第22節 砕かれた憧れ
ラスベルもまた大剣を抜く。それだけで大気が揺れた。
リアンは手を、腕を、握りしめた剣を振るわせながら、刃を正面に構える。
やるのか。勇者と呼ばれた男が、どうして。
混乱しながらも、ラスベルはリアンに明確な殺意を向けていることだけはわかる。
ふと。ラスベルが空を見上げた。リアンもつられて頭上を見上げる。
日が暮れて薄暗くなった瑠璃色の空に、白い大きな鳥が、虹を残しながら飛んでいるのが見えた。
あれは。
「フィリオスルピア……?」
伝説の霊鳥。その姿は、言い伝えられたフィリオスルピアの描写と一致していた。
リアンの夢。ずっと追い求め続けてきた憧れの霊鳥が、勇者が、そろって目の前に現れた。
茫然としながらリアンはつぶやく。
「ここに……いたのか……」
ああ。ここに。だから人々はだれも、霊鳥の姿を見つけることができなかった。
その美しい姿に見惚れる。目の前にいる強大な敵の存在も忘れて、リアンは空へと手を伸ばした。
そのとき。ラスベルが頭上を見上げたまま、大剣を腰だめに構えた。
「ハァァァァッ!!」
気迫の声。同時に大剣を空に向かって振るう。
するとそこから凄まじい魔力が黒い閃光となって迸り、白い霊鳥へと直撃した。
大きな白の鳥は胸元を大きく斬り裂かれ、血を流しながら彼方へと墜落していく。
「何を……」
突然の出来事に、リアンは目を見開いた。
それに対し、ラスベルが言い放つ。
「お前の夢など、こんなものだ」
「何やってるんだ、お前ぇ!!」
遠い彼方へと落下していく白い鳥に向かって、リアンは走り出した。しかし、その進路にはラスベルが立ちはだかっている。
わけもわからず、剣を構えながら走る。
「うおおおッ!!」
怒りのままにリアンは勇者へと剣を叩きつける。夢が、いとも簡単に斬り捨てられた。憧れの勇者に。あれが本当にフィリオスルピアだったのかどうかは問題ではない。夢と憧れの両方を同時に否定されたのだ。そんなことは、許されるはずがない。
振り抜いたリアンの剣は、ラスベルの大剣によって軽々と弾き返されて。同時に腹をしたたかに蹴り抜かれた。
剣を落とし、地面を転がり倒れるリアンを、ラスベルの真紅の瞳が見下ろす。
「あんたは俺の憧れだった……なのにどうして!!」
ラスベルは倒れたリアンの首を片手でつかみ、軽々と持ち上げる。
「ぐっ!」
「俺は、すべての人間に復讐する」
「は……なせ……」
「……お前に、巫女を助けるのは無理だ」
「どう、して……それを、知っている……!」
首を絞めるラスベルの力が、さらに強くなる。
「もう二度と大志など抱くことのないように……」
真紅の瞳で、強く睨みつけながら。
ラスベルが――リアンの憧れの存在が告げる。
「お前の憧れに、引導を渡す」
凄まじい魔力が、突風となって吹き荒れる。
ラスベルはリアンを高く前方へと放り投げた。そして。
「……吹き飛べ」
爆裂の魔術。魔力が炎となって、巨大な爆発が巻き起こる。
すさまじい爆風にあおられたリアンは、無数の瓦礫とともに吹き飛ばさた。体がバラバラになりそうなほどの熱と衝撃。そして地面に叩きつけられ、無様に転がりながら意識を失った。
図書館塔の地下。キードは書物を調べていたが、黒龍に関する情報については有力なものが得られなかった。
ただ、遺体の懐から手帳のようなものが見つかった。そこに書かれていたのは「黒龍は国を滅ぼすためにフォーゼリアへと迫っている。きっとイスカ島の住人が儀式を怠ったからだ」という内容だった。
そこでキードは推察した。もしかしたら、保管されている文書の中から、黒龍イリュードフレアに関するものだけ抜き取られているのかもしれない。
災いの当事者であるフォーゼリアの住人が、手がかりを求めて持ち出したのだろう。そして、黒龍によって諸共に焼かれた。そう考えるのが自然である。
「……多くの発見はあったが、肝心の『黒龍封印の儀』に関する情報は得られないか……」
これではティアを助けることは難しいだろう。キードはため息をつきながら、持ち帰る本をまとめていると。
ズン、と地響きを感じ、直後に地上のほうから爆音が聞こえてきた。
「なんだ……!?」
今のは爆発か。リアンは無事だろうか。
キードは急いで地上へと出た。
暗闇の中、だれかが呼びかけているのが聞こえた。
体中が痛い。それに、ああ――もう起きたくない。
「……リアンくん!」
呼びかけられて、仕方なく目を開ける。
星空の下。廃都の中。
気づいたら、リアンはキードに担がれて運ばれていた。
「……キード」
「リアンくん。よかった、気がついたんだね。いったい、何があったんだ?」
「…………」
リアンは答えられなかった。あまりにもいろいろ起こりすぎて、まだ頭の中が整理できていない。
するとキードはそれを察したように状況を説明する。
「爆発があったような形跡があって、そこにリアンくんが倒れていたから、ここまで運んできたんだ。……何が起きたか覚えてるかい?」
「……ああ」
見るとキードも出発したときより荷物が少ない。きっとリアンを運ぶために放置してきたのだろう。
「……船に行ったら話すよ。歩けるから、降ろしてくれ……」
「本当? ひどい怪我だけど……」
キードはリアンを降ろした。
「ぐっ……!」
「リアンくん、本当に大丈夫かい?」
やはり体中が痛い。それにめまいでふらつく。
けっきょくキードに肩を借りながらリアンは歩く。
やがて船に着いた。渡し板から船に乗り込むと、ようやくリアンは一息ついて座り込む。
さて、キードにどう話したものかと悩んでいると、ふとリアンはセーラが船に戻っていないことに気がついた。
「セーラは……無事かな」
「セーラちゃん? たしかに心配だ。爆発に巻き込まれていないか」
「……探しに行かないと」
リアンは立ち上がった。体は痛むが、歩けないことはない。
「待って、リアンくん、きみは安静にしたほうがいい」
「だけど――!」
心配だ。もしセーラがあのラスベルと出会っていたとしたら――。
「私が探しにいく。リアンくんはここで彼女の帰りを待つんだ」
そのとき、瓦礫の陰からフラフラと歩いてくる少女の姿が見えた。
「セーラちゃん!」「セーラ……!」
おぼつかない足取りのまま、セーラは船に乗り込もうとする。
「お二人とも、お待たせしてごめんなさい……」
「セーラちゃん……。いや、そんなことより……つかまって」
キードはセーラを支えながら船に乗せた。
彼女は頬も額も赤くて、今にも倒れそうだった。
「セーラ、どうしたんだ……熱があるじゃないか」
「それよりリアン、その怪我は……」
二人同時に互いの心配をして、それから一呼吸置いてからセーラが言う。
「わたしは……ちょっと体調を崩してしまって……すみません。それよりリアンは……?」
「俺は……」
リアンは言いかけて、口をつぐんだ。
するとキードは話をまとめるように言う。
「とにかく、もう黒龍封印の儀まで時間がない。一度イスカ島まで戻ろう。その間に話は聞くよ。セーラちゃんは、船室で休んでいて」
「……わかった」
「はい。すみません……」
セーラは熱に浮かされながら、船室へと戻っていく。
何がなんだかわからないとつぶやきながら、キードはジークフリートに船出の合図をした。
船に乗りながら、キードには事の顛末を説明した。リアンとしても千年の時を経てラスベルが生きていることは疑問であったが、キードはリアンの言うことを概ね信じてくれた。
「ラスベルが今も生きている……それこそが、手記に書かれていた黒龍の呪いの影響なのか?」
フィリオスルピアのことは、キードには言わなかった。――なんとなく、言いたくなかったからだ。
それからは、ほとんど無言だった。セーラは体調不良で寝込み、リアンとキードはそれぞれ失意のまま、船に揺られる。
帰りの航海は、来たときよりも時間がかかった。どうやらジークフリートは魔力が回復していないらしく、全速力が出せなかったらしい。
イスカ島に着いたのは、翌日の夕暮れ。儀式のときまで、もう一日もない。
セーラを船で寝かせたまま、リアンとキードは村へと戻った。
藍玉亭の宿に着くなり、ティアとシファがリアンたちを出迎える。
「みんな、おかえり! ……リアン、どうしたの、その怪我……?」
「いろいろあったんだ。……でも大丈夫だから、心配しなくていいよ」
「……そう。ちょっと待ってて。リアン。そのままじっとしていて……」
言われるがままにしていると、ティアは首にかけたペンダントを外して、祈るように両手で握りしめる。
すると、あれだけ重症だったリアンの怪我が、みるみるうちに治癒されていく。
「これは……」キードが驚きの声をあげた。「奇跡……いや、治癒の魔術か。珍しいね。きみは魔術も使えるのかい?」
「うん。少しだけ……この石の力を借りれば、巫女は魔法が使えるんだよ」
ティアの回復の魔法の効き目はすさまじく、すっかり痛みも引いて動けるようになった。
「……ありがとう。ティア」
リアンは微笑んでみる。でも、うまく笑えているだろうか。
すると、ティアが気遣うように顔を覗き込んでくる。
「リアン……大丈夫? まだ痛む?」
「平気だ。すっかりよくなったよ。ティアのおかげだ」
「……なら、いいけど……」
まだ心配そうなティアに代わり、シファが肩をすくめながら口を挟む。
「しけたツラですね」
「……そうかもな」
「ティアを助けるとか息巻いていたのに、そんなんで大丈夫ですか?」
「……わからなくなった」
ぽつりとつぶやくリアンを、シファが横目で睨む。
「ティアを助ける方法が、本当にあるのか……夢を信じ続けるのが、本当に正しいのか……何も、わからないんだ」
それを聞いたシファは、苛立たしげにリアンの鳩尾を蹴った。
「ぐっ! ……何すんだよ」
「……知りませんよ、あんたなんか。諦めるなら、せめて最後まで彼女のそばにいてあげたらどうなんですか?」
そう吐き捨てて、シファは宿から出て行ってしまった。
乱暴な言い方だが、たしかにその通りだ。
最期までティアといっしょにいること――ギリギリまで楽しい思い出を作ること。それが、友達としてリアンにできる唯一のことなのかもしれない。
続いてキードも「……私も、少し船の様子を見てくるよ」と宿の外に出た。
宿の食堂で、二人きりになった。
「リアン……」
ティアがリアンの背をそっと撫でる。
「あたしはもう、とっくに死ぬ覚悟はできてるから、心配しなくても大丈夫……。だけど、あたし、リアンには夢を諦めてほしくないな」
「ティア……」
「憧れを追い続けてほしい……あたしが死んでも、ずっと。きみの夢が叶う、そのときまで」
心のままに、根拠もなく、やってみせると言いたい。
でも――。
「……俺は……もう、何が憧れで……何が夢なのか、わからない」
知ってしまったから。手の届きそうなほど近くに来て、ついに理解できてしまったから。
理想とは違う、現実の姿。
自分の目指してきたものが、本当はどのようなものだったのか。
「何か……あったんだね」
ティアが泣きそうな顔でリアンを見つめる。こんな顔をさせたくなかった。任せておけ、と言うのは簡単だったかもしれない。けど、最期の約束になるかもしれないこの期に及んで、情けない弱音を吐いてしまう。そして。
「ごめん」
けっきょく謝ることしかできない。そんな自分がどうしようもなく嫌いだった。
「いいよ……あたしこそ、勝手にきみに夢を重ねちゃってて……あはは、何言ってるんだろうね、あたし」
ティアは泣きそうな顔のまま、小さく笑みを浮かべた。悲しいときほど笑うのが、彼女の心根なのかもしれない。綺麗な生き方だな、とリアンは思った。
「でもね、リアン……あたしは信じてるよ。きみはきっと、また立ち上がるって。あたしの勝手な願望かもしれないけど、それでも……」
こんな状況でも、ティアは励ましてくれる。一番欲しい言葉をくれる。
ああ。やっぱり死んでほしくない。ティアに生きていてほしい。
リアンは強くそう思った。




