第20話:〔禁断の地下区画〕
前回のあらすじ
多くの犠牲をだしながら、最小の犠牲でクラスターシープを撃破したハヤトたち。ヴァンドラに帰ることができたのは全体の1割にも満たなかった。
〔神秘の願い〕
艦橋で会議を終えたシェオルは左腕につけたガントレット端末を閉じて帰り支度をしていた。傍にはいつものように背の高い男が姿勢正しく待っている。
「この前は本当に申し訳なかった。ガイアベラムにあまり良くない兆候がでている。気をつけなさい」
以前憤怒に満ちていた彼と同じ存在とは思えないほど落ち着いた雰囲気で坂本艦長が軽く頭を下げた。
「それが新しい未来ですか? いざとなればハムもいますから!」
シェオルの肩から小さなハムスターがヒゲを動かしながら顔をだした。温もりのある手のひらにのせるとすぐに丸くなって眠ってしまった。
「あら、電池切れみたいですね」
「それは頼もしいものだな」
艦長や幹部たちはガラスで仕切られたとなりの指揮所へ戻り、会議室にはシェオルと付き人だけが残った。
後片付けをすませて帰り支度をしていると、ふと違和感を感じたシェオルは顔をあげた。入る時には色鮮やかだった部屋の片隅に置かれた花瓶の花が異様なほど真っ黒に萎れている。今まさに生命を終えたばかりのように花びらが数枚床におちた。
「ほんとに、嫌な予感がしますね……」
身を案じた護衛官が近づいてくる。
「帰り支度はお済みですか?」
「えぇ、人通りが多いうちに帰りましょうか!」
シェオルは後ろでまとめていた髪を解いて白い上着を羽織った。斜め後方に護衛官が位置取るようにして廊下を歩く。
汚れもない真っ白な金属の壁に明るい照明。誰もいない通路と十字路が延々と続いている。
「この時間人通り少ないから怖いですよね〜」
「この階層は保安のため、立ち入れるのは艦橋要員と要人のみ。ここは安全です」
「そうですよね! ヴァンドラにいるうちにやるべきことをやらないといけないですし」
「あまり人前に出ることは得策ではないかと。警備にも限界がありますので」
シェオルの世間話に合わせるように事務的な口調で護衛官が答えた。
ヴァンドラ艦首の艦橋付近は立ち入る人数の少なさと移民船であるがゆえの艦内面積の広さによって人口密度が低かった。清潔さが保たれた雰囲気の明るい金属製の通路は主要通路からひとつ裏道にずれただけで、人はめっきり減ってしまう。ドアと道と曲がり角。艦内を清掃する無人機が稀に徘徊しているだけの同じような風景の寂しい空間がさながらダンジョンのように入り組み、どこまでも続いている。
「お待ちください」
いくつかの十字路を過ぎたころ、護衛の付き人がホルスターに手をかけて前に出た。十字路の角で黒いなにかが待ち構えるように揺らいでいる。
「あれは……?」
「おそらく我々をつけてきた……」
「わすれものをとりにもどりましょうか!」
シェオルは機転をきかせて肩にかけていた小さなハンドバッグを探りながら元きた道をもどる。しかし――。
「こちらにも。我々は待ち伏せされている」
護衛官はサングラス型端末に片手をふれて通路の途中で歩みを止めた。黒服にサングラスという風貌の護衛官がシェオルの前に立ち塞がるように立つ。彼が見つめる曲がり角にも敵はいた。黒い丸みを帯びた影が赤く光るレンズの目でこちらをじっと見つめ、ひっそり息を潜めている……。
「両手を上げてでてこい。あからさまに隠れるというのなら容赦はしない」
護衛官が拳銃を構えて威嚇する。左右の脇道からでてきたのはハエを彷彿とさせる潜水マスクのような覆面に全身をスーツで覆った異質な人影。だらりと垂らした両手の甲には刃物と思しきものがついている。後方からも同じような格好をした者が2体。そして正面に初老の男が立ち塞がり、逃げ道を完全にふさいだ。
「ウノ……。ヴァーリィ……」
シェオルはロングスカートをなびかせて怯えるように片足を引いた。向かい合った初老の男の顔は異様な若さの顔面で、それは幼い頃から育ての親、若さの残る東洋系の顔立ちに変わっていたからだった。
その顔はさらにぼやけるように変化する。血の気のない白い肌に大きな黒目。およそ化け物と言って差し支えないほど醜い姿で語りかけてくる。
「君たちが欲しいものはここにある。そして私が欲しいものはそこにある」
全身の気力が吸い取られるような声でシェオルが腰に下げている装飾短剣を指差した。
「これは……あげません!」
「是非もない」
ウノは部下たちに目配せした。
「いますぐに道をあけろ。さもなくば弾をくれてやる」
護衛官の警告にも彼らは動じない。
正面3人、後方2人。前後を十字路に挟まれた通路の真ん中でシェオルと護衛官は完全な包囲態勢のなかにいた。左右には部屋があるものの、電子ロック式のスライドドアになっているため入ることができず、身を隠す場所さえない。
「ッ!!」
やむを得ず先手をうつように護衛官がマシンガンのように何発かの弾丸を放った。通路に響く銃声。弾は壁に吸われるように彼を避けた。
「こいつはシュヴァルリエか!」
ジャケットの裾から対シープ用の1発撃ちきりの大型拳銃を彼にむけて放つ。大砲のような反動のあまり真上をむく銃口。奇妙なことに切り札さえ液体のようにはじけただけだった。
「無駄だ。シールドを装備している」
ウノが無表情で抑揚なく放った言葉はまるで死刑宣告のようなものだった。護衛官は見えない壁に潰されるように壁に押し付けられた。さらに力が加わり最後には赤いシミに変わった。
「そんな……!」
人間が扱う武器では彼に勝てない。わかっていてもシェオルは前にでて武器を構えた。
シェオルはガントレット端末のスロットからスマートナイフの柄をとりだして刃を光らせた。
「そんなオモチャは通用しない」
ウノが力強く握るような動作をした。その手に潰されるかのようにナイフの刃が火花を散らして折れ曲がった。
「その剣はただの飾りか?」
武器を失ったシェオルは空色の短剣に手をかける。一瞬ためらって黄金の柄を握りしめ、鞘をつけたまま片手に構えた。
「なぜ手放さない? 3つの球体を集めたところで終わりのない永遠が繰り返されるのみ――」
「これをあなたに渡しても新しい混沌を生むだけでしょう?」
シェオルは息を吸って短剣を鞘から抜いた。近づく敵たちを追い払うために虹色の粒子を帯びた剣を振るたび、心臓を握り締められるような激痛がともなった。
「ひぐっ……」
白い衣服に光り輝く剣を手にした少女は胸をおさえて前屈みによろめいた。
ウノは不敵な笑みを浮かべた。
「当たらなければ恐れるものではないな?」
手の届く距離まで近づいてきたウノに剣をむけるが体力は限界だった。短剣は白いタイルの上を跳ね、シェオルは陸に打ち上げられた魚のように呼吸を荒くして倒れた。
そばにしゃがみ込んだウノが短剣の上にハンカチをかぶせる。手を伸ばした瞬間、左腕をつきだしたシェオルがガントレットに残っていたスピアモジュールを起動した。軽い反動をうけてウノの顔面に鉄針をぶちまけた。宇宙空間でも使える火薬式のダーツは彼の頭に見通しのいい穴をあけた。白い壁に赤黒い飛沫が飛び散り、貫通した針が壁に深く刺さっている。ウノはそれを気にする様子もみせない。まるで生き物でさえないかのように彼は喋って笑った。
「ギギギ……?」
血まみれになったウノを心配するかのように見つめ、意識を失ったシェオルを眺めて黒い人影たちは首を傾げた。
「生きたまま地下へ連れていけ。エサとして使えそうだ」
「ギィィ……?」
「顔を綺麗にしなくては、先にいけ」
「ギギ!」
ウノは穴だらけになった顔に触れて、まわりで息を潜めていた黒い人影たちは異様な鳴き声をあげて意識を失ったシェオルを肩に担いでどこかへ連れていった。
〔追跡〕
その日の夜、ヴァンドラに戻ったばかりのハヤトは悪夢にうなされていた。足の半分まで水浸しになった部屋に一人きり――。
「何だここ?」
あちこちから人が集まってきて身の回りに集う。なぜかは知らないが、手足を掴んで水中に引き込もうとしているのがわかった。
「ああああーー!!」
寝ぼけたハヤトは絶叫と共に全力パンチをくりだした。
ガンッ!!
本来なら幽霊に命中するであろう一撃。しかし、その先にあったのはヘッドボードだった。夜には到底似つかわしくない騒音が部屋を貫いた。
「いってぇ……」
目覚めたハヤトが握り拳を撫でる。ヘッドボードは触ったかぎり拳の形にへこんでしまっていた。拳銃で壁を撃ち抜かなかっただけいくらかマシだろう……。怯えながら起きあがったハヤトはキッチンで水を飲み、気持ちを落ち着けた。ベッドに戻っても寝付けずにハヤトは起きた。
「寝れないな……」
寝ることを諦めたハヤトは、早朝にもかかわらず部屋を出て上階の展望エリアで思案を巡らせていた。アンビエントな音楽が流れるこの場所では、心が落ち着くからだ。
惑星メルタで起きたあの悲劇から、もう1ヶ月も経っていた。模擬弾を実弾にすり替えたチョッパーと名乗った犯人はまだ捕まっていない。
一瞬で血と肉の破片に変わってしまった彼女の最期がふとした瞬間に、いまでも鮮明に思い出す。まだ生きていれば今頃話すことだってできたはずなのに。
「捕まえられなかった……」
もう手がかりさえもない。最後に見たのは輸送船を奪って宇宙に出ていくところまで、俺は犯人を見つけ出して捕まえる覚悟でいた。セリカの仇だからだ。でも、犯人を見つける。なんてことは、どうしたって無理なんだろう。これ以上どうにもしようがない。
ハヤトは芝生に座ってうなだれた。
唯一気になった担当医の仕草も調べてみたが、それはただの病気のような症状らしかった。検索結果に出てきたサイトも片っ端から読んだ。けれど「首をかしげるのはターゲットにされている暗示」だとか陰謀論めいた嘘くさい話ばかりで、真実とは程遠いものばかりだった。
「だめか……」
寝転がって両手を広げる。前髪を風が不規則に揺らした。すごく地球に似ている。草も木も、空は宇宙だけど夜はだいたいこんな感じだろう。もしヴァンドラで生まれ育っていたら、ここが地球だと言われても疑いもしなかったはずだ。
ハヤトは空を見上げた。天井は一面窓になっていて、大きな戦艦や、デッキから飛び立った小型船が目にはいってくる。
展望エリアはとても閑散としている。一般市民は外出制限中の時間だからなおさらだ。夜に出歩いてるような人はほとんどいない。あたりを見渡しても、小川の橋を夜勤明けの白い制服を着た男女がロマンチックに歩いているくらいのものだ。
ここにいても時間が過ぎるだけ。なにか行動を起こさなきゃ。カチリと2時を指す時計塔の針を見てハヤトは起き上がった。これから情報集めという暇つぶしがてら船内を探索するつもりだ。どうせ収穫はないだろうが、待っていても犯人は出てきてくれない。それならこっちから探すしかない。
展望台を離れたハヤトは、エレベーターでメインデッキに降りて歩みを進めた。艦橋から居住区まで続く幅の広い道だ。とにかく行動しようと思ったのは良いが、行き先は決まっていない。
このヴァンドラには大きく分けて四つほどの区画がある。
今いるこのメインデッキは艦首側の戦闘区画。シュヴァリエや兵士の居室、司令部などがある。
民間人や、軍人とその家族が住む中央の居住区画。
艦後部の動力区画、その名の通りエンジンがあって艦載機を駐機する格納庫もある場所だ。
最後に、艦の底部にある地下工業区画。
ここはほとんど無人の空間で、食品工場や武器製造工場がある。およそ居住区と戦闘区画を合わせたくらい広い。ヴァンドラの中枢部ともいえる場所だ。
内部は迷路のように入り組んでいて、工業区画のさらに下層には、謎の機械などが残された場所があるらしい。その異質な雰囲気からいろいろないわくがある。
たとえば、工業区画には未調査の謎の区画があるという話。これはとても有名だ。ほかにも曰くつきの話はさまざまある。
そもそも、このヴァンドラという船自体が宇宙を漂流していたものを偶然拾って再利用したものだ。誰が作ったのか、いつから存在していたのか、それさえ分かっていない。だから、それらの話が一概にウソともかぎらないのが本当に怖いところだ。
ふいに地下探索を思いたったハヤトは、外していた戦術ベルトを腰につけた。左腰のあたりには、かつての日本刀の如くスマートナイフとライトモジュールが横向きにぶら下がっている。本来は縦に取り付けるべきものだが、そうすると走るときやしゃがんだ時に当たって邪魔になる。これは実戦にむけた工夫だった。
何か後ろめたいことがあるのなら、そういう人は限られた街の中に隠れるより、人が近寄らないような陰湿な場所を好きこのむはずだ。もし俺が犯人ならそうする。ここに行けば、なにか手がかりが見つかるかもしれない。ハヤトの想像はいつのまにか確信に変わっていた。
通路を歩きながらアビリティ端末でニュースを見てみる。
・緊急速報、元特務長官が失踪した事件。
・シープの襲来今夜にも。
端末の画面を閉じた。武器庫のわきに置かれたカートの後部に足を乗せる。以前起こした事故のせいか、最近は電動機付きになっていて、スティックレバーとブレーキがまともについている。
ハヤトはカートに乗って工場地帯をまっすぐに進んだ。左右の倉庫では工場作業員が手で曲げられるほど薄いアルミ板を手で貼り付けてプロペラ機や戦車のようなものを夜通し作っていた。
その様子はまるでハリボテを作っているようで、見なければ良かったと後悔するほどだった……。
この狭い世界ではあまりにも事件がないからニュースがない。船の中だから自然災害もない。海外のニュースは――。ないこともないが、上層のアメリカと下層にあるロシアとその他数ヶ国。それくらいしかない。そのニュースも、隣国の友好大使が来日しただとか血の一滴も感じないつまらない話ばかりだ。
外は今でも戦いがつづいている。なのに、居住区は平和なころの地球を切り取って持ってきたかのように殺伐ともしていない。まるで骨抜きの平和な世界だ。
もちろん、俺は戦争が好きなわけじゃない。だけど、今のこの世界にはあまりにも刺激がない。まるで絶滅しないようにただ生かされてるだけだ。ハヤトは今までに姿を消していった動物たちと自分たちは、もう似たような境遇なのだと悲観した。
だけど、世界をウエノ博士が取り仕切ってから世界は良い方向に変わった。彼の政策は一風変わっていて、自律神経からくるイライラをおさめるために、夜間の外出を制限したり、謎の不便はあったけど、不思議と殺人事件も減って、気づけば、乱暴な感情とは無縁の世界に変わっていた。いま思えば、この星間移民に適応できるように慣らしていたのかもしれない。
あらゆる物事に考えを巡らせつつ、前に進んでいくハヤト。階層に降りるにつれて、すれ違う人は減っていった。工業区画入り口に着く頃には、この船は無人なんじゃないかと思うくらいに静まりかえっていた。どこを向いても白い壁と通路があるだけ。見渡す限り、ほかに誰もいない。
「来るんじゃなかった……」
躊躇していると何人かの足音がきこえてくる。とっさに隠れて様子をうかがう。
「ヤメロ! ヤメロ!」
シェオルが連れていた小さなハムスターが黒い手につままれている。全身に張り付くような黒いスーツを着た怪しい集団が通路を歩いていく。最後のひとりは真っ白な制服の少女を肩に担いで円形の扉をくぐって暗闇に消えていった。
「まさか……!」
ハヤトはアビリティ端末を使って緊急ダイヤルに接続した。
プー……。プー……。プー……。
『只今、回線が混み合っています。時間をおいてもう一度お掛け直しください』
緊急ダイヤルは自動音声のあとすぐに切れてしまった。何度かけても繋がらない。深夜帯は一般市民は外出制限中の時間だ。居住区ではこう言われている。昼間は天国のように平和だが、夜は地獄のような犯罪に満ちている。都市警備隊も今は布団の中だろう。
「肝心なときに営業時間外か――……」
つづけて頼れる上司、ファル大尉に電話をかけた。
『ハヤトか、こんな時間になんの用だ?』
大尉は寝ぼけた声で不機嫌に答えた。
「地下の工業区画でシェオルに似た人を見た。それに変な黒い人が4人も。彼女を連れていたんだ」
『なんだと……? すぐにシュヴァリエを数人向かわせる!』
ハヤトの真剣な声を信じたのか、ファル大尉が位置情報を提供するように通知を送ってきた。
「追跡を許可した。端末の位置を追跡してほしい。あとをつけてみる」
『そこで待ってろ』
電話がきれてハヤトはふたたび静寂のなかにとり残された。
目の前には彼らが入って行った扉がある。
清潔な真っ白な壁に不釣り合いなほどドロドロにさびた鉄の扉だ。黄色い回転灯がハンドルの付いた丸型の扉を照らしている。
ハヤトは両手をハンドルにかけて回した。扉を引っ張るとカビっぽい湿気った風がふわっと流れた。
中を覗きこむと工業区は暗かった。機械の駆動音もしない。区画内の電灯はいくつか薄明かりがあるだけで、ほとんどが暗闇に満ちている。水の音もしていて工業区の中はまるで洞窟のようだった。
上部のバーにつかまって、両足を工業区画の中につける。足元には水面があった。
「水か、もれてるのか?」
ベルトからライトモジュールを取って足元を照らした。得体の知れない濁った水が足首までたまっている。さきほど入っていったはずの人影もどこにもない。水面が流れに沿ってしずかに波打っているだけだった。
彼らがどこにいるかさえわからない。あまりの不気味さに引き返したくなったが、わざわざ足を踏み入れた以上、ここまで来て帰ることはできない。
そう思うと、自然と足が動いていた。見えもしない足もとを確かめながら今にも消えそうな薄明かりを目指す。誘うように照らされた光の中には背骨のような機械が道に沿って不気味にのびている。もとは黒かったようだが、いまは厚く埃をかぶって白くよごれている。それが得体のしれない存在を連想させる。とても怖い……。
しばらく歩くと、当たり前ながら、なにごともなく蛍光灯の下についた。不安定に光を放ってカンコロンと電気が点いたり消えたりする音が小さく聞こえる。
振り向けば入り口の光がかなり遠い。
それを知った途端に、言いしれぬ恐怖がこみあげてきた。
ボチャン!!
暗闇のどこかで大きな何かが水に落ちる音がした。ハヤトは思わず小さな悲鳴をあげた。ハヤトは正体を確かめるために配管の陰から顔を出した。ライトを点けて左右に振る。
片方には光が差し込む出口。
反対側は暗闇。そこになにかを感じた。
ライトをむけると――……。
目の前に照らし出されたのは顔のない腐った頭蓋骨だった。さらに周りを照らしてみると、くすんだ乳白色の骸骨が水面から数体水面から生えていた。よく見ると水滴が頭蓋骨から天井に向かって滴っている。
天井に目を向けると、シェオルが連れていたハムスターが無惨な姿で張り付いていた。いびつな音を立てて鳴いた。
「ニ……ニゲテェ……ェェ……」
目は飛び出して生体部品が脈打っている。それが顔目掛けて落ちてきた。
ペチャ……。
まだ生暖かい肉の塊が額に当たった。
「うわぁぁぁぁ!!」
今度こそ叫んだ。
驚きのあまり後ろにたおれた。足場を踏み外したせいで、深く暗い水のなかに落ちた。水面のわずかな光を頼りに必死に泳いだ。でも下に向かう強い流れがあって逃れられない。どんなにもがいても下へ吸い寄せられていった。
底の配管に吸い込まれたハヤトは、水面にあがろうにも身動きがとれず、体をぶつけながら水流に流されていく。
このまま水面に出られないかもしれないと不安になってもうごけない以上、このまま流れに身をまかせるしかない。
今は考えてはいけない。
酸素の無駄だ。
ハヤトは落ち着いて、目を閉じた。気を紛らわすためにゆっくり数を数えた。時間をごまかして頭をだませば苦しくならない。それに、訓練では5分も息を止めていられた。だからパニックにならずにいられるはずだ。
きっと出られる。助かる。死なない。
ハヤトは頭のなかに自信をつけるような単語が次々にうかんだ。数をかぞえはじめてから数分が過ぎた。口にふくんだ空気はとっくになくなり、息苦しさを通り越して、意識が遠のいていく。
体がだんだんしびれてきて、水面のわずかな光もみえなくなっていく。意識を失ったハヤトは底も見えない深い水の底に沈んでいった。
次回、第18話:〔タコ頭の4人組〕
捕まったシェオルを追って水中に沈んでいくハヤト。謎の黒い集団が襲いかかる。
失ったはずの親友、いるはずのないもうひとりの自分。おかしな物事に疑問を持ちながらも、カズキは全シュヴァリエの未来をかけてリハビリを続け新型機のテストパイロットとして頭角を表していく。




