第19話:〔人間の戦い〕
前回のあらすじ
クラスターシープの攻撃を阻止するため体内に乗り込んだハヤトたちだったが孤立無援の状況でたどり着いたコアエリア。そこに待っていたのはいつもとどこか違う異質なラミアだった。
2対の手のような巨大生物は左右交互に平手打ちの要領で地面を叩きながら迫ってきた。振動で立っていることさえ難しい。ハヤトは指のような足を切りつけて横へ退いた。避けきれなかった隊員がトマトのように潰れた。感触を味わうかのように立ち止まり、鋭い歯を噛み合わせながら血溜まりを踏み荒らしている。
ハヤトはその隙を狙って背後から駆け寄り、攻撃を仕掛けた。チェーンソーのような刃がめり込む。半透明の粘液を噴出させた。どこにあるかわからないSクォーツを狙って満遍なく切りつけた。それでもコアが見つからず一旦距離を取ると、ラミアは手首にあたる部位からサソリのように首をもちあげた。そこについた異質なヒツジの顔面が表情を変えたようにみえた。視線の先にはコアクォーツに繋がった爆薬と起爆装置。喉の奥から威嚇とも笑いともとれるような不気味な音をだしている……。
「こいつは……人間のフリまでするのか!?」
ハヤトが呆気にとられていると、ラミアによく似た異形はなんと手足を伸縮させた。見かけ以上の俊敏さで飛びつくようにしてまたひとり隊員を捕らえた。機甲服に備わったブースターを噴射して逃れようとするが石膏のような指はびくともしない。
メキッ……。
一撃で装甲が潰れた。首の折れたヘルメットが力なく揺れる。その瞬間、一閃の斬撃が幹のような足を数本まとめて両断した。
「コイツをとめないと邪魔をしてきそうだよ?」
直刀を手にしたミシロはコアを探るように何度か背に刃をたてた。それでもコアは見つからないようで、ハヤトも加勢して地面とラミアの尻に繋がった電源ケーブルのような管を切断しようと切りつけた。
「同感だ。めずらしく知性を感じる」
尾の先についた顔面がハヤトに頭突きを繰り出した。ハヤトがいたのは管の上、頭突きは自身の中枢らしきものを思いっきり叩き潰した。
「アアアアァァァーーーーッ!!」
千切れた管を引きずってラミアが暴れ回った。それからすぐに蜘蛛のように身を丸めて動かなくなった。
「あれはキンタマみたいなものだったのか……」
ハヤトは対になるラミアを探した。もう一体は生まれたばかりのシープを引き連れて爆弾のほうへむかっている。
「セットした!」
「よし、ずらかろう!」
陸戦隊は中隊長にしたがって撤収にはいっている。
「待ってくれ! アイツを倒さないと!」
ハヤトは中隊長に呼びかけた。
「ただの雑魚に構う必要はない! 目的を達した。撤収だ!」
「アイツだけは爆弾をみていた。放っておけば失敗するかもしれない」
中隊長は出口とコアを見比べて戻ってきた。
「俺たちは戦うために志願した。ここがその場所だ!」
残ったわずかな陸戦隊員がラミアにむかって持てる限りの武器で攻撃した。練度は決して高くなく、銃弾や爆発の衝撃で壁面の卵から幼体が生まれ、魚群のように襲ってくる。大きさは人間の赤子ほどだが、頭と前足のみというオタマジャクシに似た姿で装甲に張り付いては自爆する。
「高台でライフルも使え! 安全とリスクはトレードオフだ」
ハヤトは後方にとんでコアの前に立ち、そこから撃ち下ろした。光線を吐けないシープはただの羊同然で死骸の山を防波堤にして戦った。
ラミアは群れでつながった管を隠して近づいてくる。ハヤトはその背中に飛び乗って尾の顔面に手を振った。振りかぶって叩きつけてくる。それを避けるとラミアは自身の頭突きで体を突き破ってしまい、手足をバタつかせで跳ね回った。
「そこまで頭はよくなかったか」
子羊を蹴散らし管をきる。ラミアは手足を縮めて静かになった。やはりこれが生きるために必要らしい。ラミアを倒したとはいえ、普通のシープは外から延々となだれ込んでくる。弾薬は尽き、残る刀剣もエネルギーが心許ない。
そんなとき中隊長がハヤトの背中を押した。
「部下を連れて跳躍しろ! いまなら敵が集まっている。ここはまかせて先にいけ!」
「隊長は!?」
「生きて帰るんだろ? この機体は燃料漏れだ。外まで辿り着けない」
「わかった。武運を祈る」
ハヤトは中隊長に敬礼して起爆装置を受け取った。かわりにまだ使える武装を置いて飛べる者をあつめた。
数人を残して濁流のような群れの上を飛び、コアルームの外へ急いだ。
〔脱出〕
コアルームの外は静寂だけが続いていた。
大地の先まで埋めるほどいたシープの群れはどこかへ去り、倒れた兵たちとまだ温もりが残るヒツジの死骸がうっすらと血の匂いを含ませた蒸気をあげている。
「だれも……生き残らなかった……」
ハヤトはわずかに顔を伏せて追悼の意を示した。最初から分かりきっていたことだ。こっちはたった数十人。障害物のない平地で全方位を数万単位の敵に囲まれて生きているはずがない。もし生き延びていたら――それこそ奇跡だっただろう。
ハヤトは無惨に踏み潰された肉片に失意の表情で佇むことしかできなかった。
「最初からわかってたことだよ。希望を求めてはいけない。ボクたちは友達も親友も恋人もいつかすべて失うんだから」
「そう……だな」
ミシロは当たり前のように言い放って、まだ動きそうな乗り捨てられた車両のほうに歩いていった。
「俺は悪運が強いだけかもしれない。もしそうだったら――」
「いつか死ぬね」
「あっさり言うな……」
「ま、そのときがくるまでだれにもわかんないよ?」
彼女なりの励ましなのだろう。ハヤトはうなずいた。
「まだ帰り道が残ってる。さぁ、いこうか」
「あぁ……」
壊れかけのAST-1に乗り込み、車両はすぐさま最大速力を発揮して離脱をはじめた。コアルームの外側にはレーザータレットのような防御機能をもった器官が生えている。さながら要塞のようなこれらの罠がまだ健在でも怖がる余裕さえなかった。飛び交う糸のようなレーザーには目もくれず、最短距離で戦域を離脱した。車両のエンジンの音に耳を傾けながら、ハヤトはコンサート会場のように賑やかなコアルームを車両の後部から凝視していた。クラスターシープの中心核にある巨大ドームは次第に小さくなって見えなくなっていく――。
行きは隊員でごった返していた車内はまばらに座る数人だけが武器を足の間に抱えて無言で揺れている。薄い装甲に響く聞き慣れた騒音も疲れ果てたいまのハヤトには眠気を誘う音楽にすぎなかった。
〔天変地異〕
回避を続けていたヴァンドラ艦隊はついにクラスターシープの眼にとまった。
「現在予定航路の半分地点。ガルダルス艦隊がいると思われるアサルシア星系まで未踏領域です」
「このままアレを連れて行くわけにもいくまい。なにか手を打たねば」
さながら宇宙の壁のように存在する群れに坂本艦長は不機嫌だった。
宇宙を切り裂くほどの兵器をもってしても、圧倒的個体数と質量によってもはや宇宙そのものとも呼べるほどにまで増殖してしまっている。主砲をどれだけ連射しようと増える数の方が圧倒的に多い。
そのため群れから放たれる超長距離攻撃から星を盾にして逃げるほかなかったのである。
「議会はまもなくあなたを拘束するでしょうな」
黒巻副長はメガネを机に置いて艦長のとなりに立った。顔色を伺うようにわずかに見上げた。坂本艦長はあのときのように取り乱さず、ただ深いため息をついた。
「なぜ? このような暴挙にでたのですか? 地球では艦隊旗艦を指揮したあなたらしくない」
副長の問いかけからしばらくして、外を眺めていた艦長はしずかに答えた。
「我々に残された時間はあとわずかしかない。ガイアベラムを読んだか?」
「そんなもの今でも信じちゃいませんが? それを読んで参考にするのはともかく、その言いなりになるのであれば本に支配されるのと同じことでは?」
副長は窓の外を漂う艦隊に目を向けて言う。
「恐怖のあまり気づくことができなかった。人類すべての命を預かる重圧、他の種族などは利用するだけのもので――人間が生き残ることしか考えてはいなかった――」
坂本艦長は名残惜しそうにさまざまな機器が並ぶ席のコンソールに手を触れた。
「非常時ですからな。やり直す時間はまだいくらかございますよ」
そんなとき小さな電子音が艦橋に鳴った。続けてあらゆる機器が騒がしく動き始めた。
「はじまったか……」
坂本艦長は席に座ってそのときを待った。すぐに警報音が鳴り出して随時報告が入ってくる。
「群れが散開! クラスターシープに動きあり!」
メインモニターには生きた惑星が映っている。数本の触手と中央には砲口のような穴が狙いをつけるように向いている。
「どこでもいい! 艦隊を星の影へ退避させるのだ!」
垂直にのびた縦穴に電流を蓄えて増幅させていく。ヴァンドラ艦隊は坂本艦長の指示のもと恒星の影に身を隠すように移動して進路を保った。
クラスターシープが放つのは禍々しいほどに美しい紫色のエネルギーの束。銀河の中心から直線にならんだ数々の惑星を巻き添えに艦隊が隠れる恒星までも撃ち抜いた。
目を焼くほどのエネルギーの奔流が艦隊を横切る。動く都市とも呼べるヴァンドラでさえ船体が大きく揺れ動き、艦内灯は余波をうけて明暗を繰り返した。
「いまのは至近弾ですな。電力サージにより多数の被害が予想されます」
副長が冷静に述べた。非常警報と混乱に満ちた艦橋で艦長は窓の外を向いたまま話を聞いていないようだった。
「艦長?」
「なぜもっと近いメルタを狙わなかった……? あっちにも人間がいるのだぞ!?」
坂本艦長はクラスターシープにむかって話しかけるように呟いた。地球を滅ぼしただけでは飽き足らず逃れようとする者まで執拗に追ってくる。もはや恐怖を上回る失望に近い苛立ちだけが彼のなかにあった。
「そうか、やはり人間だけを意図的に狙っているというのか……。何という憎たらしい存在だ!」
「やはりシュヴァリエに希望を託すしかありませんな。どれほどの力を手にしてもこれは人間の戦い。最後は人の手が必要なようです」
副長は机に置いていたメガネを手にして被害状況の確認のためにその場をあとにした。
〔凶星の終わり〕
荒地を跳ね、アルミバケツのような騒々しさで駆け抜ける軽戦車は後方に弾幕を張りながら全速で逃げていた。
兵員スペースは破裂した隊員の血飛沫で真っ赤に染まり、足元には撃ちきった弾薬が積み上がっている。
『こちらロングソード。車両を視認した。これより援護する』
黒い大剣が上空にあらわれ、車両の前にでた。船底のスロープをひらいて待ち構える。両翼から防御レーザーを振り回して群れを遠ざけた。
運転手がさらにアクセルを踏み込み、車両はタラップを全速で這い上って停車した。
「乗艦した! いますぐ離脱しろ!」
ハヤトは額から血を流しながら艦橋に連絡した。
「メェー!!」
糞尿で作られた自家製の棍棒を手に筋肉質なシープが船内に飛び乗ってきた。何人かの隊員に拳銃で撃たれても避ける必要さえない。シールドでそれを跳ね返しながら歩いてくる。ライフルを使おうとしたシュヴァリエをハヤトがとめた。
「それは船体に穴があく。俺が相手をする」
ハヤトは脱いだヘルメットを投げつけて相手の気を逸らした。側面に回り込むようにスマートナイフで切りつけて首を落とす。勝負は一瞬にしてついた。
「さすがだね」
「ただのシープなら慣れた。しばらく休むといい」
「ヒマだし一緒にいくよ」
ハヤトは死骸の胃からクォーツを抜きとって、もう蘇ってこないようにした。取り出したばかりのまだ水っぽいクォーツをミシロに手渡して艦橋にむかった。
さながら剣のような艦型をしたロングソード級は地上から浴びせられる光線を装甲で受け流しながら切先を空にむけて急上昇をはじめていた。
船内の青みがかった照明。群青色に塗装された無機質な船体フレーム。たった十数時間ぶりに帰ったばかりだというのに何年も前に感じられるほど、懐かしい安心感を覚えた。
たどりついた艦橋はほとんど無人だった。空席が目立ち、いるのは3人ほどの士官のみ、人がまるで足りていないようだった。
「この艦の艦長はだれだ?」
ハヤトが問いかけると3人は顔を見合わせた。
「艦長はもういません」
「じゃあ次に指揮権があるのは?」
「あなたか、ミシロ副隊長です」
「じゃあキミだね」
励まされるように肩を優しくたたかれ、分かりきっていたことのように笑ってさっと休憩室に入っていった。
「本当についてきただけか……。こんな状況で艦長になっても嬉しくないな。シミュレーションしか経験がない」
ハヤトは頭を掻いて悩んだ。
窓の外は地上からの猛攻を受けて光の帯がサーチライトのように揺れている。何発かの直撃をうけて船が大きく揺れ、ダメージパネルが赤に変わっていく。ハヤトは渋々冷えきった艦長席についた。慣れない景色に戸惑いながら訓練で習ったことを参考に指示を出した。
「後方シールドを最大に。どうせ役に立つのはここだけだ。宇宙種の直撃には耐えないだろう」
突撃艦は弾幕を突破して来たときと同じように光線を放つための放射器官の内部から表面層の収束レンズの役目をもつ広大な海中に入った。
「クラスターシープ体外まであと100キロ!」
「外では敵が待ち構えているはずだ。脱出寸前に揚陸艇やミサイル、ありったけのものを使って気を引く。初撃を交わせるかは運次第だ」
ハヤトは目を閉じてそのときを待った。正面全体がフラッシュのように発光する。
「うわっ!? まぶしい!!」
士官が両手で目を覆う。ハヤトは武器システムの赤いボタンを片端から押してあるものすべてをばら撒いた。
「最大船速で焦点距離を抜けろ!」
ロングソード級は船体下部に吊り下げていた数機の揚陸艇を無人発艦させ、各発射機にあった残弾を側面に撃ち尽くした。船内にけたたましい警報が鳴り、敵の攻撃を知らせた。遮光フィルターをとおした窓の外は依然として眩しいほどの光しか見えない。ハヤトはレーダーを頼りに回避機動を選定した。
「このまま前進。1秒1度ずつ下降。弾幕を正面から突破する」
「クラスターシープの爆破はどうするんです? 我々がやられたら!」
「コアを失った巨大種はブラックホールのようにすべてを飲み込む。ワープ直前まで待つ」
ハヤトは起爆装置を片手に各種機器が導き出した結果にあわせて艦を動かしていく。
レーダー画面上ではさきほど回避した光線が交差して対岸の味方に当たって消える様子が映った。
「いまだ!引き舵90度。この船が耐えるなら俺たちは帰れる」
ハヤトの命令に従って航海士が転輪を手前に引いた。突撃艦は戦闘機のように90度真上を向いて加速する。左右を光線が通り過ぎた。船体は急激な機動に軋む音をたてて船体各所の補強ワイヤーが張力限界に達して殺意のこもった勢いで断裂していく。艦内に警報が鳴り響く。乗り慣れているはずの士官でさえ悲鳴をあげた。
「これ以上はもちません! 構造限界です!」
艦橋オペレーターの震える声のあとに外で船体外板がひしゃげた。酸素が漏れ、潰れるように圧壊した。
「このままじゃ避けきれない。まだもたせてくれ」
「正気ですか!?」
「正気だったらこんな場所にいるはずがない」
艦長席に座ったハヤトは小刻みに震える手を隠すように肘掛けを掴んだ。
「中央区画で酸素漏れ発生!」
幾多の光が船体を掠める。その隙間を縫うように一隻の突撃艦は敵に向かって進んでいた――。
「20秒後に出力半減。取り舵60度。船体に横ロールを加えて対処しろ」
加速度を受け流すように船体をまわし、続けて側面方向から迫った弾幕を回避するべく旋回機動にはいった。
回避を終えると視界がひらけた。正面には真っ暗な宇宙空間。そして背後ではクラスターシープが砲口となる縦穴にエネルギーを蓄えていた。彼を守るように集まっていた群れが巻き込まれるのを避けるように道を開けていく。突撃艦は砲身の真ん中を進んでいた。
「左からきてる! 右もだ!」
狼狽える士官たちとは対照的にハヤトはいつも通りだった。
「敵が出口を作ってくれた。準備ができ次第最大ワープ。起爆を間に合わせる!」
ハヤトは恐れず急かすように起爆装置を押した。タイマーが作動をはじめる。突撃艦が進む上下左右をシープたちがトンネルのように埋め尽くしている。
群れに紛れ込んだ異物を狙って口をあけたまま砲口のように光を溜めて追従する。背後でも星間規模の破壊光線が放出されようとしている。その瞬間――。
艦は引き伸びるように加速した。衝撃波が群れの穴を押し広げた。遠ざかるそれを追った光線の束が無を切り裂いた。
さらに無敵に思えた巨大要塞の中心でコアクォーツがガラスのように砕けた。クラスターシープ全体を保護していたシールドが消え、自重によって崩壊。周囲の群れを吸い込む巨大なブラックホールに変わった。
この戦いによって宇宙の一部がふたたび黒を取り戻したのだったーー。
次回、第20話:〔禁断の地下区画〕
超大型移民船ヴァンドラの地下に広がる工業区。そのさらに下層にはまだ誰も立ち入ったことのない区画がある。ハヤトはとある理由で立ち入ることになるが……。




