第21話:〔タコ頭の4人組〕
前回のあらすじ
クラスターシープと銀河を蝕む群れの多くを討伐したハヤト。ヴァンドラに戻っても変わらない日々が続いていた。そんなとき地下区画でシェオルを連れ去る人影を見つけ後を追う。その最中に足を踏み外し水中深く沈んでいった。
意識が途切れかけたとき、誰かが俺の体を引っ張りあげた。
水面に顔を出したハヤトは息を吸った途端に鼻と口から水が喉にながれこんだ。ツーンとして思いきりむせた。酸素が足りないせいか目がみえない。手探りで這い上がると左右を見渡す。が、やはり何も見えない。
手を伸ばすと、なにか柔らかいものを掴んだ。
しばらくして頭に酸素がまわってくると視界がぼんやりともどってくる。目の前にあるのは……。たぶん胸だ。ブラジャーのすこしかたい感触と柔らかさに顔を上げると、同い年くらいの少女がそこに居た。何か言っているみたいだけどまだ声が聞こえない。ライトブラウンの明るい髪に、白い上官服。あぁ、またシェオルさんだ。
そこまでの考えに達した時、ハヤトはそっと胸から手を離した。
どういうわけか彼女とはよく会う。本来なら式典で遠巻きに見かけるか、あるいは一生に1回出会うかどうかというくらい住む世界が違う。地下通路で印象的な出会い方をしたせいだろうか?初めて会ったときからずっと気になっているような気がする……。
「――大丈夫ですか?」
やっと聞こえた。はっきりみえる。遠ざかった意識のなかで「すまない」と答えてあたりを見渡した。暗くてよく見えない。天井を照らして光を行き渡らせた。部屋全体が明るさを得た。
そこは天井からぶら下がった裸電球があるだけの質素な空間だった。その光がスポットライトのようにふたりをうすく照らしている。薄明かりに照らされた壁の四隅は天井にむかうにつれて丸みを帯びている。
「ここは燃料タンクの中か?」
ハヤトは若干漂う油っぽい匂いにそう呟いた。
顔の水をぬぐって前髪をよける。ハヤトが起き上がってみせると、シェオルは「ふぅ……」と息を吐いて安堵した様子をみせた。
シェオルの両手は後ろ手にダクトテープで縛られている。唯一自由だった足を使って助けてくれたらしい。
それを見たハヤトは手首に巻かれているテープを切った。
「ありがとうございます。助かりました……」
「俺もだ。もう少しで死ぬかと思った……ありがとう。それと、胸のことはゴメン。目が見えなかったんだ……」
「気にしてませんよ! それにしてもよく会いますね。なにか縁でもあるんでしょうか……?」
ハヤトは彼女の向かいに座って「そうかも」と息絶え絶えに答えた。彼女の言うとおり、なにか特別な縁があるように感じる。
「あまりいい縁とも限らないみたいだけど……」
ハヤトは付け足すように言った。するとシェオルは「まだ分かりませんよ?」と天使のように微笑んでみせた。
「あの、どうしてこんなところに来られたんですか?偶然でも人がくるような場所じゃないのに……」
「俺の大事な親友を傷つけた犯人の手がかりを探していたんだ。そしたら転んで、落ちた先がここだったんだ」
息を整えたハヤトはそう答えた。
「にゃるほど……!」
「にゃ……?」
「えへへ……。舌ったらずで……まだ勉強不足ですね!」
シェオルは恥ずかしそうに左右に跳ねた茶色の髪を揺らして笑みを浮かべた。
向かいに座る彼女は、これだけ暗くて恐ろしい空間にもかかわらず、平常心を保って落ち着いていた。この陰気で不気味な空間さえ、彼女の自由奔放な雰囲気と上品さを前にして、その異様は保たなかった。いつしかふたりきりの安心と安らぎの空間に変貌していた。
こう言っては失礼だが、とても長官とは思えない。彼女からはそれ以上の器だというオーラをはっきりと感じる。
「それにしても、ここからどうやって出ましょうか?このハッチは開かないんですよね」
シェオルは後ろの大きなハッチを見つめた。ここも水密扉らしく大きなハンドルが真ん中についていて、回すと四隅にロックがかかる仕組みになっている。回してみても開かない。
「大丈夫。ファル大尉はこのことを知ってる。アビリティ端末も持っているからすぐ助けがくるはずだ」
「それなら助かりますね!」
シェオルが関心するように目を輝かせた。
「クラスターシープの討伐のことも、ありがとうございました。勲章とかそういうものさえあげられなくてごめんなさい」
シェオルは申し訳なさげに頭をさげた。
「気にすることじゃない。シュヴァリエとして当然のことをしただけだ」
そう答えてハヤトは濡れて重くなったジャケットを脱いで衣服を絞った。
「ところであの黒い奴らはなんなんだ?」
「あれは――。ウノ・ヴァーリィの配下でしょう。彼らに捕まってここに閉じ込められたんです」
「まさか。居住区で見かけたけど、そんなことをするようには見えなかった」
「彼は混沌と破滅を愛する存在ですよ? そのために私たちと同じように願いを叶えるためにスフィアを求めてます」
「じゃあ……。もし彼がスフィアを手にしたら――」
シェオルはそれ以上答えなかった。そのかわりに背後にジッと目線を向けたまま、そっと指をさした。
「話はあとにしましょう。彼らが戻ってきたみたいです!」
まさか、ここにいるのか……?
嫌な予感を感じつつも振り向く。振り向けばそこに赤黒い2つの光が暗闇の水面に揺らいでいた。その姿を直視したとき、それまでの高揚した気分はどこかに消え去った。
赤く光るふたつのまるい目にチューブが繋がったタコのような丸みのある頭。一見すると怪人のようにも見えるが正体はおそらく人間のようだった。奇抜な潜水マスクをした頭がこっちを向いて浮かんでいる……。
そいつは両手で水中から体を持ち上げ、這い上がってくる。ギュムギュムと足音を立てながら迫り来る。黒光りするゴムスーツを着ていて、背中には酸素タンクのようなものを背負っている。質感はシャチのようにざらざらとした感じだ。見るからに『暗殺者』とでもいうような恐怖感を煽る姿をしている。
そいつは拳を握って腕を振り下げた。手の甲に縮んでいた腕の鉤爪が敵意を示すように伸びた。その先端を向けるなりギラリと光を返してきた。
「おまえはだれだ?」
ハッチを焼き切るには間に合わないと悟ったハヤトはスマートナイフを握りしめて問いかけた。彼はハヤトの慣れた手つきに足を止めただけでなにも答えない。
口にはマスク型のチューブがついているため表情も見えない。彼が首をゆっくりと傾げる。背後の黒く波打つ水面に波紋がひろがる。さらに3つのタコのような頭が気泡を広げて浮かんできた。
「おまえたちは、か……!」
相手はなんと4人もいた。新たに現れた3人も水面から上がってくると、波打つように両手をくねらせて鉤爪を展開。戦闘体制に入ったようだ。ライトの光をむけると眩しそうに手で遮った。黒い丸みを帯びたヘルメットの中央にButlersと白文字で書かれている。
「バトラー……? 人間もどきの新兵器か!」
これを相手に戦うとなると、相打ちを覚悟しても勝てる気がしない……。
だけど、ここに来たのはきっと偶然ではない気がする。それなら俺は戦うべきだろう。たとえ違ったとしても――。俺には戦わないという選択肢はない。ここから生きて帰るためには、この全員を倒すしかないからだ。
覚悟を決めたハヤトは、逆手に持っていたスマートナイフを順手に持ちかえた。
「私にも何か武器をください! 私も戦います!」
「シェオルさんは下がってください。武器はこれしかありません。きっとあなたが目当てです。それならっ!」
シェオルをかばうように立ち塞がったハヤトは鋭い目つきでスマートナイフのスイッチを入れた。青白い光が刃を包み込んで部屋をわずかに照らした。
バッテリーはそう長く持たない。3分間のわずかな光だ。まさかこれが対人戦に不慣れな人間とは思いもしないだろう。
ナイフを握った手に力を込める。集中しすれば他が見えなくなる。どんな攻撃にも素早く反応できるように、浅く広く視野をとって、敵の攻撃を待ち構えた。
ゴムスーツたちは前後2列になって、鉤爪のついた両手をカマキリのようにもちあげて壁のように迫ってくる。
下手に手を出せないハヤトは、刃先を向けたままシェオルの前で立ち塞がった。数が多いうえに、相手の力量も分からない。1人倒したところで残りの3人がすぐに反撃してくるだろう。この狭い空間でそれをどうにかするのは不可能だ。
「こうなれば、やるしかないか……!」
足に力を込めたとき、隣にいたシェオルがそれを制止した。
「どんな敵にも弱点はありますよ」
真剣な目でゴムスーツたちを見つめたまま、小さくたしかな声で言った。ゴムスーツたちをあらためて見直した。するとあることに気づいた。奴らの体はゴム製。ぬれたゴムはかなり滑るか、滑らない。よっぽどの特殊素材じゃない限り、そのどちらかの特性だ。それに奴らはここに来るまでにあの暗いトンネルを通ってきた、懐中電灯がないということは、きっとナイトビジョンを使っているんだ。だから、あのタコの頭みたいなマスクには暗視機能がついていると思ってまず間違いない。
思わず口元が緩む。
これだけの弱点があればどうにか戦える。なんといっても俺はシュヴァリエだ。ただの人間が倒せなくてシープを倒せるわけがない。
それまで立ちすくんでいたハヤトは、壁を蹴って前に踏み込んだ。
驚いたゴムスーツたちは身を引こうとしてゴムの摩擦音を立てた。すかさずライトの光を顔面のアイレンズに浴びせる。ゴムスーツたちは眩しそうに顔をそむけた。暗視カメラが調光するわずかな瞬間。その一瞬の隙をついて前傾姿勢をとって駆け寄る。一気に肉薄し、首を狙って切りつける。丸みを帯びた頭がゴトリと落ちた。黒いウェットスーツの体がよろめくように倒れる。
「1体目!」
それを起点に猛進する。振り上げたナイフで鉤爪を腕ごと輪切りにし、さらに体を斜め上に切り上げた。横に振って2人目の首を刎ね、さらに空気を切るような切れ味で腕をとばした。
「うわっ!?」
後列にいた2人が左右からすかさず前に出てきて両手を使って交互に突いてきた。鍵爪を切り落とすが、もう1人に回り込まれて左右から連続で突きがとんでくる。避けきれず、ハヤトは手を出してかばった。
「ああぁぁぁっ――!!?」
皮膚が破れるような感触がして、手を貫いた切先が目の前に迫る。痛みはなかった。ショックで動けず、さらにもう一撃が脇腹に刺さった。
「あ……っ!!」
力が入らず前かがみになるハヤト。さらに追撃がくる。振り上げた爪が銀色の線になって向かってくるのがみえた。
(ここで死ぬわけにはいかないんだ!)
片足を後ろに引き、半身になってそれを躱してみせる。合わせるようにスマートナイフで下から上へ切り返した。さらにナイフを振り下ろす。わずかに伸びたリーチの差でその斬撃は相手の上半身を切りつけた。上半身から血を吹き出して3人目が倒れた。
「あと……。ひとり!」
さらに連撃をくわえるも、無傷に近い敵は後ろに引いていく。ハヤトが引けは相手は前に出てくる。攻撃は互いに何度かかするだけで致命傷にはほど遠かった。
ハヤトは脇腹をおさえながらどうにか立っていた。暗い地面に水音が響く。血を流しすぎたせいか、体が震えていうことをきかない。
「ハヤトさんっ!!」
駆け寄ったシェオルが落ちたライトを手にして光を浴びせた。悶えて顔を覆った鉤爪が自身の顔を傷つけた。それに逆上したのか、切先を向けてシェオルに向かって突っ込んでいく。真横を通り過ぎようとする相手にハヤトは倒れるようにぶつかって邪魔をした。
鉤爪がその白い制服を斬りつける。シェオルの生暖かい血の水滴がハヤトの顔面にふりかかった。
「くはッ……」
シェオルは青ざめた表情で右腕を押さえている。それでもまだ立ちあがる。
タコ頭は地面に転がったハヤトへの興味を失って、シェオルのほうを向いておもむろに首をかしげた。いまや標的は俺ではなくシェオルだ。どうにかしなければ……。
動け動け動け!
意思に反して、体は満身創痍だ。あちこち切りつけられて思うように動かない……。全身の力が抜けて、しびれたように手の感覚もなくなってきている。まだナイフを握っていられるのが奇跡のようだ。
最後の力を使って、腕に力をこめて振り絞る。ナイフを振り上げなければ、いまアイツをどうにかできるのは俺しかいない。けれどナイフを握る手がうごかない。意識していなければ今にも落としてしまいそうだ。
ハァ……。ハァ……。ハァ……。
どうにか腕を肩の上まであげるのがやっとだった。
背後で立ち上がるハヤト。それに気づいたタコ頭は、まだ生きていたのかと言わんばかりに血のように赤い目をよりいっそう光らせた。鉤爪のついた片腕をハヤトに向ける。
バシュ。バシュ。バシュ。
タコ頭が脇を締めるような動作で手を奇妙にくねらせた。圧搾空気の音がして、ハヤトは体を揺さぶられた。体を叩くような衝撃を受けてハヤトは体のあちこちが熱をもったように熱くなりそれが広がっていくような違和感を感じた。
「うッ……?」
見下ろすと胸元には鉤爪の金属の刃が刺さっていた。銃弾より遅いからシールドも役に立たない。なんて卑怯な奴なんだ。でも奇遇だな。俺も似たようなことをしようと思ったんだ。
「ころ……させて……。たまる……かッ!!」
口から血を吐き、ぼやける視界の中で、腕を力いっぱい振り下げる。
手から抜け落ちたナイフがタコ頭の眉間に刺さった。スマートナイフの切断力は触れただけで物を裂いてしまうほど、それが当たったとなれば――。
「ムオオオォォォッ!!」
両手を頭に当てて沈むようにすわりこんだ。頭から体を両断したナイフは地面に落ちた。すべての敵を倒してハヤトは立ち上がった。
「シェオルは……大丈夫?」
倒れそうになったハヤトは壁に手をついた。血の手形が壁に跡をつける。心配させまいと震える足で数歩いたが、それもすぐにダメだと悟った。
「動かないで! 血が……! 私が病院に連れていきますから……!」
シェオルが必死に担ごうとするが……。ハヤトの顔色はよくない。足をつたって血が地面に広がっていく。
「あはは……。この傷じゃそう長くはもたない。あなたは必要な人だ……。どうか生きて……」
ハヤトは肩におかれたシェオルの手を優しく払った。とたんに体が人形のように倒れて動けなくなった。あぁ、頭を打った痛みさえ感じない。とおくでシェオルの呼ぶ声が聞こえるけど目が見えない。でも無事ならそれで構わない……。
きっとセリカやみんながいる場所に行くだけだ。
ハヤトはだんだん視界が真っ白になって、眩しいほどに明るい光を見た。暖かい夢を見ながら静かな眠りについた。
次回、第話〔人間ではない〕
いつもと違うハンバーガーの味に憤慨するカズキ。その理由は新たに衣食を共にすることになった獣人に由来するものだった。その矛先はやがて今日までシュヴァリエを人とみなさず幾度も死地に追いやってきた上層部に向いていく。




