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第17話:〔名の下に集いし者〕

前回のあらすじ

 シープを拿捕したシュヴァリエ隊はそのシープを船として利用。通常航行では到底たどりつけない距離を移動して銀河中心方面にいるクラスターシープに直接乗り込んだ。

 2044年、地球――。日本北部 名津加市


 杉の森林に囲まれた白く四角いモダンな住宅が立ち並ぶ新興住宅地でカズキは育った。道路には早朝夕方をのぞいて車がそれほど走らず人も音もない。完全なベッドタウンだった。


「カズキー! 薬の時間よー!」


 ピンクのエプロン姿に髪を束ねた母親の声。それにつられてトドのように丸い大きな子供が足音を踏みならして駆け寄った。その表情は無邪気に明るく茹でたジャガイモのようだった。手渡されたコップと赤いゼラチンに包まれた薬品をそれぞれ手にして首をかしげる。


「これなんのくすりなんだ〜?」


 いつも飲んでいる不思議な薬。まだ5歳程度の彼にはわからない。噛むと安っぽい人工的なイチゴの味に似た液体が口内に広がる。風邪でも病気でもないのになぜ薬を飲まなければならないのか。カズキは純粋無垢な目つきで不思議がった。


「強く大きくなる薬よ。あなたは特別な子なの。テレビでコマーシャルもやってたでしょ?」


 脳内の雲のなかにパンツ一丁に筋肉マッチョの少年が誰よりも早くコースを走り、どんな難問も笑顔で解き明かす様子が思い浮かんだ。テレビではどの子どもよりすごくてみんなに好かれる人気者。カズキにとって憧れの対象だった。


 けれど、子供ながらにはぐらかされていると感じ、カズキは内心不服だった。とはいえいつもの習慣なのでとくに躊躇いもなく薬を口に含み、水で流し込んだ。


「お母さん買い物に行ってくるからお留守番おねがいね」

「おう! まってるぞ!」


 カズキは母親の足元を飼い犬のように付き纏って玄関にむかった。すぐ横の出窓が定位置で彼はそこによじのぼった。そして駐車場に出た母親が青っぽいオフロードカーに乗り込むのをいつものように見送った。


 まだ植えたばかりの若々しい庭木のあいだをエンジンをかけた車が走り抜けていく。それが見えなくなると、しんとした家にカズキは1人きりになった。


 これを待っていたと言わんばかりに寝室に忍びこんだカズキはクローゼットに手をかけた。うっすらカビ臭がこもった空気にくるまれて、アルバムや使わなくなった健康器具が雑に入っている。


「ここにヒミツがあるはずだな」


 ハムのようにたくましく幼い腕で重たいアルバムを順番通りに取りだして生まれた日の写真を探す。まるで大航海時代さながらに何も分からない。アルバムの背表紙に書かれた文字などただの記号でしかなく、思ったものを探すことさえ一苦労だった。やがて、なんの変哲もない家族写真に混じって1枚の古いチラシを彼は手にした――。



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こんな文章といくつかのグラフ、値段のような数字にヒツジと赤ちゃんのイラストがかわいらしく描かれている。


「お、の、の、かない? にするか、してください?」


 紙に書かれた文章を読めるところだけ読み上げる。まだ幼いカズキには漢字の意味まで理解することはできない。けれどおもちゃの箱によくある注意書きに似ていることからそれがなんらかの警告であることは、おおよそ予想がついた。


「この文字の意味はなんだ?」


 カズキはキッチンで料理にとりかかっていた足のない棒に手足をつけたような形状の家庭用ドロイドにそれを見せた。彼より理解力のあるドロイドはすぐに答えた。


「それはみせてはいけないといういみだね。カズキはここでうまれたセイヒンなんだ。かんたんにいえばどうぐだね!」


 デリカシーの欠片もない安物のドロイドは正直に話した。それを聞いたカズキは愕然とした。視界がぐるぐると渦を巻くようにまわり、頭のなかは真っ白になった。


さらには顔面のモニターでヒツジのお腹を裂いて赤ん坊が生まれてくる映像まで見せられて、それまで想像もしなかった衝撃にカズキは呆然とするしかなかった。


「オレは……。かぞくじゃないんだ……」


 その日以来、カズキは親に嫌われることを極端に恐れた。そして気に入られるために自我を捨てた。ある日の買い物では――。


「ハヤトもこのゲームもってんだよなー!」

「でも高いから。こっちのほうがいいんじゃない?」

「すごく……いいな!」


 母に誘導するように言われ、欲しくもないミニカーを手に取って買い物カゴに入れる。歩き去るあいだ楽しそうなゲーム画面を映すおもちゃコーナーから目がはなせなかった。


 カズキは心の内側では全力で否定しながらも表面は笑顔を貫いた。イヤだを絶対に言わない良い子。もとより持ち合わせていた因子の影響も色濃く出てそれはより強固なものとなっていった。


 だが、完全に思えた嘘も所詮は塗り固めた偽りにすぎなかった。歳を重ねるにつれ、ストレスによる暴食と復讐心から鍛えだした肉体。中学に進学する頃には成人よりも大柄な力士のそれに近い体型に変わっていた。


「健康診断の結果なんですがね……。ちょっとカズキくんは外で待っててくれるかな?」


 ある日の面談でカズキは廊下に待たされた。やはり話が気になり鉄の冷たいドアに耳を当てると普段は優しい若先生が神妙な面持ちでなにかを話している。


「で、ここからなんですが……落ち着いて聞いてください。シミュレートの結果。気質的に犯罪者に育つ可能性が極めて高いです」


 先生の声がそう言い放って少しの沈黙のあとに……。


「そんなぁぁぁ――ッ!! イヤァァァ――ッ!!」


 母親のこの世の終わりのような発狂が廊下まで聞こえてきた。椅子や机を押しのける音、足を叩きつける強い音にドアの外で立ち尽くしたカズキは全身の血が引いていくのを感じた。


「あくまで機械が出した答えで、今のままだったら、という仮定の話で――」

「もういらない! ほしかったのはちゃんとしたやつ!」


 その言葉にカズキは悟った。幼い頃に見たあのチラシの内容を、本当に欲しかったのは全てが望み通りの完全な子供。勉強もできる体力も誰よりもある。それでも機械が下した判断は不合格。その後の生活は悲惨なものだった。


「ずっと私を騙してたのね」


 あれほど優しかった母親は壊れたおもちゃを捨てるように冷たい目つきで睨み、家の空気は一変した。なにか言い返そうものなら氷点下の極寒のなか家の外に立たされ罰を受ける。食事の楽しみさえ、もとより不味かったものが彼の体には到底見合わないほど少なくなった。それでもカズキはその過酷な環境のなかで怒りを燃やし、耐え、育った。


「だれが……だれが、そんなことを望んだ!!」


 強い憤りの中から涙目で目覚めたカズキはベッドに寝ていた。白い天井に清潔なシーツ。足を動かすと意志に反して指が動かない。これが現実だと裏付けるように溶液に溶けた片足はなくなったまま包帯に巻かれている。


 薄暗い地下での出来事が脳裏に蘇る。ウノが言った言葉。そして手のなかには紫色に透き通ったクォーツがいつしかあった。


「まったく世話の焼けるやつだよな。休眠ポッド一区画を破壊しておいてずっと寝てやがる」

「シュヴァリエは足がなくなっても生えてくるらしい。こいつネオシュヴァリエ計画の実験材料にしよう」

「それがいい。記憶は簡単に書き換えられる。あいつは人間じゃないし生まれた時から兵器に最適化されてる」


 廊下から病室に入ってきた白衣の男たちは「あ、起きてる」と気まずそうに声をさげた。


「ハンバーガー食いたい……」


 そこにいる2人よりも強いカズキは目を合わせることもなく、ただ一言そう発した。



 〔メルタ動乱〕


 惑星メルタ、メルタシティ沿岸の晴天の港湾にはみるからに古臭いサビだらけの旧式両用艦が太いロープで横一列に縛って並んでいる。空に上がっていく輸送船にはメルタから出征を希望した獣人が数多く乗り込んでいた。クラスターシープの襲来を目前に空に広がる銀河系は白く染まっている。


 ヴァンドラが放つ光の筋が流れ星のようにながれては消える。応報のように白い星雲が弾けるように瞬く。朝から晩までそれがずっと続いているが、一点の変化も見られない。


「君たちご自慢の星間規模の破壊兵器もあの程度にしかならないか」


 青髪の青年シアンはふさふさの尾を垂れ下げて大使館の窓から失望したように呟いた。外には高層ビルと巨大な壁という想像を超えた近代都市が発展を遂げている。街を歩くのは人間ばかり、湾岸では軍事訓練や就職のためにわずかながら獣人も住み始めている。今日シアンがここに出向いたのは内情を知るためだった。


「先日レイディア領に落ちたモノもあの一体にすぎないのだろう? 人間はなぜ逃げない? 空に浮かぶ巨大船があるのだから逃げればいいだけのこと。抵抗は無意味だ」

「そうですね、でもシープは宇宙全体を取り込む種族。たとえ逃げても安全じゃないのです」


 白い大理石のテーブルに置かれたカップにミルクを注いでシェオルはそう答えた。コーヒーとミルクが混ざり合う。その様子はシアンにとって外で起きている出来事と重なってみえた。


「種族には繁栄と衰退がつきものだ。かつてメルタに栄えた人間は滅び、その代わりとして我々が繁栄した。どれほどの力を持とうと自然の摂理には逆らえまい」


 シアンは向かいのソファにどっかりと背をうずめて滑稽だと笑った。


「3つのスフィアを集めることで世界は救われる。私たちの世界ではそう信じられています。現にこの地でそのうちのひとつを見つけました」


 シェオルはテーブルにそなえたホログラム装置を起動した。光り輝く球体と放出される膨大なエネルギーの流れをそこに可視化した。


「この球は壁画で見たことがある。神殿の地下にもあったはず……。この球はどこに?」

「いまは別の勢力の手にわたってしまってます。ですが彼らが奪いに来たということは、あの球になにかあるという裏付けでもあるはずです」

「それではるばる伝説を探す旅に? 人間というのは……。頭がいいのか悪いのか。まったく理解しかねる」


 シアンは何杯目かの紅茶を嗜みながら笑う。それに対してシェオルは「人間というのはあきらめの悪い種族ですから」と冗談混じりに返した。


「そろそろ帰らなくては。有意義な時間をありがとう。ところで――。君らの船はとても良いものだ。ぜひ我が国にも欲しい。みたところかなり古いようだが、我々にとっては理解を超えたものだ」


 席を立ったシアンは目を細めて岸壁に並んだ両用艦に手をかざした。


「どういう目的があったとしても艦長は艦隊を提供すると言っていました。もっとも、船を作れても動かすだけの人員がいないでしょうから」


「ここはいい眺めだが――。ひとつ忠告しておこう。異常者は常識を越えてくる。執念深く見かけは平然としていてもその裏に確かな狂気をもっている。紅茶をありがとう」


 テラスから戻ったシアンは最後に紅茶を飲み干してから大使館を出て行った。テーブルに再度光が流れ、ヴァンドラからの通信が届く。


『交渉の進展はどうだい?』


 ネズミ顔の生首が白いテーブルの上にあらわれた。正確には投げやりな手足が付いているものの、体の体をなしていないほど細い。


「協力関係は結べそうです! ただ――」

『ただ?』

「シアンさんが言っていた言葉が気がかりですね。レイディア領へのシープ直撃。あのことを気にしているようでした」

『薄々勘づいているんだろうな。獣だし』

「そうじゃないです! 船の供与が実現したとき、性能は自然と明るみになります。きっと真偽が分かるでしょう」

「艦長が浅はかにやったことだからどうにも。議会がどうにかしてくれたらいいけど、きっと圧政を敷いて封殺するだろう。艦長が変わっても――。それは僕か……。なりたくないね」


 黒巻副長は首を左右に動かして否定した。


「ともかく、少しでも取り返しのつくルートを選ばなければヴァンドラに未来はない。できることを頑張るんだ」

「そうですね。では!」


 シェオルは敬礼して通信を切った。待ち構えていたように来賓室のドアが叩かれる。入ってきたのは黒服にサングラスの護衛官だった。


「失礼します。クラスターシープに向かった合同部隊との連絡は厚い星雲により途絶えました。12時間経過した現在も作戦の進展は不明。おそらく全滅かと……」


 それを聞いたシェオルはテラスにでて空を見上げた。


「まだ希望はあります。シュヴァリエはかならず帰ってきます!」


 シェオルは白い上着を羽織って制帽を被った。


「特務長官。どちらへお出かけで?」

「いつ帰ってきてもいいように、出迎える準備にいきます!」


 護衛官は黙って頷き、中庭への扉を開けた。そこにはすでに準備がととのった機体が用意されている。シェオルは明るい茶髪をなびかせながらローマ風建築の曲線的で清潔な廊下を歩いていく。


やがて、中庭を離陸した揚陸艇は澄んだ空気の大気圏を離れ、暗い宇宙へあがっていった――。

次回、第18話:〔羊たちの静観〕

 クラスターシープの内部で繰り広げられる激戦。多くの羊たちさえ寄りつかない巨大種の中心で、どんな武器も通用しない新種の存在に隊員たちはひとり、またひとりと姿を消していく……。

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