記だって、間違っているかもしれない。長い年月によって歪められているだろう。
だけど、それはこの「黒龍封印の儀」だって同じだ。
「黒龍封印の儀は……黒龍イリュードフレアを甦らせるための儀式だったんだ」
その直感は、おそらく正しい。
黒龍封印の儀はラスベルが提唱して始められたと伝えられている。
であれば、それ自体が過ちであり、仕掛けられた罠なんだ。
それには、セーラも肯定した。
「たしかに……儀式魔術が必要だとしても、巫女が火口に身を投げるなんて方法は、おかしいわ」
リアンは走った。儀式の行われる山のほうへ。
前回の儀式を放棄したときに黒龍イリュードフレアが不完全な状態で復活したのは、それだけ力を取り戻しているという証拠だ。
急がないと。もう、儀式が執り行われている頃だ。
山に向かって装飾された道を通り、リアンはただ走った。後ろからはセーラが遅れてついてきているけど、待っている余裕はない。
火口に近づくと、動物の牙や宝石などたくさんの装飾によって飾られていて、そこに人が密集している。おそらく村中の人が集まっているのだろう。
「儀式を……儀式を中止してくれ!」
叫びながら、人波をかき分けて、リアンは進む。
「これは罠だ! 儀式を中止するんだ!!」
その声を聞いた村人たちが、リアンを取り押さえようとする。
「黒龍封印の儀をやめろだって!?」
「やはり余所者が儀式の邪魔をするのか……!」
火口に近づこうとするリアンを、村人たちが止めようとする。
腕や肩、腰を掴まれても、それを懸命に振り払ってリアンは進んだ。
「ティア!」
「リ、リアン……?」
火口縁では、霊石の巫女としての衣装で着飾ったティアが、途切れた橋のような飛び込み台の上に立っていた。
美しかった。思わずリアンは、一瞬だけその姿に見惚れる。
「おとなしくしろ、余所者め!」
その間に、リアンは村人たちに取り押さえられた。
ちょうど近くにいたキードが、驚いてそれを見ている。
「リアンくん!」
「キード、儀式を止めてくれ!」
それを聞いたキードは、悲しげな顔をして言う。
「リアンくん……もう、それは無理だよ……彼女の心のことを考えても、ここは島の掟通りに――」
「ちがう、これはラスベルの罠なんだ!」
キードは目を見開いた。
そのとき、人波の中から黒い影が飛び出してくる。
「よくわかりませんが……」
シファが、リアンを取り押さえていた村人の一人に飛び蹴りをかました。
「なんだかおもしろそうなので、付き合いましょう」
「……シファ! 助かる!」
シファが刀で村人たちを脅しているうちにリアンは抜け出して、ティアのもとへと走る。
儀式を取り仕切っていた村長のエルマンが、慌てて皆に指示を飛ばす。
「くっ、早く儀式を完遂させるんだ。急げ!」
「待ってください……!」
リアンの叫びも届かず、火口縁にいる人々が呪文のようなものを唱え始めた。
駆け寄ろうとしたリアンの腕を、キードが掴んだ。
「リアンくん、待つんだ。もう遅い。ここで儀式を止めるのは、まずい……!」
「離してくれ。今は説明している場合じゃ……くそっ!」
リアンはキードの腕を振り払って走る。
同時に、エルマンがティアに告げた。
「さあ、ティア……火口に飛び込むんだ」
儀式の最後の行程。ティアは自ら火口へと身を投げ出すことで、儀式は完成する。
「ごめんね、リアン……」
「待って――」
ティアは深呼吸して、火口へと向かって体を倒す。そのまま、真っ逆さまに落ちていくように。
「ティア、だめだ! その儀式は間違いだ! ラスベルは巫女を生贄にすることで、黒龍を復活させようとしているんだ……!!」
火口に身を投げ出しながら、ティアは目を見開いた。
「え……?」
火の中に落ちていく、華奢な体。何かにつかまろうと、ティアは手を伸ばす。火口縁に駆け寄ったリアンも、必死に手を伸ばした。
届かない。
二人の手は、空を切った。
そのとき、火口の中から、炎によって形成された龍の頭が飛び出してきた。
『――我が復活の糧となれ』
巨大な顎が開く。
驚きに目を見開く村人たち。
炎の顎が、落ちていくティアの体を飲み込んだ。




